第76話 最後の思い出
金曜日
時間はあっという間に過ぎ、真凜とのデートがある金曜日となった。環さんは出張ということで今日は帰ってこない。
環奈はというと三上と立崎と遊ぶ予定があるらしく、タイミング的にいい。
俺の彼女はとても感がいいので、下手な言い訳を垂れ流そうものなら瞬時に気づかれてしまうこと請け合い。
なので、三上と立崎の存在に感謝しながら放課後を迎えた。
啓介と学とも別れの挨拶をして、俺は真凜の通う学校へと向かった。
電車の中で、俺は車窓に写っている自分を見ながら戒めておく。
真凜のペースに巻き込まれないように気を引き締めておこう。繰り返しいうが、真凜は葉山の妹である。
それに、
『真凜は危険。気をつけて』
以前啓介が俺に電話をかけて話した言葉が妙に引っかかる。
俺の中が大人だからといって、甘く見たらダメな気がしてならなかった。
かと言って警戒しすぎは返って真凜が不審がる要素になりかねない。
いろんな考えが交錯する中、俺は真凜の学校がある駅に降り立って待ち合わせ場所へと向かった。
X X X
商店街の入り口付近で俺を待っていた真凜が手を振ってきた。
「樹っち!こっちこっち!」
「ああ、悪い。待たせたな」
「ううん!私もさっききたばかだから!」
真凜を探すのにそんなに時間は掛からなかった。それもそのはず。彼女は相当な美人だ。ゆえに、ただ人混みの中にいても非常に目立つ。
道ゆく男たちがチラチラと視線を送るのは仕方ないことである。
長い金髪に小さな顔。そして環奈には及ばないが高校生らしからぬサイズの胸とすらっと伸びた薄い小麦色の足。
彼女の性格を知らない男子なら、そのほとんどが真凜の美貌を見て一目惚れすることだろう。
ナンパしてみようかと悩んでいる男性たちをかき分けて俺は真凜のそばにやってきた。
すると、真凜は急に、俺の腕に抱きついてきた。
「っ!真凜!?」
「やっぱり樹っちの腕っていつ触っても最高よね!あはは!」
「い、いや。こういうのは困る」
俺の腕に自分の胸を擦り付ける真凜の行動に戸惑っていると、真凜が笑顔を浮かべて俺を落ち着かせるために口を開いた。
「最後だから、これくらいいいじゃん!」
「……最後か」
「そう……最後であり新しい始まり」
実に胸に響く言葉である。
できれば真凜も、俺みたいなやつは忘れて、もっと自分を愛してくれそうな男を探して欲しいものだ。
真凜の幸せは願えるが、葉山のやつは死ね。
そう心の中で呟いていると、真凜は俺の腕を引っ張って商店街へと進む。
最後のデートと言っても、特別なイベントはなく、絵に描いたようなデートだった。
デザート屋で談笑を交わしながら美味しいものを食べたり、カラオケで心ゆくまで歌ったりと、深い会話はなく、真凜は楽しそうに俺を引き摺り回してデートを楽しんだ。
非常に彼女らしい態度だったが、
同時に違和感だらけの光景だった。
最後だというのに、本当にこれだけでいいのだろうか。
気がつけばもう夜である。
夜の繁華街を歩く俺たち。
環奈は、三上と立崎と撮った写真を送ってきてくれた。もちろん透かさず返事をして疑われるリスクは回避できている。
もう時間的に別れを告げる頃合いだろう。
なので、俺の腕に自分の腕をわざとらしく擦りながら歩調を合わせて歩いている真凜に俺は話しかけた。
「真凜」
「ん?」
「楽しかったか?」
「そうね。楽しかった。樹っちは?」
後ろに手を組んで強調された二つのマシュマロを見せつけながら問う真凜。
「俺も楽しかった」
無難な返事をして、真凜のエメラルド色の瞳を見てみた。
すると、彼女はもうすぐこのデートが終わるのだと直感したか、それとも何か悲しいことでも思い出したか、物憂げな表情を浮かべて話す。
「でもさ……私はやっぱりちょっと物足りない感じかな?」
「何かしたいことでもあるのか?」
「……」
俺の問いに真凜は切ない表情で俺の服の裾を慎ましく摘んで上目遣いした。
「っ!」
LED照明に照らされた真凜は実に美しくも儚い。
どうしてこんな表情が作れるんだろう。
どんな優秀な女優を持ってしてもこの表情の持つリアリティは決して表現できないと思う。
それほど、真凜は必死だった。
なので、俺の腕を引っ張る真凜を拒むことなく、数分間ひたすら歩いた。
そして、真凜は
ラブホテルの前で、足を止める。
「真凜、流石にここは……」
抵抗する俺の口を遮るように真凜はまた上目遣いで言う。
「一回だけでもいいから、私を愛して欲しい……それで十分……だから」
追記
次回からテンポよくストーリーが進みます。
そろそろ布石を回収する時が来たみたいです。
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