第83話 なぜ、先生は葉山を庇うのか
環奈は3人に樹に何があったのかを全て話した。
「はあ……なるほど……樹のやつ、全部一人で抱え込んでいたのか」
「……」
学がため息混じりに言うと、啓介は悲しい表情で頭を下げる。その様子を見て、腐女子こと有紗が握り拳を作り大声で言う。
「近藤くんが自宅謹慎なのは仕方ないと思うけど、かといって葉山くんはお咎めなしというのは間違っていると思うよ!」
有紗の言葉に由美がふむと頷きながら言う。
「そうね。環奈の言うことが本当なら葉山さんは訴えられても文句言えないわね。不特定多数に他人の個人情報を晒すなんて……それを隠蔽しようとする先生は、懲戒免職かしら」
深刻そうに言う美優に学は唇を噛み締めて悔しそうに言う。
「あの時俺が、樹に冷たくしなければ、違う結果になったかもしれない……」
「学くん……」
飲み物が入ったコップを握る手にさらなる力を入れる学。由美は彼の手に優しく自分の手を添える。
「いつもあいつに助けられっぱなしだったから、今度は俺がやつを助けたかった……あいつと対等な立場になって、もっと幸せな学校生活を送りたかった……」
陰鬱な雰囲気に、啓介を除く4人は暗い表情で俯く。
啓介は、余裕そうに飲み物を一口飲んでから小さい声で話した。
「悩んでもしょうがない。問題が与えられたら、それを解決するために前へと進むべき。きっとチャンスは訪れる」
「「おお……」」
きっと落ち込んで不登校になったと思ったのに、啓介の言葉は彼ら彼女らに希望を与えるものだった。
なので4人一同、啓介に憧れの視線を向ける。
すると、啓介が恥ずかしそうに視線を逸らしてから小声で言う。
「小説の中だとそうだよ……」
「「ああ……」」
4人は微苦笑を浮かべる。
だけど、啓介のおかげで重たい空気が若干軽くなったことで4人は明るい表情を啓介に向けた。
すると、5人の座っているテーブルに誰かが通り過ぎろうとする。その人物は環奈たちを見ると、急に体が固まって目を丸くした。
「君たち……」
「「藤川!?」」
いつも翔太と連んでいる野球部員の藤川真斗の登場である。
彼は、この集団を見て、視線を外したが、やがて何かを決心したかのように、彼ら彼女らが座っているテーブルの方に近づく。そして隣の席から椅子を一つ引っ張ってきて座った。
真斗は、この4人に、自分の置かれた状況を全て環奈たちに教えた。
SNSでひどい内容を書き込んだ犯人が翔太であることを樹に教えたのは自分で、樹だけが罰を受けるのはおかしいから担任先生のところに行って相談したところ、書き込みに関しては絶対に他人に言うなと脅迫を受けていることも。
「俺、内申も部活もあるから、ちょっと怖くなったけど、こんなのおかしいから……」
やるせない表情で目を瞑る真斗に、学は怪訝そうな顔で彼を睨みつけながら言う。
「藤川」
「ん?」
「俺、お前のことあまり信用できないんだけど?」
そう。真斗は昔、翔太と連んで樹だけでなく学にも啓介にもひどいことをした。啓介も冷め切った視線を真斗に送る。
真斗はこの二人がなぜこんな冷たい態度を取るのか、もちろん承知である。なので、真斗は丁重に頭を下げて彼らに謝罪する。
「悪い。俺は自分のことばかり考えて……二人にはまだ言ってないんだな。細川と静川にはひどいことをしたと思ってるんだ。本当にすみませんでした……俺も自宅謹慎食らってもおかしくないことを3人にした」
頭をテーブルにつける彼を見て、環奈たちは意外そうな顔で真斗を見つめる。
啓介を除いて。
「保身は大事だよね」
「っ!!!!!!」
啓介の言葉を聞いて真斗は体を大きくひくつかせた。まるで自分の心を見透かすように、啓介は長い前髪に隠れた青い目で彼を捉えた。
やがて啓介は悲しい表情で息を吐いて、続ける。
「でも、頭を下げて人に謝ったり、脅迫を受けていることを他人に言うのって相当な勇気がいる。だから、今はいいかな」
そう言って学の方を見る啓介。
学は、啓介の肩にそっと手を乗せて小さく頷いた。
頭を上げて二人の様子を見る真斗は思うのだ。
樹と学と啓介には絶対迷惑をかけないと。
特に、啓介には気をつけようと。
彼が発するオーラは高校生にしてはあまりにも大人びていたし、鳥肌を立たせるほどの威厳があった。
X X X
真斗side
真斗は環奈たちと約2時間、色んな話をした。
「本当に、俺はとんでもない奴らをいじめていたな……」
げんなりしながら街を歩く彼の手には小さな録音機が握らされている。
彼ら彼女らは自分に役割を与えた。
それは、この事件を隠蔽しようとする担任先生の罪を暴くこと。
それだけじゃない。啓介たちは自分が思っている以上のことをしようとしていた。
全員が樹のために動いていた。
「本当……近藤のやつ、いい友達持ってんだな」
そう呟きつつ、携帯を取り出して、翔太たちからなるグループチャットを確認してみる。
今日のメッセージ数はゼロだ。
翔太が樹にボコボコにされてからは、ゴリラとギャルたちと自分と翔太によるカーストは完全に崩壊した。なので、今日は部活以外は一日中一人で行動した。
「……」
ヒエラルキーのトップに君臨する自分は、このまま充実した学校生活を満喫するとばかり思っていたが、見ての通り、今まで築いてきた彼らとの絆はあっさりと壊れてしまった。
いや、築いてきたわけじゃなく、倒れる寸前のジェンガのように、手抜き工事のように、無理くり奴らに付き合ったのではなかろうか。
そんな疑問が自分の脳裏を過ぎる。
「まあ、やるしかないか」
とにかく、今は自分の罪を償うべきである。そしたら自分は自由の身になれるのではないか、ふとそんな気がしてきた。
だが、
『保身は大事だよね』
「……」
真斗は生まれて初めて、自分を嫌悪した。
X X X
啓介side
静川家
家に帰った啓介は早速、書斎にこもり、ノートパソコンを叩いている。その様子を見守る花音の顔には嬉しさと心配の色が混じっていた。
作業を終えてリビングのソファに腰掛ける啓介に、エプロン姿の花音がお茶とケーキを持ってきた。
「ありがとう」
テーブルにそれらを置いた花音は羨望の眼差しを自分の兄に向けてからお茶を注ぐ。
「本当に素晴らしいです。まさか、数日で全部書き上げるなんて……」
「ふふ」
「編集者の方々、泣きながら電話してきましたよ。渾身の出来だと」
「いい刺激は、いい小説を書くために必要」
ドヤ顔の兄を見て、微笑む花音だが、やがて、その表情はだんだんと暗くなり始める。
「でも、本当にいいですか?新巻発売のお知らせとともに、あれをやるのは……」
兄の隣に座り、宝石よりも美しい青い瞳を見せる花音。
啓介はそんな自分のかわいい妹の頭を優しく撫で、落ち着いた口調で話した。
「樹のため。そして、自分のため」
自信に満ちた啓介を見て、花音はふむと頷き、明るく返事する。
「だとしたら、私もお兄様と師匠を手伝います!」
X X X
病院
みんなが眠っている病室の中、
金髪の男は悔しそうに呟く。
「くそ……なんで俺が……あいつに……」
布団を強く握りしめて、さらに翔太は続ける。
「俺は悪くない……悪いのは全部あいつだ……キモデブの分際で、思い上がって……」
そして、何かに取り憑かれたように呟き続ける。
「俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……」
すると、突然携帯が鳴った。
ゴリラからの電話。
「なんだ」
『あ、夜遅くにごめん。翔太、お前、病院だよね?』
「ああ」
『ってことは真凜ちゃんは一人ってわけだから、俺が真凜の面倒見てやろうか?』
「はあ?」
『だって、あんな事件があったわけだし、真凜ちゃん一人で不安がっているだろうしな。だから俺が守ってやるよ』
ただでさえ、妹と環奈が樹と寝た事実に憤りを覚えているのに、ゴリラはさらに冷や水をさしてきた。
「おい、発情ゴリラ。真凜はお前に全く興味ないっつってんだろ」
『いや、でもこの事件をきっかけに俺に頼るのもわんちゃんアリじゃん?』
「ねえよ。そんな確率はゼロだ」
『チェッ!』
「その舌打ちはなんだ」
『まあ、それはそうとして、近藤のやつ、本当ザマだな』
「ああ。調子乗るからああなんだよ」
『あははは!先生も完全に協力してくれちゃってるしな!』
「そりゃそうだろ。俺たちに逆らったら、ひどい目に遭うからよ」
『だな。なんせ、隣校の女子とエンして、俺たちにバレたもんな!』
「写真もバッチリ撮ってあるし、やつか庇ってくれるから俺たちがやったことがバレることはないって!」
『にしても、この前の岡山先生の隠蔽発言って本当に笑えるよな』
「ああ。本当な。あんなのが社会人だなんて」
『きっとあいつみたいな大人たちが、正義とかかざしていい人ぶってんだろうな。いろんなところで』
「あははは!」
『うへへへへ!』
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