第98話 環の安堵と真凜の孤立は一体何をもたらすのだろうか

「今日は本当にありがとう。近くにいてくれるだけでも助かるものね」

「いいえ。当然のことをしたまでです」

「ふふ、少しは大人になったかしら」


 食後のスーツ姿の環さんは紅茶の味を堪能しながら目尻を細め、色気のある視線を送る。同じくスーツを着ている俺は彼女の色香に惑わされないようにわざとらしく咳払いを数回して、返事をする。


「そりゃ、環さんは環奈を産んだ人で綺麗だから、男塗れのとこに一人で行くのは心細いというか……」

「なんで心細いの?私が何かされるのがそんなに心配?ふふっ子供ね」


 環さんは大人の余裕を見せびらかしているかのように、紅茶が入っているコップをソーサーに置くと、象牙色の手の甲を自分の赤い唇に当てる。


 俺と葉山を取り巻く問題がほとんと解決した今、環さんまた以前のように俺を挑発している。


 売られた喧嘩は買わないとな。


「そうですね。でも、でなら、環さんの方が子供ですけど」

「はあっ!」

「なんで変な声出すんですか?」

「……生意気な子」


 環さんは記憶を思い出したらしく動揺している。


 実は、俺が晴れて神崎家で二人と交わってから、環さんとも結構な頻度で関係を持っている。


 長い間抑圧された気持ちが爆発したこともあってか、ちょっと環さんには悪いことをしたと思う。


 だが、目の前の彼女と同じ時間を共に過ごしていると、今更ながら、妙な違和感が感じられるわけで。


「環さんはいいですか?今の関係?」

「今の関係?」


 俺の問いに、環さんは理解をしていないらしく小首を傾げて説明を求めてくる。それと同時に体を少し動かした事による反動ですごい大きい二つのマシュマロがデーンと揺れる。

 

 なんだか、前より大きくなったように見えるのは気のせいだろうか。


 まあ、今はそんなこと思うよりも、口を開くことの方が先だ。


「環奈とお付き合いさせてもらっているんですけど、まあ、環さんとも結構ヤっているわけで……環さんはこのままでいいのかちょっと気になりましてですね」

 

 うん。


 流石に今更感が半端ない。


 もちろん、以前、俺は環さんと環奈に俺たち3人の関係を認めるようなことを言われた。


 だが、それは俺が葉山を殴った前の話だ。

 

 今の環さんなら違うことを思う可能性もある。


 女の心は実に複雑だ。


 だからちゃんとした答えが聞きたい。

 

 そう思って、彼女の方を見ていると、


 秋用のスーツのスカートを手でぎゅっと握っては、潤んだ目で俺を切なく見つめてくる。


「私は……いいの……」

「……」


 そのあまりの可愛さと美しさに俺は口を半開きにしつつ、ただただ彼女をぼーっと見つめる。


 きっと小悪魔っぽく俺を困らせる言葉ばかり吐きまくるとばかり思っていたが、あの嘘偽りない顔は、正直に言って反則レベルだ。てか、見た目どう見ても20代半ばですけど?今すぐ環さんの身分証明証を見てみたいものだ。


 戸惑っている俺の気持ちなんか知るはずもない環さんはなおも続けた。


「ここ数週間……樹がいなくて……結構不安だったから」

「……」


 環さんの反応を見て、俺は自分の愚かさに再度気づかされた。

 

 彼女は一人で数多の男の魔の手から抜け出し、ずっと一人で頑張りながら環奈を育てた。

 

 ちょっと、いや、だいぶ小悪魔っぽい性格で時々俺の手に負えないことをしたりするが、


 彼女は実に真っ直ぐな女だ。


 その大きすぎる胸の中はまだ乙女心ってわけだ。

 

 そのことを思うと、気持ちが込み上げてくるわけで……


 俺が感慨に耽っていると、


 俺たちの前に一人の男が現れた。


 さっき、ビジネス関係でカフェあたりで環さんと会話した40代男で、話している途中、ずっと環さんの体をいやらしい目で見てきた人である。


「あ、霧島さん!やっと見つけた!ごめんなさい!」


 その男は、急に環さんの方へ体を寄せてきた。


「な、なんですか?」


 と、言って環さんは上半身を動かして彼との距離を取った。


「実はですね、仕事関係でこれからちょっと別のところで話がしたいんですが」

「え?なんでいきなり?」

「いや、それがとても大事な話でして、できれば二人きりで……」

「それはちょっと……話ならメールでも出来ると思いますが」

「いや、どうしても……二人で話さないといけない事が」


 男は環さんの胸をチラチラ見ながら返事をした。


 環さんは、俺に目を見遣り戸惑っている。


 本当、


 環さんについてきてよかったな。


 いつもの環さんはおそらく上手く抜け出せたと思う。


 一人でやる


 それは環さんにものすごいストレスと不安を与えてしまいかねない。


 だから、環奈という世界一可愛い俺の彼女を産んでくれた環さんが受けるべきストレスを俺が代わりに受けようではないか。


 そう思って、俺は立ち上がった。


 40代男は戸惑った様子で俺を見てくる。しかし、やがて彼の戸惑いは敵意に変わった。


 なので、俺は


 環さんが座っている向かいに行き、立てるように合図した。すると、環さんがふむと頷き鞄を手に持ち立ち上がった。

 

 俺は、


 持ち前の強い腕力を使い、環さんの背中に右腕を回し、強く俺の方に抱き寄せた。


「っ!!」


 驚く環さん。


 後ろから環さんを抱いている俺の股間あたりと環さんのお尻が密着する感触を味わいつつ、俺は口を開く。


「ごめんなさいね。俺たち

  

 と、俺はその男を思いっきり睨みつけた。


 彼は、


 俺の殺意に


 圧倒された。


 


 悠々と仲良く歩く俺と環さん。


 俺の右腕は相変わらず環さんの背中とお腹をロックしている。が、


 環さんも負けじと、殊更に自分の胸を俺の胸に当てて、俺を上目遣いして見る。


 言葉こそないが、俺たちの心は通じ合っている。


X X X


深夜


5時間後


ホテルの中


 おそらく環さんとヤった中で最も長かった気がする。


 いつもはバテてしまう環さんも今日は珍しく最後までついてきてくれた。


 だけど、


 彼女の顔を見ると、


 おう……


 ちょっと休ませたほうがいい気がする。


 めちゃくちゃになっているベッドを見て俺は窓の方へと行く。


 フェロモンで溢れかえる部屋の空気を入れ替えるために窓を開ける俺。


「樹」

「はい」

「環奈のこと好き?」

「そんなの聞く必要もないでしょ。大好きです。一番好きだから」

「ふふっ」

「なんですか?」


 環さんはベッドで横になったまま余韻に浸るように頬を緩めている。


 裸状態なので一見だらしないように見えるが、その全体の姿は女神を彷彿させるほど儚く美しい。


 この女とさっきまで激しく交わったのか。

 

 そう思っていると、環さんはとても明るい面持ちでいうのだ。







「よかった……じゃ、。これからもよろしく!」

「こちらこそよろしくです」

「ふふ、忙しくなるわよ」

「覚悟の上です」

「あまり調子乗っちゃダメだから」

「どうなんでしょう」

「んもう!またそうやって……生意気な子にはね、教育的指導だ!」

「ちょ、ちょっと環さん!?落ち着いて!」


 まだ回復しきってない状態の環さんは急にベッドから降りて、窓辺にいる俺の方に走って、


 俺を襲った。


「っ!」


 本当……


 困ったものだ。


 


 明日、俺は、環さんをおぶって歩く羽目になった。



X X X


真凜side


葉山家


真凜の部屋


 精神病院に入院している翔太。


 なので、夜の葉山家の夜はいつにも増して、静かだ。


「おお……」


 そんな中、真凜は自分の携帯を見て目を丸くした。


『ヤンデレ妹とギャル姉の愛があまりにも重すぎる件』


 と題したようつべ動画のアクセス数はなんと


 520万。


 コメントを見ると、絶賛ばかりだ。


『カロンちゃんに声マジで声超可愛い!』

『てか、あれ絶対花音ちゃんだよね?それにしても、マロンって人、声まじエモくない?めっちゃいい』

『マロンやばい……このチャンネル主っていい声優使ってんな。マジで演技に引き込まれる』

『カロン、マロン、ガチでいいコンビすぎて涙でるわ……』

『カロンが花音ちゃんなら、マロンは誰?あんないい声持ってる人って全然思い当たらない。まだプロじゃないかな?』


 学校にいても、葉山翔太の妹であることを知っているみんなから白い目を向けられる。

  

 バイトもダメになった。


 樹にひどいこと(ビンタ)をしてからは、他の男と付き合いたい気持ちはこれっぽちも湧いてこない。


 家での両親は死んだゾンビのようにしていて、全く話さない。


 つまり真凜は完全に孤立された環境にある。


 そんな彼女にとって唯一の希望は、





 声優になることだ。


 

「……樹にまたあいたい」


 そう呟いてみるが、良心の呵責を覚える彼女は自分の大きい胸を押さえて、悲しく切ない表情でため息をつく。



「声優、頑張んなくちゃ」


 

 


 


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