第82話 呼び出し
環奈の声を聞いて、俺は安心感を覚えながらもどこかで良心の呵責に苛まれていた。
制服姿の彼女は膨れっ面で腕を組む。
心なしか、数日ぶりなのに、彼女の体は前より成長しているように見える。サラサラした黒髪に、透き通った青い瞳。より環さんサイズに接近している大きな二つの塊に細い腰と美脚。
おそらく日頃のジムでのトレーニングによるところもあるだろう。
普段なら、彼女の体の美しさを誉めたと思うが、今日の俺たちはそういう雰囲気ではない。
激おこぷんぷんまるの環奈が口を開いた。
「なんで私に何も言わなかったの?」
「……すまん」
できれば彼女に被害が及ぶことは極力避けたかったので、俺はことの顛末をまだ環奈に伝えていない。
どうやら、それが原因で俺の彼女はもどかしい気持ちを抱いているらしい。
「私は樹の彼女よ!だから全部言ってちょうだい。樹が知っていること全部」
「……それは」
言いあぐねる俺。
果たして言ってもいいものやらと思い悩んでいると、彼女は不意をついてきた。
「っ!か、環奈?」
突然すぎる彼女のキスに俺は口を半開きにして問うた。すると、環奈は堂々とした態度で言葉を紡いでいく。
「樹にとって私はその程度の女なの?」
「違う!環奈は俺の大切な彼女だ。だから俺は……」
「だから言うべきでしょ?」
「っ!」
揺るがない彼女の瞳には俺の姿が鮮明に映ってる。瞬きすらしない彼女の強い意志を見て、俺は気づいた。
環奈は子供扱いしていい女の子ではないこと。
彼女を守りたいという俺の気持ちより、彼女の気持ちを優先させるべきであると。
そしてそんな彼女を積極的にサポートすることが俺の役目であること。
全く……今まで彼女に連絡をしてなかった俺のやり方は、悔しいが葉山のやつと似ているところがある。
だから、そのやり方は切り捨てよう。
なぜなら……
「樹、理由を教えて」
俺を理解してくれる超絶可愛い彼女が聞いてきたから。
深く息を吸った俺は自宅謹慎を食らった経緯を全て環奈に話した。
真斗が俺に言った言葉。
穴場での会話。
そして、葉山の肩を持ち、事件を隠蔽しようとする担任先生の話まで。
「なるほどね。思っていたより状況悪いじゃん!」
「そうだな」
「他人事のように言うな」
「ははは」
「それよりさ、右の頬ってどうしたの?」
環奈は膨れ上がった俺の頬が気になったのか、指差しながら訊ねてきた。なので俺は自嘲気味に笑って答える。
「さっき真凜がきて思いっきり叩かれた」
「あら!あの子、ここにきてたの!?」
「ああ。まあ、俺に怒りぶつけてすぐ帰ったけどな」
「真凜らしいな」
「だな」
俺がさっきの出来事を思い浮かべて苦笑していると、環奈は突然、形のいい手を膨れ上がった俺の頬に優しく添える。
「環奈?」
「一つ聞いていい?」
「なに?」
俺の頬をさする環奈は目を潤ませて切ない面持ちで俺の顔を凝視しながら口を開く。
「もし、私が細川くんと静川くんみたいに誰かに攻撃されたら、樹は私を守ってくれるの?」
希望と不安とが混じった表情で俺を見つめてくる環奈。
今まで悩んでいた自分が馬鹿みたい。
答えはちゃんと見えるところにあったのに、俺は転生前の過去に閉ざされて視界が狭くなっていたようだ。
俺はやれやれとばかりにため息をついて、環奈の柔らかい頭を撫でながら返答した。
「そんなの当たり前だ。環奈に辛い思いをさせようとする連中は、葉山みたいにボコる。環奈だけじゃない。環奈を産んでくれた環さんも絶対守るから」
「っ!樹……」
環奈は急に体を痙攣させ、俺の方に大きい胸が当たるようにして体を預ける。
「やっぱり、私、樹がないとダメ……」
「環奈……」
「今度は私が樹を守るから……だから……だから……」
「?」
「私に温もりをちょうだい……」
彼女は俺の背中に腕を回し、上目遣いしてきた。
環奈にこんな顔をさせるなんて、俺は彼氏失格だ。
こんな切ない顔ではなく、エロカワな笑顔になれるよう、もっと環奈を愛そう。
独占欲剥き出しの愛ではなく、本当の愛を彼女に向けよう。
ずっと。
だが彼女はエロ漫画のメインヒロインだ。
だから、スパイシーは必要だ。
俺は彼女の肩を抑えて離した。
それから目の前の巨大なマシュマロを鷲掴みにする。
「い、樹……」
「胸、大きくなったな」
「誰かさんが、ずっと揉んでたから」
「そうだな」
「樹……」
「環奈……」
俺は今まで以上に激しく彼女の体を
貪った。
X X X
環奈side
樹の言葉は、環奈の心をピンポイントで刺激した。
この世には言葉が通じない輩が非常に多い。
翔太もその範疇に入る人間だ。
お母さんを狙う獣のような男性、そして自分にエッチな視線を向けてくる男たち。
彼女はいつも不安だった。
これまでは自分の母である環と二人で平和な時間を過ごしてきた。だけど、この平和が悲劇に変わる恐怖をひそかに感じていた。
だけど、
今はそんなネガティブな気持ちはこれっぽちもなく、お腹を優しくさすりながら樹の家を背に歩いている。
「ふふっ」
自分を鳥籠の中に閉じ込めて自由を奪った翔太は樹にボコボコにされた。
暴力はだめだ。
もちろん頭では飽きるほど知っている。
だけど、自分を長年束縛してきた男は完膚なきまでやられた事実に、
環奈は笑っていた。
そして思うのだ。
樹を助けると。
ドヤ顔で握り拳を作る彼女だが、やがて表情が暗くなり始める。
「……どうやって手伝えばいい?」
彼のために自分は何ができるのか。
必死に頭を振り絞って考えるが、妙案は出てこず、難しい顔で住宅街を歩いていると、
突然携帯が鳴った。
環奈は素早く携帯を取り出し、液晶を確認する。
『立崎由美』
「由美!?」
環奈は電話に出た。
「もしもし?」
『環奈、今忙しい?』
「ううん。大丈夫よ。どうしたの?」
『私たち、環奈に話があって……』
「話?」
『ええ、今日でもいいし、明日以降でもいいのだけれど』
「由美!今どこなの?」
『……私たちは今、いつものカフェにいるわ』
「いつもの?」
『あ、環奈には分からないのね』
「……すぐ行くからカフェの住所、アインでで送って」
『わかったわ』
電話を切った環奈は高まる鼓動を抑えて走り出した。
樹と激しい関係を持った直後だというのに、環奈の足取りは軽い。
X X X
カフェ
「おお……」
環奈は目を丸くして、テーブルに座っている面々を見る。
「環奈!来てくれてありがとう!!」
腐女子こと三上有紗が猛烈なスピードで手を振って環奈を歓迎した。
「ごめんなさいね。いきなり呼び出したみたいで」
立崎由美が申し訳なさそうに小声で言った。
このテーブルには4人が座っている。
右側に三上有紗と立崎由美、そして左側に啓介と学。
不登校の啓介だけが私服姿である。
「……」
「……」
二人の男子は環奈を横目で見ては、ふいっと目を逸らした。そんな二人の反応を見て三上有紗と立崎由美はクスッと笑う。
4人用テーブルだが、椅子はもう一つある。由美はそこを指差した。すると、環奈が椅子に腰掛けた。
環奈は4人の顔を見て、安堵のため息をついて胸を撫で下ろした。
その様子を満足げに見つめる由美が話を始める。
「環奈」
「ん?」
「単刀直入に言うわ。学くんと静川さんは近藤さんを助けたいと思っているの」
由美がそう言って、ドヤ顔を浮かべる。すると、残りの3人も彼女に倣い、ドヤ顔を環奈に向けた。
彼ら彼女らの表情を見た環奈は
またドヤ顔を浮かべ
サムズアップした。
言葉こそないが、この場にいる5人の意志は完全に通じ合っている。
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