第78話 咆哮

樹side


 環奈は俺の頭から真凜という存在を本気で消す勢いで俺を求めてきた。もともとエロ漫画のメインヒロインとしての色気もあるが、そこへさらに強い気持ちまでもが加わると、興奮せざるを得ない。


 俺は彼女の気持ちを100%受け止めるべく、彼女の快楽と幸せを第一に考え、死に物狂いで身体を動かせた。


 家中が俺たちの匂いで充満すると、俺は環奈を抱いて2階にある彼女の部屋へと移動した。


 そして、ベランダの方へ環奈の身体を押し付ける。


「っ!樹……これだと、見えちゃうから」

「夜だから、あまり見えないって。それに、環奈は見られて困る?」

「……バカ」


 ずっと周りに環奈への気持ちを隠していた。


 だから今日くらいはそれをオープンにして見せびらかしてもいい気がしてきた。


 できれば、翔太にこの光景を見せてほしいな。


 と、俺は笑いながら、環奈の身体を激しく貪っていく。


X X X


翔太side


 妹からの電話を受けて、彼は鈍器で頭を殴られた気分がした。


 樹と環奈が二人きりで一体何をしたのだろう。

 

 そのことがずっと尾を引いてなかなか離れなかった。


「クッソ……メッセージ送っても全然見ないし……電話だって全く繋がんない」

 

 環奈に連絡をしてみたが、何も返ってこない。


 家事や宿題やシャワーなどで返せてないだけかもしれない。だが、なぜか無視されるような気がしてならなかった。


 時間が経てば、自然と昔と同じく自分のところに戻ってくるとばかり思っていたが、携帯は鳴らない。


 真凜の口ぶりだと、二人の間にはきっと自分が知らない秘密がある。


 だけど、


「クソデブ風情が、女ともロクに話したこともない童貞やろうが!ふざけんじゃね!」


 あのクソキモデブと環奈に限ってそんなことはないと、翔太は、微かに口の端をあげ、樹を見下すような表情を浮かべている。


「ははは……俺にいじめられたくせに……調子に乗るんじゃね〜ぞ」


 部屋で一人、あらぬ方向に向かって言葉を発する翔太。


 彼は、携帯を自分のポケットに入れ、いそいそと家を出た。


「なんで出ないんだよ!!」


 と、携帯に八つ当たりしながら翔太は環奈の家目掛けて進む。


 昔は家が隣同士だったが、環奈が引っ越したため、バスに乗って移動しないといけない。


 バスの乗っている間も、翔太は環奈に連絡をしたり、樹を貶す言葉を吐いたりと、実にDQNらしい姿を見せていた。


 今までずっと環奈と自分は一緒だった。自分が環奈に寄ってくる虫ケラどもを全部追っ払って、環奈を守ってあげた。

 

 幼馴染だから、それは当然の行動であった。


 そして、環奈は日増しに身体が成長し、発育が良く、誰もが付き合いたいと思えるような美少女になった。


 だから、これまで自分は彼女を守ってきて、そばにいたわけだから、自分こそが環奈にもっとも相応しい男だと思って、なんとか、彼女の身体を貪ろうと画策してきた。


 だが、環奈はそのたびに、自分を避けてきた。今まで築いてきた関係性が瓦解することを恐れた翔太は、現状維持を選んだ。


 それに、翔太の両親はファッション系の会社に勤めており、環には顔が上がらない。もし、環奈にをしたら、自分の両親は職を失いかねない。


 だけど、自分が環奈のために費やしてきた時間と努力があるから、他のやつと環奈が結ばれるのは常識的に考えてありえない。


 自分にだって環奈が興味を示さないのに、ましてや他の男なんかと。


「近藤のやつより、俺の方が比較できないほどいけてるぜ……」


 バスの窓に映っている自分の顔を見てほくそ笑む翔太。


「あいつは、クソデブで、いじめられっ子で、つるんでるやつも全部くっそ陰キャだから、俺の方が上だ」


 そう呟く翔太だが、ふと、自分の妹が以前、発した言葉が頭に浮かんだ。


『へえ、もしかして、樹っちに劣等感抱いてるとか?』

『そ、そんなわけねえだろ!!あんなキモデブなんかになんで俺が!!』

『まあ、確かに昔の樹っちは典型的な高度肥満のアニオタだったけど、今は全然違うじゃん。兄貴より背も高いし、イケメンだし、優しいし、あと……なんだから』

『……この!言わせておけば!』


 コメカミあたりに血管が浮き立つが、彼は邪念を取り払うべく頭を振る。それからまた呟くのだ。


「あいつか、俺より下……あはは……」


 環奈の住んでいる家の近くにある駅でバスが止まると、翔太は早足て降りて、足早に歩く。


「待ってろよ……環奈!俺が行くから!また、昔みたいに……」


 と、小声で呟いて、テクテクと進む翔太。


 きっと自分が環奈の家に行くと、喜んでくれるだろう。


 環奈の母は仕事で忙しいから、きっと家で一人で寂しがっているに違いない。


 そこへ幼馴染の登場である。

 

 環奈はきっと家にあげて、胸のうちを明かしてくれるだろう。

 

 そして、緊張がほぐれて、無意識のうちにスキンシップをして、あわよくば、あの身体を……

 

 そう思う翔太は笑って、足に力をもっと入れる。


 やがて、神崎家が姿を現した。


 照明はついている。


 高まる鼓動は静まる気配がなく、妄想を膨らませて、玄関へと進む。


 すると、


「樹……激しい……っ!」

「環奈はこの方が好きだろ?」

「……そんな意地悪言う樹にはこうだ」

「っ!!」


 2階のベランダから、いかがわしい音が聞こえてくる。


 なので、2階に視線を見遣れば







 全てが繋がっている二人の姿が見える。




「な、な……あああ……」


 下は壁で見えないが、二人は大人のキスをしながら激しくお互いを求め合っていた。


 自分が見ていることすら気づかずに、二人は二人だけの世界に入り浸っている。


「樹……もう真凜のことは忘れてっ!あの子よりっ!私の方がもっと気持ち良くしてあげられるの!」

「ああ。俺の居場所は、ここだ」


 あの口ぶりだと、真凜もあいつとヤったということか。

 

 開いた口が塞がない翔太に、二人は追い討ちをかける。


「環奈も葉山のやつは忘れろ」

「当たり前よ。は、害悪でしかないわ。と幼馴染である私を呪いたい気分っ!よ」

「俺が全部忘れさせてあげるから」

「うん。私を全部樹の色っ!に塗りつぶして!」


 翔太はただただ口をポカンと開けたまま、立ち尽くす。


「ああ……あああああ……」

 

 しばし経つと、意味をなさない言葉を吐いてから、翔太は後ずさる。


 一歩二歩と、激しい二人から遠ざけるように、翔太は神崎家を後にした。


 環奈の家が見えなくなる頃、翔太は身体を小刻みに震えさせ、口を動かした。


「おれ……俺……おお、俺……」


 だが、衝撃的な光景を目にしたせいで、呂律が回らないようだ。しかし、翔太は顔を上げて絞り出すように、言う。





「お……俺が……」


 息を深く吸って大声で言葉を発する翔太。





!!!!!!!!!!!」




 それから、頭を抱えて咆哮するように叫ぶ彼。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 翔太は逃げるようにして自分の家へと帰る。






追記


絶望感を与えるため、ちょっと生々しい表現を入れてみた!


翔太に顔、イラストで見てみたいですな。






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