第73話 環の一面、そして不穏な動き

パーティー会場


「その節は大変申し訳ございませんでした!」

「来てくださって本当に嬉しい限りでございます!」

「ココココこれからもどうか弊社といい関係を……」

「へへへ……弊社は霧島様のファッションにおけるデザインセンスがないと成り立ちません。霧島様のためのプレゼントも用意してありますのでパーティーを心ゆくまでご堪能くださいませ」


 会場に着くなり、スーツ姿のお偉いさんたちが俺たちの方へ駆けつけて深く頭を下げてきた。


「「……」」


 俺と環奈は突然の出来事に目を大きく開けて環さんを横目で見てみる。すると、彼女は包容力が感じられる面持ちでゆっくりと答えた。


「いいの!いいの!もう済んだことだし!」


「「おお……」」


 偉い人たちは予期せぬ言葉を聞いた時のように口をぽかんと開けて、環さんを見つめていた。


 目尻がちょっと濡れていて瞳を潤ませている。中年男性たちが一様に同じ表情を浮かべる光景は中々シュールだな。


 普段、環さんが俺以外の人にどう接するのかは分からんが、今彼女の態度をみると、優しいところもちょっとはあるようだ。


 和んできた雰囲気を壊すまいと、俺もお偉い人たちに微笑むと彼らは礼儀正しく俺と環奈にも丁重に頭を下げた。それからスーツ姿のハゲたおっさんが環さんに口を開く。


「ところで、お隣にいらっしゃるのは、娘さんですよね?」

「そうですよ」

「おお、霧島様に似ててすごくベッピンさんだ。だとすると、隣のハンサムな方は……」

「娘の彼氏です」

「なるほどなるほど」


 ハゲたおっさんは納得顔でうんうん言っている。だが、環さんはどこか合点が行かないらしく、顔を顰めて考え考えする。それから、彼女は急に俺の腕引っ張って自分の爆乳に埋めて、試すような視線を彼らに送りながら、口を開いた。


「私、娘の彼氏とも仲いいから……ふふ」


 いや、別に見せびらかさなくてもいいだろ……


 ここにいる人は、最初から環さんにすごくビビっていた。環さんと環奈が魅力的すぎて、視線が特定のところに行くのは非常にウザいが、かといってこの人たちに下心があるようには見えなかった。


 まあ、備えあれば憂いなしという言葉があるように、この二人に邪魔虫が絡まないようにしっかり監視した方が良かろう。


 なので、俺は環さんのスキンシップをそのまま受け入れた。環奈はちょっと恥ずかしそうに俺たちから目を逸らしていた。


 お偉い人たちはというと、俺の顔を見て、緊張した表情を見せた。そして、またハゲたおっさんが優しい口調で返答する。


「わ、わかりました。ではごゆっくり」


 そういって、お偉い人たちは軽く頭を下げ、一行は別のところへと歩き出す。


 彼らが立ち去ったことを確認した俺は、目を丸くして訊ねる。


「環さん、すごいっすね……」

「何が?」

「あの人たち中年男性だし、ぱっと見会社で偉いポストに就いていそうな見た目だったのに、ちっとも怯むことなく、むしろ環さんが雰囲気で圧倒してましたよ」

「そう?他の会社の人たちとも大体こんな感じよ」

「おお……」


 俺は、彼女の知らない一面を発見して、環さんを尊敬する気持ちが芽生えてきた。


 そこへずっと無口だった環奈が聞いてくる。


「もし、上から目線の人たちが相手なら、お母さんはどうする?」


 娘の問いに母は満面に笑みを湛えて優しく答えた。


「そんな生意気な会社があった場合は、迷いなく切るの。あとで頭下げてきたら、気分次第かしら?」


「「……」」


 環さんの仕事のやり方、いや、人間関係における処世術が明らかに人間離れしていて、ため息も出なかった。


 彼女はファッション業界でデザイン関連の仕事をしているフリーランサーだ。


 俺はそんなに頭がいい方でもないから、彼女が具体的にどんなことをやってるのかは分からんが、こんな無茶なやり方で仕事をやっているのに、向こうから偉い人たちが頭を下げてくるあたり、環さんの才能と能力は間違いなく一流以上だ。


 最初は女手一つで環奈を養っているから、それだけで環さんをすごい人だと評価したが、さっきの場面をみると、やっぱり彼女はすごい人間だ。


 並みの高校生なんかが気軽に話をかけていい相手でもなければ、どんなイケてる勝ち組男たちも手が出せない女だ。


 そんな彼女を、俺は……


 環さんの身体は今や完全に俺のもので、彼女が産んだ娘である環奈は俺の彼女。


 征服感というか、達成感というか、名状し難い感情がアドレナリンと化して俺を興奮させる気がしてならない。


 だけど、今は二人を守らなければならない。


 環さんから、仕事とジムだけだとつまらないから、取引先の会社がパーティーをやるからそこに参加してみないかと誘われた。もちろん断る理由もないし、何より俺たちは、繰り返される日常に少しマンネリしていたから、結局行くこととなった。


 この二人が楽しめるように、この母娘に安心感を与えようではないか。


 と、考えた俺は意を決して、両腕を広げ、環奈と環さんの象牙色の形の良い肩と鎖骨を掴んだ。


「「っ!!!」」 


 突然の俺の行動に上半身をひくつかせる二人に俺は優しく話した。


「行きましょう。俺、お腹空きましたよ」


 ドレス姿の二人の母娘は


 俺の手を払うことなく色っぽく笑ってくれた。それから歩き出す。


 なので、俺は手をそっと離して、環奈と環さんの背中にそれを当てながら歩調を合わせた。

 

 左に環さん、中央に俺、右に環奈。


 俺は自信満々な表情を浮かべ堂々と足を動かす。


X X X


真凜side


 樹たちがパーティーを楽しもうとしている時、真凜はコンビニで買い物をしている。

 

 食べ物やデザートといったものを買うことはせず、真凜は、ゴムがずらりと並んでいるところで、検分するようにその数々の商品を眺めていた。


 やがて、お気に入りのやつを発見したらしく、最も高い商品を手に取って満足げに頷く真凜。


 それから彼女は流れるように、ある商品も手に取った。


『妊娠検査キット』

 

「お買い上げありがとうございました。またお越しくださいませ」


 と、適当に言うコンビニ店員。


 去っていく制服姿の真凜の後ろ姿をみて、コンビニ店員君は握り拳を作り怨嗟のこもった声音で文句を言い始める。


「ちくしょ……彼氏とやんのかよ。普通の女か男が買うなら全然羨ましくないんだけど、あの子めっちゃ綺麗で可愛いかったから……ああ、羨ましい!彼氏死ね!ちっ!」


 コンビニ店員なんかアウト・オブ・眼中な真凜は外を出て、レジ袋に入っているものを眺めては







 ほくそ笑んだ







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