第57話 倒れる寸前のジェンガ

来客を知らせるベールが鳴ったり、メイドと楽しそうにゲームをする音や喋り声で満ち満ちているこの場は冷水を差したように静かになった。


 ここのいるお客の殆どが常連客なので、マリリンこと真凜がどういう女の子なのか知っている。


 だが今の真凜は、皆んなが抱いているイメージとはかけ離れた行為をしているのだ。

 

 そんな彼女に最も早く反応をしたのは、啓介の妹である花音だった。


 花音は最初こそ驚いた様子だったが、やがて怒りを募らせ、自分のバックにあるスタンガンを取り出した。


「私のお兄様になんてことを……許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない……許さない!!!!!」


 目を思いっきり見開いてそのスタンガンを真凜の所に近づける。


「っ!」


 花音の視線は真凜のものとは根本的の違い、自分の大切な家族を守るためのものだった。


 もうお兄様に辛い思いはさせない。


 自分は昔、守られたわけだから、今度は自分が守る。


 師匠のように強い身体は持ってないが、師匠の姿を思い出して頑張ろう。


 真凜は驚くあまりに啓介を離した。


 このままだと警察沙汰なりかねない。


 そう思った啓介は、殺意を放つ花音の手を押さえて花音が動けないように抱き締めた。


「お兄様!」


 と、条件反射的に彼女が言うと、奥の方から黒いスーツを着ているおっさんとお姉さんたちが現れた。


「大変失礼いたしました!!!」


 おっさんはそう言うと、お姉さんたちに命令した。すると、彼女らは真凜を取り押さえた。


 予期せぬ事が起きて周りは騒然としている。


 啓介の手は激しく震えてくおり、その振動が花音の体に直に伝わった。


 だけど彼は勇気を振り絞って話す。


「こ、ここ……こういうプレーしてみたかった」


「「っ!!!!!!!!!!!!!!!」」


 どよめきが走っていた室内は、一瞬にしてシーンと静まり返り、皆んなは口をポカンと開ける。


「花音、行こう。もうここにいる理由はない」

「お、お兄様!?」

「行くよ」

「はい!承知いたしました!」


 啓介は花音を離し、手だけ握って歩き始めた。彼は身震いしているが、取り押さえられた真凜を数秒間睥睨する。だが、離れたところから見れば、ただ怯えているように映るだろう。


 二人はレジのところに行って会計を済ませ、メイド喫茶店を出た。


 斜陽が差し込む街並みを二人は黙々と歩く。


 だけど、手は二人の絆を証明するかのように強く繋がったままである。


 しばし街を歩いたのち、啓介は携帯を取り出して電話をかけた。


『啓介?どうした?』


 聞こえたのは、自分の親友である近藤樹の声。


「……」


 だけど、返事を求める樹に対し、啓介は何も答えない。


『啓介?』

「……」

『まさか……今、何かされてる?啓介、今どこ?俺、すぐいくから!』

「……」

『啓介!!』


 また啓介がひどいことをされているのではないのか不安になった樹は彼の名を大声で言った。


「真凜は危険。気をつけて」

『なっ!』


 そう言って、啓介は電話を切った。


 別に彼を心配させるつもりは無かったが、なかなか言葉が出なかった。ある程度話せるようにはなっても、大事な友人に迷惑をかけたことによる罪悪感で、彼は目を伏せていた。


 だが、樹と電話している間の啓介の沈黙は、結果的に樹の脳内に彼の言葉を刻ませるにたる働きをすることとなった。


 携帯をポケットに入れ、花音と一緒に歩く彼は考える。


 これはいい刺激になると。


 だけど、彼の手はさっきと同じく震えている。


 花音は、彼をまた落ち着かせるため、距離をもっと縮めた。


X X X


葉山家


「ああ。あの子ってマジで胸でけーからな。そうそう。でもガードすっげーたけーし、そうそう。でも、うまく言いくるめたらうまくいくかもな」 


 今日も女の子の話で余念がない翔太。


「環奈?まあ、あの子、勘がいいから、俺がやろうと迫ってきたらすぐ気づいて近づこうとしないから。そうそう」


 みたいな会話をゴリラとやっていると、力強く玄関扉が開け放たれる音が聞こえてきた。


「あ、妹来たみたい。後でかけ直すから」


 だが、ゴリラは執念深い。


「だから、真凜はお前に興味ないって言ったろ?あいつ、イケメン好きだから、俺くらい格好いいやつじゃないと無理かもな。じゃな」


 と、気持ち悪く口角を吊り上げてから電話を切った。


 そして、玄関へと繋がるドアに目を見遣れば、顔を引き攣らせて怒りが爆発寸前の真凜がいた。


「どうした?」

 

 ソファーに座っている翔太が聞くと真凜は目力を込めてからふいっと顔を逸らす。


「別に、何もなかったけど?」


 と、言ったが、表情までは隠すことはできない。


 絶対何かあると確信した翔太は制服姿の真凜の後ろ姿を見てみる。


 メリハリのある身体、大きなお尻を覆うスカートから伸びた形のいい薄い小麦色の生足を見ながら啓介は思い出す。


『へえ、もしかして、樹っちに劣等感抱いてるとか?』

『あ、確かに昔の樹っちは典型的な高度肥満のアニオタだったけど、今は全然違うじゃん。兄貴より背も高いし、イケメンだし、優しいし、あと……なんだから』


「……」


 真凜が通った階段を見て啓介はまた口の端を上げて、嫌な笑顔を浮かべる。


「生意気なやつ」


 部屋に着いた真凜はものすごい力で鞄を投げつけた。


「くそ!」


 これまで完璧な自分を演じてきたつもりだ。


 毎日毎日イケメンと呼ばれる男たちが告白してくるくらいには綺麗になった。


 だから、真凜は自分が好きだ。


 学校ではマドンナだと認められ、バイト先では頼りにされる。

 

 自分に欠けたところなどない。努力してより上を目指せる。頑張れば自分の欲しいものが全て手に入る。


 離れたところから真凜という女の子を見れば、充実した人生を謳歌しているように見えるだろう。


 真凜自体もそう思っている。


 だけど、


 啓介の言葉を聞いて、全てが崩れ去った。


 彼がわけのわからないフォローを入れてくれたおかげでハプニングで終わったものの、自分を支えてきた大切だと思っていたモノが全部崩壊してしまった気分だ。


「くそ!くそ!くそ!冴えないコミュ障の分際で!!この私に……」


 ベッドにダイブした彼女は悔しそうに握り拳を作り、マットレスを強くバンバン打っている。


 どうして、あんなパッとしない男に言われたくらいでカッとなって自分らしくない行動に走ってしまったのか。


 兄のように全てを他人のせいにすることもできるが、真凜はそれをせず考える。


 すると、嫌な予感が脳裏を過った。


 自分が今まで築き上げてきた真凜という女の子のイメージは


 実は、倒れる寸前のジェンガのように不安定なものではないだろうか。


「……」


 いや、そんなはずない。私は私。私は葉山真凜。


 今でも、携帯には友達からは大学生との合コンの話のメッセージ、男からはなんとか彼女と近づきたくて、下心丸見え見えのメッセージが届いているところだ。


 しかし、啓介が言った言葉は頭から離れない。そして嫌な予感もずっと自分の心を締め付けている。


 なので、彼女は、


 必ず樹を堕として自分のものにすると誓った。


 問題を解決するために、その原因を潰すのをやめ、別の大きな問題を持ってきて、それを解決する。そうすればこの胸のモヤモヤもなくなると信じるから。


真凜の顔は











 獲物を狙う蛇のようだ。

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