第60話 遭遇

 突然やってきた花音ちゃんに俺は当惑の色を見せた。それもそのはず。行為が終わった直後で俺の部屋にはまだ裸状態の環奈がいる。


 花音はまだ中学生だ。来年には高校に入るが、まだ発達していない花音の身体と、キラキラと光り輝く青い瞳を見れば、余計に俺と環奈の関係がバレてはならないという気持ちが湧いてきた。


 最近の中学生もそういう男女の関係についてある程度知識は持っているはずだが、花音の可愛すぎる顔は「そんなこと知りません!」と言っているようだった。


 なので、俺は殊更に大きく咳払いをして口を開いた。


「花音ちゃん……こんばんは」

「師匠……会いたかったです!」


 花音は感極まって急に俺に走り出した。


 いかん!匂いがうつる!


 俺は、玄関から突進してくる花音の頭を手で抑え、慌ただしい口調で言う。


「ちょ、ちょっとまった!花音ちゃん」

「ん?」


 俺に抱きつくことができないことが寂しいのか、花音は悲しい顔をして俺を上目遣いしてきた。


 やめろ……そういう目を俺に向けないで……


「なんでしょうか?」


 そう切ない面持ちで訊ねる花音に俺は気が咎められる気分を味わいつつ口を開く。


「俺、筋トレしてて、結構汗かいてるんだ」


 俺の言葉を聞いた花音は、安堵のため息をついてにっこりと笑う。


「なんだ……そう言うことでしたか。そんなの、私は気にしておりませんので」


 と、重みのある言葉を俺に言ってから花音は袋をそっと置いて、磁石のように俺の体にくっついた。


「か、花音ちゃん!?」

「これが……師匠の努力による匂い……」

 

 努力の方向、間違ってると思うけど……


「えっと、花音ちゃんはなんでここにきた?俺はしょっちゅう家にいるわけじゃないから、来る前は連絡くらいしてくれよ」


 と、花音の青くて柔らかい頭を優しく撫でながら言ってみた。


 すると、花音は物憂げな表情で言う。


「お兄様から話を聞いて、ご飯を作るためにやってきました。もちろん、メッセージも送ったのですが、師匠、反応がなくて心配でダッシュで来ちゃいました……」

「送ったんだ……」


 彼女に言われた俺はいそいそと携帯を取り出し、確認してみる。


「あ……確かに届いてる」


 放課後の時間帯に花音は俺にメッセージを送った。ジムの時を除けば基本5分以内に返すけど、今日は環奈との約束があるから、気分が高揚しすぎて、他の人のメッセージを確認することをつい忘れてしまった。


 俺らしからぬ行為。


 この小さな美少女は、俺のことが心配になり、美味しいご飯を直接作るためにわざわざやってきてくれた。声優としての仕事もすごく忙しいはずなのに、自分の貴重な時間を割いて、俺に会いにきたわけだから、このまま返すのは人としてどうかと思う。


 だけど、中には環奈がいるわけだし……


 必死に頭を振り絞ってもそれらしき案は出てこず、虫の鳴き声だけがやきに大きく聞こえた。


 それと同時に、後ろから声が響く。


「樹、大丈夫?」


 と、運動器具が届いたと考えて降りてきた環奈が俺に声をかけた。


 花音は謎すぎる女の子の声に敏感に反応し、俺の後ろに視線を送ってはギョッとする。


「っ!!」


 制服に着替えた環奈は目の前の啓介の妹の姿を見て、目を丸くして驚く。


「すごいかわいい……」


X X X


 仕方がなかったので、花音も家にあげることにした。二階にある俺の部屋には極力近づかせまいと心の中で誓ってから二人をリビングのソファに案内した。


「えっと……こちらは啓介の妹だよ」

「静川くんの妹!?」

「静川花音と申します。あの……師匠、こちらのとてもお美しい方はどなた様ですか?」

「とても美しい……」


 幼く見える女の子から外見を褒められ急に照れ出す環奈を尻目に俺は返事をする。


「あ、この子は神崎環奈。一応俺のクラスメイト」

「ほお……」


 花音は興味深げにその青い目で環奈を捉えてはぼーっとしている。そんな可愛い反応をする花音に対して環奈は口を開いた。


「初めまして、神崎環奈です」


 環奈はにっこりと笑って、花音の訪問を歓迎する様子であった。全然笑えない状況ではあるが、環奈の余裕は一体どこからくるのかが知りたいレベルだ。


 花音は環奈をずっと見つめてから、急に立ち上がり、俺の膝の上に座る。


「か、花音ちゃん!?」

「……」


 無言を貫き、花音は自分の顔を俺の胸の方に擦りつけてきた。


 まあ、花音は俺とのスキンシップを好むが、環奈の前で急に俺の膝に座るのは理解ができなかった。


 止めようとしたけど、小動物のように小さく可憐な彼女を押し退けることはとてもじゃないが、できない。


 俺たちの姿を見て、環奈は最初こそ、驚いたものの、次第に微笑みを浮かべ、話した。


「二人はとても仲良しだね」

「あ、ああ……啓介の妹だからな」

「私と師匠は一心同体です」

「師匠?」


 聞き返す環奈に俺はざっくりと説明を添えてやった。


「色々あって、花音ちゃんから師匠と呼ばれるようになった感じかな?」


 と、落ち着きのない様子の俺を見た環奈はしばし考える。


 花音は俺の心を知ってから知らずか、依然として自分の頭を俺に擦り付けている。


 猫かよ。


 考えが纏まった環奈は、ふむと納得顔でうんうん言いながら、優しく言葉をかけた。


「きっと、樹に助けられたから師匠と呼んでいるのね。ふふっ」

「……は、はい。そんな感じです」

「いい子ね。ビニール袋の中に入っている食材はお母さんに頼まれたからかな?」

「いいえ……師匠に美味しいものを作ってあげるために……」

「っ!!」


 恥ずかしがりながら返事をする花音。環奈は少し驚いているように見えた。そして、目をまた丸くし、口を半開きにしてから話し始める。


「なんてできた子なの!?静川くんは本当に素敵な妹を持っているのね!私、一人っ子だから羨ましいわ!」

「っ!!」


 と、満面に笑みを浮かべ、花音の頭に手を近づける。花音は一瞬震えたが、環奈の表情を見ては、なんの抵抗もせずに環奈の手を受け入れた。


「はあ……柔らかい……可愛い……いい匂い……」


 そんな感想を口にしながら、花音の頭を優しく撫でる環奈。


 俺たち3人の距離は非常に近い。ゆえに、さっき飽きるほど嗅いだ環奈のフェロモンが俺の鼻を刺激した。

 

 環奈……もうちょっと離れてくれないか。


 花音ちゃん、近くにいるからよ……


 俺が視線で訴えても、環奈はとっても幸せそうな表情で花音の頭を撫でている。


 花音は頭を下げて、環奈の手を振り解くことをせず、大人しく撫でられていた。




 これ、どうすればいい?






追記




ばあちゃんの葬儀やら、海外旅行やらで小説を書く時間がなかなか取れません。


なので、3000字を目指して書いてきたのですが、ちょっと量を減らしてしばらくの間は2000字程度にしていきたいと思います。


毎日更新はそのままです。


すみません。

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