第88話 狼煙をあげようではないか

樹side


数日後


土曜日


樹の部屋


「すうーはあーすうーはあー」


 相変わらず俺は学校に行くことなく、絶賛筋トレ中である。

 

 自宅謹慎食らって間もない頃は、なんでもかんでも投げ出したかったが、環奈が俺を慰め、父さんと母さんが俺を勇気づけてくれた。


 なので、こういうふうに筋トレに励む事の出来る事実に感謝しながら、さらなる筋肉増量のために体を動かしていく。


「……」


 だけど、あの二人の存在がずっと尾を引いている。


 学と啓介。


 あの事件が起きてからは学からの連絡は一切なく、啓介は……衝撃を受けて不登校になったから言うまでもなし。


 こっちからしても全然返ってこないし。


「はあ……」


 あの二人を思い出すだけでも、心が痛くなる。

 

 3人で楽しく青春を満喫していきたかったのに。


 学のやつは背は小さいけど、とても真面目で勉強のできるイケメンになったんだ。これからだと言うのに……


 まあ、俺があいつの忠告を無視して葉山をボコボコにしたから白い目で見られても致し方あるまい。

 

 啓介のやつは……


 いつもオドオドしていても、4次元でも、ちゃんと俺の内面を見てくれるいいやつだ。髪さえ整えれば、モデルだと言っても違和感がないほどイケメンだと思うんだが……


 葉山を殴ったことによって、俺たちの関係性はいとも簡単に崩壊してしまった。


 葉山如きで壊れるなんて、本当に悔しい。


「……」


 俺は頭を空っぽにするべく、より激しく身体を動かした。


 すると、玄関から母さんがはしゃぐ声が聞こえてくる。


 お客か?


 久々に母さんの明るい声を聞いたから、なんだか俺まで気分が良くなる。


 しばし経って、母さんがドアをノックした。


「樹〜〜〜」

「ん?」

「花音ちゃんが来たわよ!」

「花音ちゃん!?」


 俺は上半身裸状態であることも忘れていそいそとドアを開ける。


 そこには、


 かわいい青いドレスを身に纏った小さな小動物を彷彿させる花音ちゃんが立っていた。


 青い目を潤ませ、俺を切なく見つめる花音は、感極まったように、ちっこい口を動かす。


「……しょう……」

「ん?」





「しいいいいいいいいいいいしょおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 そう叫んで、花音は俺に抱きついた。


「か、花音ちゃん!?お、おい、俺今、結構汗かいてるから!」

「はあ……師匠の匂い……実に久しいぶりでございます!スンスン……」

「……」

 

 俺はドン引きして母さんを見つめた。


 すると、母さんは、とっても明るく笑っていた。


 いや、離すの手伝ってくれよ。


 と、言うわけで、俺の部屋にかわいい声優さんが訪れた。


 母さんはクッキーやら冷たいお茶やらを持ってきてくれて、早速立ち去った。


 ちなみに俺は相変わらず上半身が裸状態だ。服を着ようとしたが、その度に花音が手で止め、今に至る。花音ちゃん何考えてんの?


「申し訳ございませんでした。師匠のことがとても心配になりましたけど、事情がありまして、連絡、全然できなくて」

「いいよ!それより、啓介は大丈夫か?」

「ふふ、早速私のお兄様を心配するあたり、さすが師匠です!」

「おう!」


 花音は嬉しそうに息を吐き、小さな手でコップを握り、うんくうんくと勢いよくお茶を飲んでから、続ける。


「お兄様は元気です」

「そうか。本当によかった。いくら連絡しても全然反応がないから、何かあったんじゃないかと不安になってな……」

「お兄様は、えっと……師匠ととても会いたがっていますけど、色々ありまして……」


 花音が困ったように言葉を詰まらせた。


 俺は微苦笑混じりに言う。


「色々あるか。まあ、啓介はいつもなにやってるのかわかんないよな」

「そうですね。側から見れば、確かにお兄様は謎に包まれた方です」

「それな」

「でもですね」

「ん?」


 さっきまで自信なさそうな顔をしていたが、花音は宝石のような瞳を輝かせて言う。


「もうすぐわかるようになると思います!」

「そ、そうか?」

「はい!師匠、狼煙をあげましょうか」

「の、のろし?」

「はい!」


 と言って、花音は携帯を取り出し、急に俺の方に近づいてきた。


「花音ちゃん!?」


 すでに俺の体に密着した花音は、素早くカメラアプリを立ち上げツーショットを撮った。


「ふふっ、よく取れましたね。これなら申し分ありません!」

「写真が撮りたいなら、素直に言えばいいよ。写真くらいいくらでも撮らせてあげるから」

「そ、そうですか?」

「ああ」

「だとしたら、これからいっぱい撮りましょう!私のお兄様も混ぜて!」

「そうだな」


 と言って俺たちは微笑んだ。


 でも、花音の言葉がどうしても引っかかる。


 狼煙をあげるって、一体どういうことなんだろう。


 俺が考えていると、いつしか、俺の膝に座っている花音が携帯をいじりながら何かを呟いた。


「ふむ……私の師匠ですっと」

「花音ちゃん?なにしてるの?」

「さっき撮った写真を私のSNSにあげているところです」


 なに?


「か、花音ちゃん?」

「はい?」

「花音ちゃんって、声優さんだよね」

「そうです」

「ちなみに、そのSNSにフォロワーどれくらい?」

「うん……ざっくりで50万くらいでしょうかね」

「……」


 おい……マジかよ……


 この子は一体なにをやろうとしているんだい。


 俺が目を丸くしていると、花音はわざとらしく俺の膝に自分のお尻を擦り付けて続ける。


「師匠」

「な、なに?」

「これは序の口です。ふふ、うふふふ……うふふふふふ……あははは……あはははははっ!!けほ!けほけほ!」

「……」


 ヤンデレ顔で笑っていた花音が突然咳をし始める。


「花音ちゃん……俺のお茶でもよければ飲んでよ」

「はい。ありがとうございます!っけほ!すみません。今日は収録がありまして、その……結構ハードな役だったので」

「お、おう……母さんに頼んであったかいお茶出してもらおうか」

「助かります。ふふ」


 そう言って花音は懐かむように俺にもっと強く体を擦り付けてきた。


X X X


啓介side


美容室


「すごいイケメン……」

「なんでずっと髪伸ばしたんだろう。勿体無い」

「連絡先聞いてみようかな?」

「バカ、絶対彼女いるって」


 今まで長い髪によって隠されてきた啓介の顔は、美容室の照明を浴びて光っている。


 真っ白な皮膚と整った目鼻立ち。そして、透き通った瞳からは鋭い眼光が放たれている。

 

 その非現実的な外見に、美容室にいる男女は口をぽかんと開けて驚いていた。


 樹がワイルドで男らしいイケメンだとしたら、


 啓介はどこかの中世の位の高い貴族のような品があって美しいイケメンである。


「はい!終わりました!本当にイケメンっすね!いい感じです!」

「……ありがとうございます」


 男性美容師さんに言われた啓介は正面の鏡に写っている自分の姿を見てみた。

 

 啓介は頬を少し赤く染めて恥ずかしがっているが、やがて何かを決心したように目力を込めて立ち上がった。


 会計を済ませてタワーマンションにある自分に家へと向かう啓介。


 玄関ドアを開けると、


 両親が目の前にいた。


「けいちゃん……」


 美しいドレスに身を包んだ母は涙ぐみながら自分の息子を切なく見つめる。


 涙を必死に堪える母だが、やがて、その青い目からはクリスタルのような涙がこぼれ落ちた。


 父はそんな母の背中を優しくさすり、啓介に話しかける。


「啓介」

「うん」

「お前を変えた存在は誰だ?」


 父の問いに啓介は迷いなく返事する。


「家族のみんなと近藤樹!!」


 ドヤ顔の自分の息子がえらいのか、父もまたドヤ顔で威厳のある話し方で話す。


「だったら、樹くんを一生大切にしろ。樹くんのような友達が死ぬまで一人でもいれば、お前は勝ち組だ!!!」

「うん!!」


 話が終わると、母が十数分ほど啓介を抱きしめて泣き崩れてた。


 しばしの時が過ぎて、母は化粧をやり直して、父と一緒に式典へ参加すべく家を出た。


 一人取り残された啓介。


 花音は樹の家にいるはずだ。


 そう思いながら啓介はリビングのソファに座り、携帯を取り出し、SNSアプリを立ち上げ、早速花音の書き込みを確認する。


『私の師匠です!お兄様の友達ですけど、いつも私を守ってくれる大切な存在です!みんなも筋トレに励みましょう!』


 小さな花音と筋肉丸出しの樹。


 この如何ともし難い組み合わせを見て、啓介は目をカッと見開き大声で感想を言う。


「素晴らしい!!」


 目を輝かせる啓介は早速自分のアカウントをタッチした。



ーーーー


けいのん


ファンタジアの原作者


フォロー中 1


フォロワー 154万


ーーーー


 このアカウントを使うのは何年ぶりだろう。


 感慨深げにため息をつく啓介。


 花音を襲った集団から暴行を受けてから、多くの時間が過ぎた。

 

 ずっと自分の殻に閉じこもっていた。


 だが、その殻を破ったのは、他ならぬ自分だ。


 そのきっかけをくれたのは近藤樹。


 自分を守るために、樹は翔太を殴った。自分がやるべき復讐を彼が代わりにやってくれた。その結果、樹は理不尽すぎる罰を受けている。


 本当に辛かった。


 ファンタジアの続編を書きながらも樹のことを思うと、涙が出た。

 

 自分が最も信頼する友人が、傷だらけになって悪い連中が幅を利かせる。


 だけど、


「時は来れり!」

 

 そう宣言して啓介は携帯をいじり始める。






追記



面白くなりますので次回も楽しみに

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