第84話 催眠アプリ

一日後



西川side


 西川。


 樹と同じクラスで写真部のエース(51話参照)。

 

 隠れて何かを撮ることが大好きな根暗である彼は、シャワーを浴びてさっぱりした姿で自分の部屋に入ってくる。

 

 降りしきる雨の中、西川は仄暗い部屋にあるハイスペックなPCに電源を入れた。


 表示されるいろんなフォルダー。


『葉山翔太』


 そう書かれたフォルダーを開くと、数えきれないほどの写真や映像が現れたた。

 

「……」


 検分する彼は、よさそうな映像ファイルを開いく。


 そこには、キモデブだった頃の樹を問い詰めている翔太が写っていた。


『おい、お前なんで環奈の手触ったんだ?』


『神崎さん、消しゴム落としたから、拾ってあげただけだよ』


『お前、キモいんだから、俺の幼馴染に触れるんじゃねーよ』

『え?俺はただ単に……』

『キモいんだよ。クソデブが。一緒にいるだけでも吐き気がする。消えてくれればいいのに』

『……』

『もう一度言う。俺の環奈に触れるな。もし、さっきみたいなことがまた起きたら、お前、ただじゃ済まされないから』


 二人のやりとりを聞いて、顔を顰める西川。


 そして他のファイルも開く。


 そこには、翔太がキモデブの樹に直接暴力を加える姿が写っていた。


「……」


 西川が怒りを募らせていると、彼の携帯に電話がかかってきた。


『三上有紗』


 腐女子の三上有紗である。


「三上さん……」

『西川くん!こんばんは!』

「おお……」

『どう?いい感じ?』

「うん。だよ」

『ありがとね』

「ううん。僕は当然のことをしたまで」

『ふふ。これ終わったら、またコス写真いっぱい撮ってね!』

「うん!」

 

 電話を終えた西川は、深く息を吸って吐く。


 それから、昔の出来事を思い出すのであった。


 二年生になってまもない頃、作品活動のため、カメラを学校に持ってきた西川に翔太集団がやってきた。


 そして彼が物欲しそうに西川に話しかけたのだ。


『へえ?なにこのカメラ、めっちゃ高そうなんだけど?』

『あっ、これはお父さんがくれたもので……』


 翔太が無理やり西川のカメラを持ち上げて続ける。


『おお、学校のものじゃないか?』

『……』

『じゃ、貸してよ』

『え?』

『貸して』

『いやこれは……ものすごく高価なものだし、葉山くんと僕、そういう関係じゃないから……』

『今日使ってすぐ返すからよ』

『いや、だめ……』

『なにがだめなんだ?』

『……』

『なにがだめなのか言ってみろよ』


 彼の強圧的な態度に西川は俯いた。


 結局、彼は三日後にカメラを返してくれた。


 だけど、内部がめちゃくちゃになって、結局、数ヶ月使ってカメラは壊れてしまった。


 100%彼の仕業であることは知っているが、自分が問題提起しても、それを証明する術はない。


 きっと葉山は知らないふりをするんだろう。


 なので、翔太にカメラを壊された西川は泣き寝入りして、彼の行動をとして残し始めた。


 翔太のことを思い出すと、おまだに腑が煮え繰り返る思いだが、西川は邪念を取り払うように首を振って、他のファイルを開く。


『三上有紗』

 

 そこには、コスプレ姿の有紗の姿が写っていた。


「うへへ……三上さん、すごく綺麗だ……っ!だめ!三上さんは神崎さんの友達で、近藤くんの友達!!」


 西川は気を引き締めて、葉山翔太フォルダーに飛んで、ファイルをまた検分する。


X X X


学side


数日後


昼休み


廊下


「一位……やっと学校一になった……」


 この間行われたテストの結果を見に廊下の方へ行った学は、大きな張り紙の一番上に自分の名前がランクしていることを確認した。


 周りからは、「すごいな」とか、「おめでとう」と、祝ってくれる人もいる。


 高揚する気分は鼓動を激しくするが、一方、学は唇を噛み締めて悔しそうに彼女の名を口にする。


「由美のやつ……余計なことしやがって……」


 そう小さくつぶやいて早速食堂の方へと学は向かう。

 

X X X


食堂


「由美、ちょっといいか?」

「学くん……」


 環奈と由美、有紗が座って食事をしようとするところへ、いきなり学が由美の手を引っ張っる。


 環奈と有紗はなんんぞやと二人を見つめるが別に止めはしなかった。


 由美は学に引っ張られるまま、頬を桜色に染める。


X X X


穴場


「由美、お前、全力でやった?」

「……」

「俺が由美に勝てるなんてありえない。正直に言ってみて。なんで手抜いたんだ?」

「……」

「早く言え!」

 

 学は語気を荒げて、由美の手を握っている自分の手により一層力を入れて問い詰める。


 まだ顔が赤いままの由美は困惑したが、やがて大声て捲し立てるように言う。


「私は、最善を尽くしたのよ!」

「え?」

「ああ、もうムカつくわ!学くんに負けるなんて!ずっと一位だったのに!!」


 由美の予想外の返事に学は戸惑いつつ、口を半開きにして彼女をぼーっと眺める。


 そんな学に由美は急に低い声で言う。


「学くん」

「ん?」


 すでに色褪せた瞳には、学の当惑する姿が写っている。


「ただでさえあなたに負けて悔しすぎるのに、私を強引にここに連れ込んで、いきなりキレるなんて……あなたには罰が必要みたいね」

「あ、あの……由美?」

「許さない許さない許さない許さない……私がこうなったのは、全部あなたのせいだから……だから、痛みを感じてもらうわよ」

「ちょ、ちょっと!由美、お前、目がやばいよ!やっぱりリアルの女怖い!」


 恐怖を覚える学は彼女の手を離して後退り始める。

 

 だが、そこへ救いの手を差し伸べる存在が現れた。


「由美!落ち着いて!」

「有紗!?」

 

 有紗の声によって我に返った由美は、有紗と彼女についてきた環奈の顔を交互にみる。


 いつもなら自分が腐女子である有紗を落ち着かせる役割だが、今度は立場が逆になったことで自嘲気味に笑う由美。


 有紗はそんな彼女にもう一言加える。意味深な表情で。


「由美は学くんに完全に負けたでしょ?」

「っ!!!」


 彼女の言葉を聞いて、由美は過去を思い出す。


 これまで由美は有紗と学、啓介と4人で時間と共にしてきた。


 週に2〜3回ほどカフェに集まって勉強会を開いたり、だべったりしながら過ごした。

 

 集まるたびに学は勉強で自分に勝って学校一になると言って息巻いてきた。


 最初は、彼を小馬鹿にして絶対自分には勝てないと公言したが、自分に会うたびに学校一になると、うざいほど言ってくるものだから、彼を呼び出して理由を聞いてみた。


 すると、


『俺、学校一になって、みんなに自慢したいんだ。俺は樹の友達だと。もう昔みたいなガリ勉不細工じゃなくて、学校で最も勉強のできるリア充が樹の友達だと、そう叫びたい。そうすれば、きっと樹を馬鹿扱いする連中も引っ込むと思うから!』

「学くん……」

『俺は樹に救われたんだ。だから、今度は俺が偉くなってあいつを助ける番だよ。あいつの強さに甘えずに俺も強くなるのさ!』

「っ!!」



 自分のためじゃなくて、友達のために頑張る学の姿が忘れられなかった。 


 テスト中なんかは上の会話がずっと頭でこだまして全然集中ができなかったのだ。そんな状態であるにも関わらず2位なのは、彼女の頭の良さを物語っているように思える。


 その事実を知る有紗は、妖艶な表情で今の由美を見つめた。


 事情を知らない環奈だが、由美の顔を見て、一発で気づく。


 あの表情は、


 自分が樹を想う時に浮かべる表情と酷似している。


 学だけが気づくことなく、危機が去ったことで胸を撫で下ろし、安堵のため息をついた。


X X X


 あれから学と環奈たちはそのまま穴場で食事をすることにした。


 レベルの高い3美女たちと昼ごはんを食べる学は一言も喋らずに黙々とご飯を食べていく。


 話が始まったのは、ご飯を食べ終わった頃からだった。


「なんか強力な一発が欲しいな」


 有紗がため息混じりに言った。由美も彼女に同調して、自信のない表情で話す。


「順調に進んではいるのだけれど、言い逃れできない強力な証拠が欲しいわね」


 翔太の罪を告発するための情報は集まりつつある。

 

 真斗の証言があるが、翔太がそんなの知りませんとしらばっくれたら、事態がもっとややこしくなりかねないことを、3人はよく知っている。


 いじめ、ヘイト、不特定多数への個人情報流出、隠蔽。


 今起きている事件のスケールは高校生の手に余るものだった。

 

「ん……翔太の携帯の中身を全部見れたらいいのにね」


 環奈が青空を見上げて虚しそうに言う。


 芝生に座っている全員は心の中で言うのだ。


『それができれば、こんな苦労しない』


 と。


 暗い表情の学は、3人の美少女を見て、ふと昔を思い出す。


『催眠アプリって知ってるか?』

『あ、それ、聞いたことある。確か、相手を意のままに操れるという……』

『おう、やっぱり深夜までネトゲしまくる樹は詳しいね』

『うるせえ』

(2話参照)


 自分が最初に催眠アプリネタを切り出したあの時のことを思い浮かべながら、頤に手を当てつつ呟く学。



「催眠アプリがあればできるかも……」


「「催眠アプリ?」」

 





追記



やっと登場しました!

 










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