第97話 環奈の道、みんなの道
樹side
玄関から声がしたので、いそいそと着替えて環奈の部屋を出た。
環奈が作る料理の香ばしい匂いに釣られ、キッチンへ行くとそこに環奈はいない。玄関へ行くと、環さんが紙袋をいっぱい手に提げていた。環さんは自分を迎える環奈と後ろにいる俺を交互に見て笑顔を湛える。
環奈は俺の存在に気づき、安堵のため息をつく。俺は環奈の隣に並んだ。
「環さん、おかえり」
季節はもう秋だ。
なので、環さんの服装も普段より肌の露出が少ない。それを見て、俺が安心していると、環さんが急にジト目を向けて話す。
「二人とも、私がいない間に、何してたの?」
「「っ!!」」
俺と環奈は気まずそうに環さんから目を逸らし、顔を俯かせた。だけど、環さんは逃がさない。
「まあ、いいんだけど」
と、色っぽい吐息を吐く環さん。
毎度のことながら、本当に勘のいい女だ。
まあ、バレない方が逆におかしいか。
俺たちは早速環奈が作った晩御飯を食した。味は申し分ない。だけど、一つ気になるのは、食事中、環奈はずっと自信なさげに俺と目を合わせないようにしていた。
そしていつものティータイム。
環さんが買ってきた高級洋菓子をいつものソファーのテーブルに並べて楽しんでいると、環さんが、俺に向かって話始める。
「樹」
「はい」
「来週の土日あたり、時間大丈夫かしら?」
「ん……そうですね、特にこれっといった予定はないんですけど」
「なるほどね。環奈、樹借りていいわよね?」
「ふえ?」
突然訊ねられた環奈は、うわずった声で返した。
「仕事関係で遠い所に行かないといけないわ。男多いから樹が必要なの」
真剣な表情を向けられた環奈は、はっと目を見開く。
今度の出張は、そういう輩が多いところであるに違いないだろう。
だから、俺と一緒にいくことで、環さんの安全は保たれる。
自分の母はそういうことに関しては抜かりのない人だと分かっているはずだが、遠く離れた出張先で俺と一緒にいることはその分リスクが減る。
環奈は納得したように口を開く。
「いいわ。でも……」
だが後ろに行くに連れて、環奈は気まずそうに口をもにゅらせる。しばしたつと、彼女は絞り出すように言った。
「私が一番だから……」
おお……
これはグッと来ますね。
はにかむ環奈の顔マジでかわいい……
頬が少し膨らんでいるところもなかなか……
やばすぎて、とにかくやばすきて……ああもうとにかくやばい。語彙少なくてごめん。
なんだこの生き物?リアルに存在していい?
みたいな感想を俺の心の中で述べていると、環さんが皮肉めいた口調で返した。
「環奈、樹の顔見てみなさい」
「……」
母に言われて、環奈は俺の方にゆっくりと視線を送る。
俺の表情を見た環奈は、ふむと頷いて、座っている俺の方にもっと距離を詰めてきた。
今日学校内で堂々と俺にくっついて来た時といい、今といい、なんだかいつもと違う感じがする。
だが、決して悪くはなかった。
本当に嫁にしたいくらい可愛すぎるからちょっと自重してれると助かる。
いや、もっとしてくれよ。
地球が滅びるまで。
だけど、少し気になる。
環奈、何か悩んでいるんじゃないかな。
X X X
環奈side
来週の土曜日
カフェ
「「進路?」」
学、啓介、花音、有紗、由美が目を丸くして、環奈に聞き返す。
「う、うん……みんなはどんな感じなのかなって」
いつも土日は樹とデートしたりしながらラブラブラブラブ×100000の時間を送っているが、今日彼氏は自分の母をエスコートするべく、地方に行っているので、今こうやって、自分もこのグループに久しぶりに加わった形である。
「ふん……そうだね……」
と、真っ先に口を開いたのは、腐女子こと有紗だった。
「私はね!普通に大学に進学して、マーケティング学んで、BL小説とか漫画とかアニメとか取り扱う会社に入ってマーケティング部署でBLの素晴らしいところを世に知らしめる的な?」
「「お、おお……」」
啓介を除く全員がドン引きしている。だが有紗はみんなの反応なんか気にせず続ける。
「でさでさ!日本だけでなくて、海外にも日本のBLの素晴らしさをアピールするの!そして、海外のBLでも良さそうなものがあれば積極的に取り入れて……ん」
話の途中、鼻血が出た有紗。
そんな彼女を見て由美はやれやれと言わんばかりにため息をついて、素早くナプキンを渡す。
「由美、ありがとう……」
「トイレ行って来なさい」
「う、うん!」
立ち上がった有紗がトイレへと行くのを確認した由美は、前髪を掻き上げて、口を開く。
「進路ね……」
「うん!」
環奈はキラキラした視線を由美に向け続きを促した。すると、由美が恥ずかしそうに学をチラチラ見ながら唇を動かした。
「わ、私は……学くんと同じ大学の法学部志望よ……」
「「おおおお……」」
今度は啓介を含む全員が学と由美を交互に見つめてくる。
『うぶだ』
みんな心の中でそう思うのであった。
そこへ、学が自信なさげに言ってきた。
「まあ、でも、同じ大学に同時に受かるのはやはり難しいといいますか……」
彼の言葉を聞いた由美は突然、目を細めてドS女王ばりに学を睨め付ける。
「学くん」
「は、はい!」
「私と一緒に同じ大学に行くの」
「わわわわわ……わかりましたっ!」
頭を下げる学を見て、みんなはまた心の中で思うのだ。
『大変そうだね』
由美がブルブル震える学の手を優しく握っていると(逆効果)、環奈は啓介と花音に話しかけた。
「細川くんと花音ちゃんは作家と声優さんやるよね?」
環奈の問いに二人はドヤ顔でふむと頷く。
みんなそれぞれ夢があり道がある。
とってつけたわけではなく、それぞれの個性に合わせての夢。未来を描くストーリーを全員持っているのだ。
しかし、自分は……
樹を本気で支えていきたいという気持ちだけで、具体的に決まったものは何もない。
浮かない顔をする環奈に由美が探りを入れてくる。
「環奈はどんな感じかしら?」
「私はね……まだかな……」
「あら、環奈は成績も優秀だし、方向性さえ決まれば問題ないと思うのだけれど」
「その方向性さえも決まってないのよね……あはは」
環奈が自虐混じりに笑うと、今までお茶を飲んで、何やらナプキンにメモを書いていた啓介が小声で言う。
「樹くんは成績が悪い。でも、身体能力と人を惹きつける能力は抜群」
「え?」
啓介の返事に、花音が相槌を打ちながら同調する。
「そうですね!師匠は頭より体で表現なさる方ですから!そこに痺れます……憧れます……」
花音の言葉に悪意はないことは知っているが、なんか妙に引っかかる。
それはそうとして、なぜ啓介は樹の話をしたのか、訳がわからない環奈であった。
「まあ、悩んでもしょうがないんじゃない?」
「うん……やっぱりそうだよね」
学のツッコミに環奈は燃え尽きたように遠い目をしてため息をつく。
そこへ、トイレから戻ってきた有紗が席に座り、急に熱弁を振るう。
「あごめん、鼻血はもう大丈夫。でねでね!BLコンテンツって結構需要あるから、やっぱり海外進出も視野に入れて、えっと、これこそが国際交流って感じで!んあ、また出てきた……」
鼻を抑えで有紗はまたトイレ目掛けて走る。
「「……」」
こんな感じで、結局、環奈の進路は決まらずじまいだった。
X X X
夜
樹side
ホテルにあるレストラン
今日の仕事を終えた環さんと俺は、泊まるホテルのレストランで、食事を済ませて、デザートを頂いている。
追記
次回は樹と環さんシーンでいっぱい。
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