第58話 樹は謝る

樹side


 啓介から謎すぎる電話を受けてから数日が経ち、俺たち3人はいつもの穴場で昼食を食べながらだべっている。


「親が海外旅行?」

「ああ」

「いきなりすぎるだろ」

「そりゃ急に決まった話だからな。てなわけで今日から約二ヶ月間は一人暮らしみたいなもんだぜ」

「今日から!?マジか」


 学が意外そうに感想を言う。


 啓介はというと、いつもの調子で黙々と花音が作ってくれた弁当を食しているところだ。普段と変わらずだから、おそらくひどいことをされたわけではなさそうだ。


「にしても一人暮らしか……羨ましいな。あんな広い一戸建てで一人だけなんて、色んなことができそうだな」

「へえ、その色んなことってのは具体的にどんなこと?」


 羨望の眼差しを向けてくる学に俺は質問を投げかける。すると、思案顔で考えたのち、口を開き答えた。


「俺とネネカちゃんの新居にす……」

「黙れ。もうお前いい加減二次元卒業しろっての!」

「いや〜どの面さげてそんなこと言ってるんだい?俺に新しい世界を手取り足取り教えてくれた樹師匠?」

「お前まで師匠呼ばわりかよ……」

「え?どう言うこと?他にも弟子がいるような口ぶりだけど?」


 と、学が俺にジト目を向けると、急に啓介が口を挟んだ。


「樹師匠……いい響き……僕も弟子やる」

「お前まで!?」

 

 俺が顔を若干引き攣らせて反応に困っていたが、やがて、俺は気になることを口にする。


「てか、お前らは女の友達とか作らんの?」

「え?」

「は?」


 二人は俺のことを小馬鹿にするような視線を送り、「マジ何言ってんの?」みたいな表情を浮かべていた。

 

 こっちだって負けられん。


「お前ら、大分マシになったから、そろそろ作ってもいいと思うぜ」


 と、俺が自信に満ちた表情で言って胸をムンとそらすと、学が戦慄の表情で口を開いた。


「いやいやいやいやいやいやいや……俺、マリリンの件でリアルの女がますます嫌になっているから無理。無理ゲーすぎる。なあ?啓介?」


 啓介に向けて同意を認める学。


 だけど、啓介は、何も言わない。なので、気になった学は小首を傾げた。


「啓介?」


 返事を求める学に対して、啓介は若干目を逸らし、小声で言う。


「学は欺瞞者」


「ふえ?」

「ほお?」


 また意味不明すぎる啓介の言葉に俺と学は互いを見つめあってキョトンとした。


「な、なんで俺が欺瞞者なんだ?俺は死ぬまで童貞貫くつもりだよ?ニュートンも生涯童貞だと言われてんだろ?俺は子孫を残すんじゃなくて大発見をして人類に貢献すんの!」


 興奮気味に息まきながら捲し立てる学に、啓介は腕を組んで目を瞑る。


 俺と学が興味深げに啓介を数秒間見つめると、やがて啓介は目を開けて学に向かって返答をした。


「学くんが全科目学校一になればわかるようになる……」


 毎度毎度思うが、啓介の言葉は理解できない。だけど、無視することもできない。


 俺たちはこの話以外も、休日になればまた夏休みみたいに筋トレをするという約束を交わした。


 つまり、


 二人は、俺の家に来ない。


X X X

 

放課後の樹のクラス


「あははは!3人ともどんなけマッチョになるつもり?まあ、私、筋肉ムキムキの3人が爛れたかんけ……」

「本当!、近藤さんの筋肉好きにも困ったものね」

「いや!本当筋トレはするべきだって!三上と立崎もやったら絶対はまる!」


 俺が学と啓介と再び筋トレを始めると3人の女の子(三上、立崎、環奈)に言うと、うち三上と立崎が破顔一笑してジョークを飛ばしてきた。


 その様子を見守る環奈の表情は実に明るい。だが、時々自分のスカートをぎゅっと握り込んで、頬を桜色に染めては、恥ずかしそうに目を逸らすからちょっと不思議だ。


 俺たちの会話を意識している人は意外と多い。


 というのもこのクラスにおける男女混合グループは二つしか存在しない。俺グループと葉山グループ。


 彼ら(葉山、真斗、ゴリラ)彼女ら(ギャル3人)はしょうもない話をしつつも、耳を立てて俺たちの会話を意識しているように見える。


 環奈の様子が気になる。


 彼女は平静を装っているが、漂い始めるフェロモンの匂いまで隠すことはできない。


 俺が三上と立崎と話せば話すほどその匂いの威力は増し、気がつけば、環奈はぼーっと俺を見つめていた

 

 その様子を怪しいと踏んだのか、向かい側から葉山が急にやってきた。


「環奈!」


 急にやってきたことで三上と立崎は彼を睥睨し、距離を取った。だけど、環奈は相変わらず俺を見つめていた。

 

 葉山は焦るような面持ちで再び彼女の名前を呼ぶ。


「おい、環奈!」

「ふえ?」

「お、俺と一緒に帰ろう。俺、今日は暇だから。美味しいもの奢ってやる」


 葉山は卑屈な笑いを浮かべるが、俺をチラッと見るたびに敵意を剥き出しにする。


 そんな彼を見た環奈は青ざめた顔になり、冷たく言い放つ。


「私、今日は忙しいから無理」

「何をする?」

「色々よ」

「だから何を……」

「翔太、しつこい」

「……」

「樹に謝ってから話しかけてくれる?」


 環奈に言われた啓介は、釣られるように俺の顔を見て激昂した。


「なんで俺がこのクソ野郎に謝るんだ!?」


 

 と、ものすごい力で、俺の机をバンと叩いていら大声で叫んだ葉山は一瞬にして注目の的と化す。


 環奈と三上と立崎は驚いたあまりに躓きそうになった。


 幸い、怪我人は出なかったが、危ないところだった。


 これは、注意した方が良かろう。


「おい、環奈たちが危ないだろ!」


 もちろん、彼は聞く耳なんか持っていない。


「俺と環奈に口出しすんな!!」


 俺は環奈と言ったはずだが、どうやらこいつの頭には環奈というキーワードしかないようだ。俺が呆れていると、翔太はまた続ける。


「お前、環奈にちょっかい出し過ぎだ。見ててすごいイライラするんだよな?調子乗ったら俺がマジでぶっ殺すから!」


 と、俺を威嚇する葉山。環奈は彼を止めようと口を開こうとするが、俺が首を左右に振って阻止した。


 それから落ち着いた声音で俺は言葉を紡ぐ。


「悪い。そうだな。席が隣だからついくっついた感はある。これからは気をつける」


 俺は彼に丁重に頭を下げた。


 すると、環奈含むまだ帰っていない男女は口をポカンと開ける。


 俺に謝られたことで優越感みたいな感情を覚えたのか、葉山は俺を見下すような笑い声を出して言う。


「あははは!やっぱりお前は、昔みたいに『すみません〜』とか『ゆるしてください〜』とか『もう殴らないでください〜』みたいなこと言っていた頃の方がよっぽど人生輝いてたよ。だからこれからは気をつけろ。クソが!」


 機嫌が良くなった葉山は軽い足取りで元いた場所に戻る。

 

 俺はそんな彼の後ろ姿を見て口角を吊り上げた。そして言う。


「ごめん。反省するよ。こうなったのは、全部だから」


 と言って、環奈の方に目を向けると、

 

 彼女もまた、





 頬を赤く染めたまま、俺と同様、口角を吊り上げていた。


X X X


 学校を出てさっそく家に帰った俺は、誰もいない静かな自分の部屋で、ものを準備していた。


 今は閑古鳥が鳴くほど静まり返っているが、俺の心は希望に満ちている。


 なぜなら、


(玄関チャイムがなる音)


 一人ではなくなるから。


 俺は自分の部屋を出て、玄関へと向かいドアを開けた。

 

 すると、そこには




「……樹」

「環奈」






 制服姿の俺の彼女が恥ずかしそうに青い目で俺を見ながら、スカートをぎゅっと握り込んでいた。


 柔らかい黒い髪、白いうなじ、小さな顔、少し上気した頬。だんだん母のサイズに近づいていく巨大な二つのマシュマロ、安産型のお尻、そして象牙色の形の良い生足。


 俺は



 そんな彼女を誰もいない家の中にあげた。




 


追記



ふふふっ




 

 

 





 


 

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