第87話 翔太の本音

「大事な話があるからと連絡したしょ」

「そうだま。大事な話。あははは」


 翔太は一瞬疑問に思ったが、すぐに口角を吊り上げ、勝ち誇ったように胸を反らす。


「近藤のやつとはもう終わりってわけか?」

「はあ?」

「わかってるよ。やっぱり、あんな暴力を振るうようなクソに体を許したの後悔するよな?」

「翔太……あんた、何言ってるの?」


 あまりにも的外れなことを言われて呆気に取られる環奈を見た翔太が、ほくそ笑んだ。


 その姿があまりにも気持ち悪かったので、環奈は我に返って反撃する。


「暴力でいえば、翔太も樹に散々やってきたじゃん」


 だが、翔太は図々しい態度で返す。


「俺って、殴ったことないんだけど?」

「嘘はよくないわ。ダイエットする前の樹に酷いことをいっぱいやったくせに、何バカなことを……」


 悔しそうに歯軋りしながら言う環奈に翔太はまた勝ち誇ったように返す。


「あれは暴力じゃない。指導だ」

「指導?」

「ああ。身の程弁えぬあいつに、俺が現実を教えただけだよ。それが暴力?むしろ誉めて欲しいんだけど?」

「……」

「なあ、環奈」

「何」

「俺はね、寛大な人だよ」

「はあ?」


 突然わけのわからないことを言う翔太に、環奈はまた当惑する。


「随分前に環奈はここで言ったよな。俺のせいで自分はずっと鳥籠の中の鳥だって」(27話参照)

「……」

「環奈が俺から離れても、俺は大人しく待ってあげたぞ。今もそう。環奈は結局俺のそばにいることが一番幸せだと言うことを知っているからな」

「……」

「俺さ、近藤を徹底的に潰そうと思ってね。親に頼んで訴訟の準備もしてるんだ」

「訴訟?」

「ああ。俺をこんなふうに殴ったからな。もちろん、あいつと本気で戦えば、俺が余裕で勝つだろうけど、俺はそんな子供のようなことはしないから」

「……」

「さあ、俺のところに来いよ。今からでも遅くない。あいつより、俺の方が環奈をしてあげられるぞ」


 発情した獣のような表情で環奈の胸を凝視する翔太。


 そんな彼の顔を見て、場所を人の多いカフェにして本当によかったと思う環奈は、


 深くため息をついて、


 冷め切った表情で口を開く。


「翔太」

「ああ」

「私は樹の事が大好きなの」

「っ!」

「あまりにも好きすぎて、あなたが入る空間は全くないの」

「お、お前……」

「裁判でも訴訟でも、なんでもやってみなさい。私は樹を助けるから」

「こ、このあまが……」


 翔太は、急に身体を震わせ、環奈を睨め付けた。だが、環奈は立板に水のごとく、喋り出す。


「この際だからはっきり言っておくわ。翔太は樹の足元にも及ばない最低最悪の人間よ。人をいじめておいて、謝罪の一言も言えない器の小さい男を私が好きになれるとでも思った?私は昔から翔太を見てきたのよ。だからわかるの。ずっと樹に劣等感を抱いてきたでしょ?自分がいじめてきた対象が、自分よりイケメンで強くなっていく姿に嫉妬するけど、その事実を認めたくないから、さぞ辛かったんだろうね」


「……違う……俺は……あいつなんかより……」


「もういい加減認めたら?樹は翔太より魅力的で強くて、頼りになれる男よ。静川くんと細川くんも同じ。あの3人はあなたにSNSであんなひどい内容を書かれていい人ではないわ」


「うるさい!環奈は何もわかっちゃいねえ!」


「大声で喋るなよ!周りが見てるんでしょ!?」


 翔太が大声で叫ぶと、環奈が早速彼を黙らせた。


 だが、二人の声があまりにも大きかったので、周辺の人たちは迷惑そうに顔を歪めた。


 翔太は周りを意識して、なるべく卑怯に最低に陰湿に話す。


「SNS?環奈、なんの話をしてるんだ?」

「……3人を貶す内容、あんたが書いたよね」















「……」


 きっと樹がここにいたら、翔太は本当に死ぬ寸前まで殴られただろう。


 怒りを抑える環奈は、伝家の宝刀を抜く準備をする。


「翔太」

「なあああに?」

「餞別よ」

「はあ?」


 と、言って環奈は自分の胸のところのワイシャツのボタンを一つ外した。樹に散々開発されたその豊満な胸が姿を現すと、翔太の視線は釘付けになる。


 それと同時に、


「えいっ!」

「っ!」


 古い携帯を取り出して、催眠アプリを表示させ、それを翔太に見せる。


 そしてボタンを押した。


 翔太の目は、一瞬にして死んだ魚のように変わり、急に大人しくなる。離れたところから見れば、ただ単に黙り込んでいるように映るので、「やっと黙ってくれたなあのDQN」「あの女の子がかわいそう」とか言いながら安堵のため息を吐く。


 催眠状態になった翔太を見て、環奈は早速口を開いた。


「翔太」

「ああ……」

「これからいくつか質問するけど、素直に答えて」

「ああ……」

「大声で叫んだらダメよ」

「ああ……」


 機械のように答える翔太に環奈は目を細めて質問をする。


「樹と細川くんと静川くんを悪く言う内容をSNSで書いたのは翔太よね?」

「ああ……俺だ」

「……だったら、その証拠を見せてほしいの」

「ああ……わかった」


 そう言って、翔太は自分の携帯のロックを解除し、ゴリラとのグループチャットを見せる。


 色んな内容が書かれているが、要約すると、翔太が主犯でゴリラが協力するような感じのメッセージである。


 環奈は、その内容の全部をスクショし、彼女の携帯に送った。


 証拠となりうる情報を見ている環奈に、翔太が話す。


「他にも……ある……」

「他にも?」


 翔太は自分の携帯を数回タッチし、ある写真を見せた。


「岡山先生!?」


 そこには真凜の高校の制服を身に纏った女子高生と自分のクラスの担任先生がラブホに入っていく姿が写っていた。


「これで脅して、近藤だけ罰を受けるように仕向けた」

「……なるほどね」


 いよいよバラバラになったパズルのピースが正しい位置にハマっていくような感覚を味わう環奈は、翔太に訊ねる。


「樹と細川くんと静川くんに謝る気はある?」

「……ない」

「なんであの3人を毛嫌いするの?」

「それは……底辺人生を歩んでいるあいつらを踏み躙ることによって、俺の価値が上がるからだ。それができなくなったから……」

「どんな価値?」

「他人を蹴落とさないと、スクールカスト最上位にはなれない……」

「自分が上に立つためなら、罪のない弱者をいじめてもいいわけ?」

「もちろん……あいつらはいじめても文句言わないから、格好の餌食」

「……」


 環奈は心の中で呟くのだった。


 この男は、獣以下だと。


 担任先生の写真もバッチリ送信した環奈は、彼に囁く。


「翔太、10分後に催眠状態が解かれるわよ」

「ああ……」


 そう言って、環奈は立ち上がり、この場を後にした。


 解除ボタンを押してないので、10分後に本当に催眠が解除されるのかは分からないが、もう二度と翔太の気持ち悪い顔は見たくなかったので、躊躇いなく家へと歩く環奈。


X X X


「ん?なんだ?」


 10分後に催眠が解かれた翔太は、向かい側に環奈がいないので、目を丸くし、周囲を見回す。


「鞄もない……帰っちまったか……くそ!」


 握り拳を作り、環奈に早速連絡する翔太。


 だが、繋がらず、発信音だけが一定の間隔を置いて聞こえるだけだった。


 自分の携帯を荒々しくテーブルに置く彼は、小皺ができるほどほくそ笑んで呟くのだ。


「近藤のやつ……俺が徹底的に潰するから……あははは……回復不能になるまで追い込んで、環奈を寝取ってやる……あのおっぱい……俺のものになる予定だったのに……くそ!」


 と、呟いて向かい側を見る翔太。


 そこには、環奈の飲み物はもう存在しなかった。







追記



読者の皆さん、87話まで読んでくださりありがとうございます!


あともう少しの辛抱です!


これから面白くなります!


翔太みたいな人って周りに一人くらいいるんじゃないかな?


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