第81話 絶望と希望

 あの頃の俺に友達はいなかった。


 だから一人で死に物狂いでダイエットと筋トレをして、今のように細マッチョのイケメンになったわけだが、


『背伸びしてんじゃねーよ!お前はキモデブのままがお似合いだ!くそが!』


 やつは危機感を抱いているような表情で俺をより一層いじめていた。


 なので俺は、


 そいつが再起不能になるまでボコボコにし、俺の顔をみるだけで泡を吹くようなトラウマを植え付けてやった。それ以降、居心地が悪くなった俺は高校を辞めた。以降、ジムトレーナーになれるための資格を取得し、多くの女性と関係を持ちながら充実した人生を送っていた。


 前にも言ったが、俺は催眠をかけてヒロインを寝取るような漫画は苦手だ。だけど、この世界の舞台となる『クラスで俺を見下すイケメン男子の幼馴染に催眠をかけて寝取る本』を読んだ時は、俺の心のどこかが刺激されるような感じがして、ずっと俺の頭の中に残っていた。


 おそらく、このエロ漫画に登場する近藤樹というキャラに俺は強い思い入れを抱いていたのだろう。


 俺は嬉しかった。


 転生前の俺はずっと一人でありとあらゆる障害物を乗り越えてきた。側から見れば、羨ましがられるような体と顔の持ち主で、綺麗な女性たちと好き放題やってきたけしからんやつのように映るかもしれない。


 だけど、


 俺は寂しかったのかもしれない。


 だから、学と啓介の存在は俺にとって大きかった。


 イケメンになるために一緒に筋トレをしていた時は、あまりにも嬉しすぎて、毎日笑顔を隠すのに相当苦労した。


 一緒に喜びを分かち合うことの尊さを彼らが俺に教えてくれたから、俺はこの二人を大切にしていくと心の中で決めた。守ると決めたのだ。


 だが、


 目に前のこいつが、全てを壊した。


 どうして、俺の周りにはこんな人間クズばかり集まるんだろう。


 学や啓介、三上と立崎、環さん、環奈のようないい人もいっぱいいる。


 問題なのはこいついだ。


 こいつさえいなければ、全てがうまくいく。


 もちろん人を殺すことはあってはならない。


 だけど、俺の顔を見るだけでもちびるくらいにはお灸を据えてやる必要があると感じ、俺は奴を回復不能になるまで殴り続けた。


 拳には血がついており、やつはもう反応しない。


 息だけしている奴を見て嘲笑いながら、立ち上がると、予想外の人物が俺を見ていた。


「近藤、何をしている」

「っ!岡山先生」


 俺のクラスを受け持っている担任先生の登場である。


X X X


 数日後


 俺は三週間の謹慎処分を受けた。


 葉山はどんな処罰も受けていない。


 俺は今、家にこもって先生とのやりとりを思い出している。


『俺が殴ったのは事実だけど、俺と学と啓介を貶すような内容をSNSで書いたのは葉山ですよ!なのに、なんであいつはなんの処分も受けないんですか!』


 彼を殴ったことに対して罰を受けるのはもっともだ。恐らく少年院行きもありだろう。だけど、先生は明らかにこの事件の全体像が知られないように隠蔽をしようとしていた。


『それは、お前の一方的な主張にすぎない』

『だったら、証人を連れて来ればいいでしょ!?』

『おい、近藤、お前は冷静じゃない。無理やり生徒を脅迫する可能性があるから、クラスには絶対行くな』

『何!?お前、ひょっとしてこの事件を隠蔽しようとしてないか?』

『うるさい』

『お前も葉山と同じ穴のむじなだよ。俺がデブだった頃、葉山のやつが俺をいじめてる場面を何度も見てんだろ?あの書き込みの存在も知ってるんだよな。この前、隠蔽は悪いこととか言ってなかったか、このくそ先生が』


 俺の訴えは、やつの逆鱗に触れたらしく、先生は怒り狂った表情で叫ぶ。


『高校生の分際で!知ったかぶるんじゃない!1週間の謹慎処分にしようと思ったが、お前にはもっとお仕置きが必要みたいなだな。お前がそんな態度を取れば、悪い評価が下ることを思い知れ!もし、変な気起こしたら、退学させてやる!』


 そう言われて、やつはすぐに校長先生のところに行ってちった。結果自宅謹慎三週間を食らったわけである。


 親はこのことを知り、海外旅行から急遽、こっちに戻っているそうだ。


「……」


 親には本当に悪いことをしたと思う。


 学と啓介からは連絡なし。


 環奈からはメッセージがいくつかきたが、図々しく返すのは気が咎められるので、ベッドで横になったまま、天井を見上げている。


「そういえば、転生した時も、こんな感じだったな」


 そう呟いて、俺は昔を思い出した。


 なので、俺はベッドから降り、押し入れのところに行き、扉を開けた。すると、夥しい量のアニメグッツ、漫画、ライトノベル、ゲームソフト、アイドルのポスターが姿を現す。微かにほこりが積もったそれらを見て俺は思うのだ。


 昔のこいつがアニメやゲーム、アイドルに現実逃避したように、俺も筋トレやエッチに現実逃避していたのかもしれない。


 だから、本質的には昔の近藤樹と今の俺は同質の存在ではなかろうか。それゆえに昔の近藤樹が残した絆を壊すことなく大事に育んでいきたいという気持ちが芽生えてきたのではなかろうか。


 俺が自嘲気味に笑うと、突然玄関のチャイムが鳴った。


 学校側か。それとも葉山の家族か。


 俺は震える心をなんとか落ち着かせて、玄関の方へ行って、ドアを開けた。


 すると、そこには真凜がいた。


「真凜……」


 彼女は自分の唇を噛み締めて、俺を睨め付けている。それから、手をあげえ、




 俺の頬を強く叩いた。


「っ!」

「最低!兄貴に暴力を振るうなんて!」


 いや、お前も俺に暴力ふるったんだろと返してやろうと思ったが、やめた。


「そうやって、自分の思い通りに行かなかったら、人を殴るような人間だったね!樹っちは!!」

「いや、俺は……」

「本当見損なった!私は、人を殴る人が一番嫌い!!この悪魔!!兄貴はだらしないけど、私の兄貴よ!」


 真凜はそう叫んで、走り出す。


 彼女がいなくなったことを確認して、俺は自分の頬をさすった。


 結構強くビンタされたため、俺の右のほっぺたは既に赤くなっている。


 もちろん、彼女の言い分はごもっともだ。


 だけど、真凜は、なぜ俺が彼を殴ったのか、その経緯を全く理解していない様子だった。


 それもそのはず。


 担任先生によって徹底的に情報を隠蔽されて、俺は今なすすべもない。おそらく環奈もこの事件の全容を把握していないだろう。書き込みも全部消えているし。


 もし、俺がチャンネル登録者数10万超えのユーチューバだったら、おそらく違う結果になったと思う。


 俺には多くの人々に情報を発信する術を持っていない。


 もし、俺がSNSで変な書き込みをしたら、本当に俺は退学させられる恐れがある。


「はあ……」


 玄関で深々とため息をついていると、聞き慣れた声が聞こえた。


「樹?ここで何してるの?」

「環奈?」




 

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