第96話 処分、そして環奈の悩み
樹sdie
忙しい毎日。本当に猫の手でも借りたいくらいの多忙さである。
まず、葉山の件から説明していく。
結論から言うと、葉山は退学となった。
すでにSNS上でやつの蛮行が赤裸々に公開されているので、もう学校側は隠蔽することができなくなった結果の表れだと言えるだろう。
ゴリラのやつは停学二ヶ月。
そして、葉山の親が示談を持ちかけた。
俺も葉山を殴ったという過ちを犯したわけだし、あいつも俺に対して罪を犯した。
なので、お互い訴訟しないようにという結論に至った。
葉山は、30代無職の男から言葉では言い表せないほどの暴行を受けて、今入院中である。
精神が完全に崩壊したあいつとやり合っても無意味と判断したわけである。啓介も学も考えは一緒だった。
ちなみにゴリラは少年院行きだという噂が流れている。
つまり、俺のクラスで威張っていたカースト最上位に君臨する男二人は、ここにはいない。
学校のお偉い方の話をしよう。
担任先生である岡山先生は行方不明になり、現在もまだ見つかっていない状況である。なので、この事件と関係ない他の先生が代わりに担任をすることとなった。
そして、校長先生と他のお偉い人たちは早速逮捕され、取り調べを受けている。
一連の事件は(エロ漫画での)日本社会に衝撃をもたらし、今も熱は冷めることを知らない。
毎日のように記者やユーチューバーたちが正門に屯して、学生たちにちょっかいを出している。
正直めっちゃうざいからやめてほしいけど、まあ、しょうがないか。
クラスの話をしよう。
普通、組織や団体の中で問題となりうる人を排斥すれば、もっと強い敵が内部から現れると言われているが、流石に葉山以上のDQNは俺のクラスに存在しないため、平和な学校生活を堪能している。
筋トレ部もみんなの協力を得て、設立することができた。
先生たちも、異様なほど俺に協力してくれて、広くてアクセスのいい教室を使わせて貰って、高い運動器具を買ってもらった。
そして俺は今、
筋トレ部に体験入部した奴らを徹底的に扱いている。
「おいこら!全然できてねーだろ!細マッチョになって彼女作るんじゃなかったか!?」
「「もう、む〜り〜」」
俺のスパルタ式指導に耐えかねて男子たちは次から次へと倒れてゆく。
まあ、スパルタ式と言っても、学と啓介を指導した時と同じレベルでやっているだけだが。
ものすごい数の男子が体験入部をしたが、そのほとんどが途中で諦めた。
おそらく、自分も入部したらあっという間に細マッチョになれると思っているやつがほとんどだろう。
まるで勉強のできる生徒たちがいっぱい在籍している塾に自分も通えば、簡単に成績上がるみたいな感覚に似ているのではないだろうか。
だけど、その中でも俺の厳しい指導にちゃんとついて行ってる人ももちろん存在する。
この間、クラスで、自分も筋トレしたら俺みたいに格好良くなれるかと聞いてきた冴えない男の子。
彼女に浮気されて見返したいと怒りをあらわにした男の子。
虚弱体質を直して、もっとマシな生活を送りたいを言う男の子。
中途半端な意志を持っている者たちは淘汰され、上掲のように自分だけのストーリーを持っている人だけが生き残る筋トレ部。
「近藤さん、ありがとうございます!」
「ありがとう!」
「お陰で健康になった気分です!」
「おう!気をつけて帰りな」
筋トレ指導が終わり、体験入部した人と、部員たちが更衣室へと向かう。
一人になった俺は、窓から差し込む斜陽を見つめて短く息をついた。
すると、ドアから誰かがぴょこんと顔を出してくる。
「樹。もう終わった?」
「環奈か。終わったよ」
「じゃ、一緒に帰ろう」
制服姿の環奈が俺の前に姿を現し少し腰をかがめて俺を上目遣いしてきた。
サラサラした黒髪、端正な目鼻立ち、透明で綺麗な青い瞳。長い足、細い腰。
環奈は以前、太ることを恐れていたが、今の彼女はそんなことを言ったら多くの女性たちに嫉妬されるほどの身体になった。
そして、ただでさえ大きいのに、環さんサイズに近づきつつある巨大な二つのマシュマロは、その存在感をこれみよがしに主張する。
俺の彼女だ。
葉山翔太の幼馴染だったけど、今はそんなのどうでもいい。
やつは、負けたのだ。
「ああ、一緒に行こう」
俺は優しく笑って、環奈の方へと歩いて行った。
放課後ではあるが、学校には部活の生徒たちの活気で満ち溢れている。つまり、校内には学生たちが結構いるということだ。
にもかかわらず、環奈は俺に自分の腕をくっつけて歩いている。
俺は静かに彼女の横顔を眺めた。
すると、環奈は目力を込めて、他の生徒や先生たちが俺たちを見るたびに、もっと俺に体をくっつけていた。
まるで、見せつけるように、この男は私の彼氏だよと堂々と主張するように、環奈は無言まま振る舞っている。
その姿があまりにもかわいいから、つい、頬が緩んで言葉が出てきてしまった。
「もう隠す気ゼロか」
「……今更でしょ?」
「まあ、それもそうだな」
と言って俺は彼女の手をそっと握った。
「っ!樹!?」
「環奈、敏感すぎる」
「……バカ」
俺のごつい手と環奈の柔らかい手が繋がった。
最初は俺の方が力を入れて環奈の手を握ったが、その力のバランスが変わり、環奈の方が俺より手に力を込めて強く握りしめた。
その姿もまた可愛すぎて、また彼女の横顔を見る。
すると、環奈も俺の横顔を見るべく首を回した。
ばっちり視線が合った俺たち。
だけど、俺たちは何も言わず、お互いの瞳を見つめ合って優しく微笑むだけだった。
まるで言葉なんぞ必要ないと言わんばかりに。
X X X
環奈side
環奈の部屋
家についた二人はそれはもう激しかった。
葉山翔太という最大の障害物がなくなったことで堰が切れたように、二人の想いは溢れ出し、それを互いにぶつけ合った。
「……ご飯作るから、待っててね」
「環奈、その、大丈夫か?無理してない?」
「大丈夫よ。そ、その……全然平気だから……」
「あ、ああ。じゃ頼む」
行為が終わってしばしの時がたち、環奈は部屋着に着替えてから、ぎこちない歩き方でキッチンへと向かった。
「はあ……」
料理をしながら環奈は深くため息をついた。
今の自分は幸せだ。
あまりにも幸せすぎて自分がこんな幸福を味わっていいのか、疑ったりもする。
彼といる時、全自分が肯定される気分になり、心が満たされる。彼は基本優しいが、ちょっと意地悪なところもあって、それがスパイスとして自分の恋心にさらに火をつける。
体の相性も申し分ない。
自分は樹が初めての男だが、彼の動きは素人目線でも尋常じゃない。ちょっと不謹慎かもしれなが、自分の母もこの男の肉体的魅力にどっぷりハマっている。
もちろん、樹が完璧な男というわけではない。
真凜の処女を奪い、葉山を殴った(これは褒めるべきかも)。
だけど、この二つを含めても、
樹は自分にとって最高の男だ。
絶対逃してはならない男だ。
だから、もっと彼に寄り添いたい。
彼の役に立つ女になりたい。
以前、彼が筋トレ部を作るとみんなに宣言した時に、環奈は思った。
樹は自分のやるべきことを見つけたと。
だから、樹がそれを実現できるように助けてやらないと。
彼は高校卒業後、すぐパーソナルジムを開業すると言った。
そこでも、おそらく昔の樹や啓介や学のような訳ありの人々を変えて行くことになるだろう。
実際、筋トレ部で男子たちを扱く彼の目には闘志が宿っていた。
実にいい仕事だ。彼のそういうところを見るたびに、好きすぎる気持ちが抑えられなくなる。
でも、
一つ悩みがある。
「私、樹のために何をすればいいの?」
そう小声で呟いて、樹ともうすぐ帰ってくるはずの母の分の食事を用意する環奈。
助けると決めたのはいいけど、具体的に何をすればいいのか全然わからないエプロン姿の環奈は、さっきの余韻もあってか、足を小刻みに震えさせ、色っぽいため息をはく。
そこへ、玄関から音がした。
「たっだいま〜」
明るい声音。
環の登場である。
追記
明るい家庭ですな
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