第94話 遠回りとホームレス

 男女比は大体、男の子が4割、女の子が6割。


「えっと……これは一体……」


 戸惑いつつ、隣席にいる環奈の方に目を向けると、彼女はにっこり微笑むだけで何も言ってこない。


 なので、俺は再び頭を彼ら彼女らへ向けると、


「俺……SNSで近藤くんの冤罪をなくすために拡散しまくった!」

「これまでずっと黙っててごめん。私も近藤さんが良いイメージを持たれるような内容いっぱい書いた!」

「葉山のやつ、マジで目障りだったからな!」

「そう!絵に描いたようなDQNだったな!」

「これでやっとクラスが静かになるわ」

 

 そう意気込みながら俺に熱意を伝える人たちもいる一方、


 座っている残りの男子女子は、俺の方をチラチラ見て、やるせない顔で俺と目を合わせないようにして俯く。ちなみにゴリラと葉山はきていない。


 正直に言って、俺はどういうリアクションを取ればいいのかわからない。


 素直に喜ぶべきか、それとも今まで何してきたんだよクソ俗物どもがと、葉山口調で怒鳴り散らかすべきか。


 俺は何も言わず、複雑な表情でため息を付いた。


 すると、みんなは、そんな俺を心配しているのか、遠慮がちに見てくる。


 そんな感じで数秒が経った。


 居心地が悪いことこの上ない状況で、誰かが俺に小さな声で話をかけてきた。


「近藤さん……」

「ん?」








「僕も努力したら……近藤さんのように格好よくなれますか?」








 と言って、俺の前に現れたのは、


 一人の冴えない感じの男子。

 

 キモデブだった頃の俺は悪目立ちしすぎて葉山らに散々いじめられたが、向こうにいる男の子は逆に目立たなすぎて、俺すらも存在を忘れかけていた。だが、俺がいなければ、こいつが葉山たちの餌食になった可能性は高いと思う。

 

 うん……確か、名前は……


 まあいいや。


 でも、


 俺みたいに格好よくなれるのかって……


 転生前、ジムトレーナーとして働いてた頃を思い出すじゃねーか……


『お、俺も努力すれば、XXさんのように格好よくなれますか?』

『はい!もちろんですよ!俺と一緒に頑張りましょう!』

『は、はい!』(24話参照)


 前も言ったように、転生前に俺が指導した男は、見事筋トレとダイエットに成功し、結構かわいい彼女を連れてきて自慢してきた。そして、高いプレゼント(10万円を超える財布)ももらった。まあ、俺はもっといいもの持ってたから他の人に販売して、振り込まれたお金で高級サプリを買ったけどな。


 世の中金という言葉があるように、高いプレゼントをもらったら、その分気分が良くなる。


 しかし、転生前の俺は、彼女自慢をしにきた男を見て、もっと違う感情を抱いた。


 あの男と彼女は実に幸せそうだった。


 若いし、お金に余裕のある人のようには見えなかったが、

 

 そこには綺麗な女性たちとお金に余裕のある男性たちを指導した時とは違う満足感と開放感があったのだ。


 学と啓介と一緒に筋トレをして、成功した時も、似たような感情を感じた。

 

 俺は


 もしかして、


 ずっと遠回りをしてきたのではなかろうか。


 俺の進むべき道は、すぐ側にいたのに、それを見ることなく、あえて見ないふりをして、自分勝手な人生を歩んできたのではなかろうか。

 

 目の前の冴えない感じの男の子を見て俺はふとそう思うのだ。


 だから、今回はちゃんと自分を見つめて、正しい道を進もうではないか。


 今の俺なら、それができる気がする。


 でも、この成長と気づきは決して自分一人で成し遂げたのではなく、


 俺の大切な人たちがくれた優しさと温かさによって成り立っている。


 そのことを良く知っているから、俺は迷いなく目の前の冴えない男子に向かって口を開く。


「ああ!もちろんだ!ちゃんと筋トレすれば、俺なんかよりも格好よくなれるぜ!」

「おお……で、でも……僕、筋トレについて全然知らないといいますか……えっと……すみません……」


 冴えない男子は頭を下げて申し訳なさそうにぺこぺこする。


 俺はそんな彼に対してドヤ顔を作り、言う。


「これはまだ決定事項じゃないけど、今の騒ぎが一段落ついたら俺、ってのを作ろうと思ってね」



「「き、筋トレ部!?!?!?」」


 俺の方に集まっている人たちだけでなく、座ってる男女たちも驚いたように口を開いた。


「ま、まあ……部を作るためには色々条件が必要だからな。でも、もし筋トレ部ができたら、そん時は来いよ。俺がみっちり鍛えてやろう」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。てかタメ語でいいよ」

「うわ……やった!」


 頑是ない子供のように喜ぶ彼を見ていると、なぜか俺も嬉しくなる。


「ちょ、ちょっと!近藤!俺も入っていい?」

「俺も入りて!」

「確か、学生たちの署名があれば部を作りやすくなるんだよな?」

「私、協力する!」

「あ、私も!」


 俺を囲っている男女たちが筋トレ部に期待を寄せていると、今まで座っている人まで参戦した。


「俺も部作るの協力する!」

「筋トレ部だと、運動器具もいっぱい必要だから、その分多くの署名が要る!」

「近藤、悪かった!謝るから入れてくれ!」



「……」


 一つ確かなのは、


 ここにいる奴らに謝られたり、持て囃されるよりかは、


 急にやってきた人々によって押し出されて、今隅っこから俺に憧れの視線を送ってくるあの冴えない感じの男の子の存在の方が俺にとって嬉しい。


 俺は頬を緩めて、隣席の環奈の顔を見てみる。


 そこには


 彼女が、あの冴えない子のように羨望の眼差しを俺に向けてきている。


 俺は彼女を良く知っている。


 ちょっとツンデレみたいなところもあるし、怒るとめっちゃ怖いけど可愛い。


 彼女が着ている制服の下にある真っ白な柔肉も誰よりも知っている。


 性格と体だけじゃない。


 誰よりも、俺のために頑張ってくれる優しい心の持ち主だ。


 そんな彼女が、俺に向けて憧れの視線を送ってきたのだ。

 

 それから環奈は何かを決心したかのように、頷いた。

 

(三上、立崎、西川は席に座ったまま、囲まれてる樹たちを優しく見守る。野球部の真斗は申し訳なさそうに彼を見つめる。翔太と連むギャル3人は居心地が悪くなったのか、教室を出ていない状態)



X X X


翔太side


葉山家

 

 ツイッターによる批判と、調子こいた炎上商法狙いのユーチューバーたちによる煽りを受けて、疲弊仕切った表情を浮かべる翔太。


 彼の表情は相変わらず暗い。


「ちくしょ……」


 親に怒られ、学校側からものすごい連絡がきたり、自分の携帯番号も特定されたので、まさしく八方塞がり。


「クソ近藤……クソ近藤……クソ近藤……クソ近藤……俺から全てを奪いやがって……俺があいつなんかに負けるはずが無い……」


 相変わらず樹を呪っているところである。

 

 今は午後一時くらい。当然ながら家には翔太一人しかいない。


「ジュース飲みて……」


 そう呟くと、翔太は玄関へ向かう。


「もし、迷惑かけてくる奴がいれば、問答無用で通報してやるからな」


 震える体をなんとか落ち着かせて葉山は外へ出ることに成功した。


 一人での外出はあの炎上騒ぎが起きてから一度もやったことがない。


 幸いなことに、家の周辺は静かだ。


 このままコンビニに寄ってジュースを買ってくる簡単な行為。


 両親や真凜にやらせることもできるが、一人で外に行けない自分が許せなくて、いつもより力んでコンビニの方へ歩いていく翔太。だが、マスクをしている。


「またお越しくださいませ!」


 缶ジュースをちびちび飲みながら翔太は思うのだ。


 一ヶ月や二ヶ月ほどしたらこの騒ぎも収まる。


 自分はまだ未成年者だから厳しい罰は受けまい。


 これは一時的なことで、時間の経過と共に、またいつもの生活に戻る。


「ふっ!俺は葉山翔太だ。なめんじゃねーぞ」


 ジュースを飲み終わった彼は再びマスクをかけてほくそ笑む。

 

 今日はちょっと遠回りしてみようと翔太は、家の近くにいる公園に行った。


 この公園は、昔、環奈と真凜とよく一緒に遊んだところだ。


 昔の思い出と共に蘇ってくる一つの光景。


『当たり前よ。は、害悪でしかないわ。と幼馴染である私を呪いたい気分っ!よ』


『うん。私を全部樹の色っ!に塗りつぶして!』


 あの忌々しい合体シーンが脳裏を掠める瞬間、翔太の額あたりの血管が浮き上がる。


「ちくしょ!俺のものなのに!俺のおっぱいなのに!」


 そう叫んだ翔太は早足で自分の家へと向かう。


 怒りが収まらない翔太は鍵を開けて入ろうとした。


 が、





「うへへへへへ……葉山翔太……やっと見つけた」


 翔太の後ろで誰かが気持ち悪い声を発した。


「あああああ……」


 翔太は冷や汗をかきつつ後ろを振り向く。


 そこには


 以前ここで翔太を脅した30代のデブ男がいた。


 ホームレスのような姿で。



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