第90話 キモデブが一人だけだと思った?
深夜
あともう少しで日曜日になる時間帯であっても、SNSは熱が冷める気配がしない。
花音と啓介の圧倒的な知名度と西川が上げた映像と写真、テレビに出演した学の組み合わせは、相乗効果を遺憾無く発揮した。
SNSユーザーたちは最初こそ3人をいじめた翔太を一方的に叩くだけだったが、時間が経つにつれて、犯人の個人情報を特定しようとする動きに変わった。
中には、こんな書き込みも。
『○○学校に通ってる人です。いじめられたあの3人は、現在は出回っている写真のように太ったり不細工だったりしてません。みんないい感じになりました。あと、花音ちゃんがあげたあの写真は、間違いなく樹です。けいのん先生が言ってたあの樹です』
事実だけを淡々と述べるものもいれば、
『モザイクあるから間違っているかもしれないけど、もしかして、いじめてる人、LL中学校卒業したやつちゃう?話し方なんか全く同じやし、あいつ、中学の時もめっちゃ人いじめていたな』
翔太の過去(?)話をするものもいれば、
『葉山翔太、◯○高校二年生○組で、度し難いDQN。マジで死ね。いや、簡単に死んでもらっては困る。もっと苦しんでほしいな。だからあいつの住所教えます。嘘じゃないからね。東京都……』
彼の個人情報を包み隠さず書く者も……
翔太の個人情報をあげたのは一体誰だろう。
一つ確かなのは、
翔太は色んな人から恨みを買っているようだ。
X X X
とあるキモデブside
日曜日
工事現場
あの炎上騒ぎから一日過ぎた朝。
ダイエットをする前の近藤樹のような体をしている30代と思しきデブ男が工事現場で汗を流しながら働いている。
だが彼の働きぶりが気にいらないのか、現場監督の人が怒鳴り声をあげる。
「もっと早く運べ!下手くそが!」
「……」
「聞こえんのか?だったらてめえはもう明日から来るな!今日が最後だ!」
「……」
現場監督から言われたデブ男は唇を噛み締めていつものペースで仕事をする。
そんなデブ男が気に食わない現場監督は顔を顰めて、彼の背中を睨め付けた。
昼休みがやってきた。
デブ男は、コンビニ弁当を3個も出して一人で食事を始める。
ものすごい勢いでそれらをあっという間に平らげると、携帯を取り出してSNSを開く。
「葉山翔太……」
そこには、翔太の写真がモザイク処理も施されてないまま個人情報と共に出回っていた。
『俺、中学時代に葉山のやつから殴られた!』
「俺もだ!あいつマジでくそDQNだよな。高校生になっても変わってねーな」
『葉山のやつ、イケメンになった近藤たちにめっちゃ嫉妬してたな。マジでキショい。だから殴られるんだよ。喧嘩も近藤より下手なくせにwww』
『すげーな。筋トレとダイエットで人がこんなに変わるの?』
『声優の花音ちゃんにも師匠認定されて……樹って人、マジですげー……俺も筋トレしようかな……』
色んな内容が30代のデブ男の目に留まる。
他にも、樹が通っている学校の生徒と思われる人たちが、なぜ炎上騒ぎになったのか、懇切丁寧に説明する書き込みもあった。
もはや、ネット空間では近藤樹と葉山翔太の名を知らないものはいないように思えるほど、アツアツ状態である。
デブ男は、花音があげた樹とのツーショット写真と、翔太があげたキモデブだった頃の樹の写真を表示させた。
それを見てデブ男は悔しそうに呟く。
「俺も……近藤樹のようにイケメンになって、輝かしい青春を送るはずだったのに……」
握り拳を作って怒りを募らせるデブ男。
「俺の高校時代にも葉山みたいな人間クズが俺を散々邪魔して……いじめて、結局キモデブのまま卒業したんだよな……」
デブ男の目がだんだんやばい色に変わってゆく。
「あいつさえいなければ……あいつさえいなければ!!俺はイケメンになれたのに!!!だからダメなんだよ……この葉山みたいな人間が存在する限り、社会はますますひどくなっていくんだよ!病気になるんだよ!だから……だから……」
デブ男はまるで催眠にでもかかったかのような目で呟く。
「だから、俺が葉山というやつを殺して、もっとマシな世の中にしていかないと……そう。これは正義だ。俺がこいつを残虐なやり方で殺したら、これまで他人をいじめてきたクソ野郎共は自分も殺されるかもしれないという恐怖を感じながら生きていく羽目になるんだろうな……うっへへへへへ……」
と言って、気持ち悪い笑顔で笑うデブ男。
そして自然と目に留まる書き込み。
『葉山翔太、◯○高校二年生○組で、度し難いDQN。マジで死ね。いや、簡単に死んでもらっては困る。もっと苦しんでほしいな。だからあいつの住所教えます。嘘じゃないからね。東京都……』
「えへへへ……そうだな。簡単に死んでもらっては困るよな」
工事現場の関係者らは彼を遠いところから見つめてドン引きしている。
デブ男の隣には空になった弁当の容器が三つも置かれていた。
X X X
真凜side
メイドカフェ
日曜日であるにもかかわらず真凜は絶賛仕事中である。日曜日はお客が多いからもっと指名を受けて給料も上がりやすい。
「結局、健司っち告白失敗しちゃったね……」
「ああ……まあしょうがないよ」
「その女の子の代わりに私がいっぱい話聞いてあげるかんね!いっぱい来てよ!」
「ありがとう」
真凜は言葉巧みに振られた健司という男を手玉に取ろうとするが、この健司という男の表情は実に明るい。
それを不思議に思ったのか、メイド姿の真凜は可愛く首を若干ひねって訊ねる。
「健司っち?なんか表情は異様に明るいけど、大丈夫だよね?」
「ああ、ごめん。確かに振られたのは悔しいけど、ファンタジアの新刊出るから、ちょっと嬉しくて」
「へえ、そういえば今日はみんなその話題で持ち切り状態だよね」
「うん。気分が本当にスッキリするよ」
「本が出るくらいでそんなに気持ちがいいの?」
真凜は微苦笑混じりに言う。
すると、健司はドヤ顔を浮かべて言う。
「ううん。それだけじゃないよ。近藤樹と葉山翔太の話があまりにも面白過ぎて!」
「え?今なんと?」
「近藤樹と葉山翔太の話」
「……」
「どうした?マリリン?」
「近藤樹と葉山翔太だと!?!?!?!?!?!?」
鳴り響く真凜の声にメイドカフェ内の人々はみんな真凜に視線を送る。
「大丈夫?」
健司という男が心配そうに聞くが、真凜は目を丸くし、彼に聞く。
「その二人がどうしたっていうの?」
「ああ、マリリンはまだわからないか。じゃ、俺が話すより直接見た方が早いかもね」
と言って、健司という男は自分の携帯を取り出して数回タッチしてからそれを真凜に差し出す。
受け取った真凜は携帯の液晶に目を見遣る。
そして、しばし経つと。
「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
真凜は腰が抜け、そのまま尻もちをついた。
「ま、マリリン!?」
驚いた健司は彼女を見てみる。
床に座っている真凜は自分のパンツを隠すことも忘れて、ブルブルと震えていた。
恐怖に怯える彼女。これは只事ではないと直感したのは健司だけじゃないらしく、周りにいるメイドが真凜を立たせて、休憩室の方へ連れて行った。
一人取り残された健司は呆気に取られた様子で呟く。
「俺の携帯持って行っちゃった」
X X X
葉山家
葉山の部屋
「クッソ!顔に傷跡ついたじゃん……岡山先生に頼んで近藤のやつ、退学にしてもらおうかな」
時刻は17時ごろ。
相変わらず樹の悪口を叩く翔太。
そこへ誰が忙しなく玄関ドアを開ける音が聞こえる。
足音から察するに、自分の妹だ。
「なんだあいつ。いつもより早いな」
と、呟く翔太。
真凜の足音はだんだんと大きくなり、やがて、真凜は葉山の部屋のドアを思いっきり開ける。
「っ!真凜!?」
「兄貴……」
「なんだ急に?」
「SNS、見た?」
「SNS?」
「うん」
「なんの話をしてんだお前は」
自分の兄貴の態度を見るに、まだ事態が全然把握できてないようだ。
そう踏んだ真凜は、冷めた視線を送り、口を開く。
「兄貴すっかり有名人になったよ」
「俺が?有名人?」
「早くアプリ開いて兄貴の名前で検索して」
「はあ?」
「早くしろ!!!」
「っ!なんだよ!」
急にキレる真凜に戸惑う翔太はSNSアプリを立ち上げ自分の名前を検索する。
そして表示される数えきれない程の書き込み。
「な、なんだよこれ……」
翔太が自分の置かれた状況を把握するのには、そんなに時間はかからなかった。
「あ、あああ……」
時間の経過とともに、翔太の身体もだんだん震えだす。
やがて、携帯を握る手まで震えて、文字が読めないほど画面は揺れる。
「だ、誰が……こんなことをあげて……ああ……あああああ……」
自分の兄の態度に真凜の堪忍袋の緒もいよいよブチギレだ。
「誰があげたかは関係ないわ!兄貴、樹っちたちをいじめていたのね……最悪のやり方で!」
「い、いや……俺は……」
真凜は自分のスマホを手に取り、西川があげた写真や映像を表示させ指差しながら続ける。
「何がいやよ!ここに写真も動画もあるでしょうが!モザかけられてるけど、これ100%兄貴でしょ?デブだった頃の樹っちと学っち……めっちゃ楽しそうに私の勤めるメイド喫茶店に来てくれてたのに……その裏で兄貴はこんなにひどいことを……」
私服姿の真凜は涙を滲ませて翔太を睨みつける。
「い、いや……違う……俺はただ単に……遊んであげたというか……」
「これのどこが遊びよ!?思いっきりいじめてるでしょ!それに、樹っちだけに罪を被せるために、兄貴が先生を脅迫していると学っちがニュースのインタビューで言ってたけど、それ、本当なの?」
「ち、違う!」
「本当?」
「ほ、本当……だ」
「嘘ついてる顔……私が何年兄貴を見てきたと思うの?」
真凜は落ち着いてない様子で荒く息をする。
翔太に至っては目を大きくして携帯の画面を見て、また体を震わせる。
「こんなの……通報してやる……」
そんな情けない言葉を吐く翔太を見て真凜は、
再び怒鳴り散らかす。
「私、暴力は大っ嫌いだけど……」
息を深く吸っては
「兄貴は樹っちに殴られるべくして殴られたの!!!!」
「うるさい!!!!!クッッッッッッッッソ!!!」
真凜の叫びを聞く心の余裕なんか持ち合わせていない翔太は、自分の携帯を妹に投げつけた。
「きゃっ!」
幸いなことに、真凜の豊満な胸がクッションの役割をしてくれたおかげで物理的ダメージは少ない。が、精神的なダメージは受けたようだ。
「兄貴、私の体に……携帯を投げたの?」
突然のことで戸惑う真凜。
ベッドに座っている翔太は、
醜悪な顔で
力の限り叫ぶ。
「俺は被害者だああああああああああああああああああ!!!!!」
「兄貴……そういう人だったのね……」
言葉を失った真凜は佇んでただただ口だけをポカンを開けて自分の兄を見つめる。
「俺は被害者……近藤のやつらが加害者……あはは……間違いない。俺は悪くない……悪いのは全部あいつらだ……潰してやる……くそ!潰してやる!」
そう呟く兄貴の声は真凜の耳に入り、彼女は頭の中で何かが切れた感覚を味わうのだった。
「……」
無言を貫く真凜と樹たちを呪う言葉を吐き続ける翔太。
そこへ、
誰かが玄関ドアをノックする音が聞こえてくる。
今日の両親はみんな夜遅い。
それに、家の鍵を持っているからわざわざノックをする必要もない。
一定の間隔を置いて聞こえてくるノック音を不審に思う二人。
「な、なに……宅配業者?」
と言う真凜だが、宅配ボックスがあるから、ノックなんか必要ない。
だとしたら、一体誰だと言うのか。
そう思っていると、
そのノック音は次第に大きくなり、興奮した人の声が聞こえた。
「葉山翔太!!!!!!!出てこい!!!!!!!!裁きの時間だ!!!!!」
外の人は怒り狂ったように玄関ドアを強く叩き始める。
追記
捗りすぎて4700字も書きましたっ!
みんなの昼休みを邪魔してごめんよ!
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