第55話 啓介と花音、そして真凜

 啓介と花音は私服に着替え、タクシーに乗り、目当てのメイド喫茶店がある周辺に降り立った。


 ここはアニメ関連の店や書店が雨後の筍のように並んでおり、車道には萌えキャラが印象的な痛車が走っていて、中にはいかにもオタクっぽい中年おっさんが前髪を上げるような仕草をしてアクセルを踏む(残念ながら前髪は禿げてもうないが)。

 

 歩道にもいかにもオタクっぽい人たちが道を歩んでおり、メイドたちがチラシを配っている。


 花音はこの界隈では割と有名人なので、顔を隠すためにワンピース姿に頭には帽子を被っている。


 だけど、気分はいいらしい。るんるん気分で鼻歌を歌いながら自分の兄である啓介の手を握ぎった。すると、彼が花音に訊ねる。


「花音には慣れた場所……だよね……」

「はい!アニメのOPを収録したCDの発売イベントとか、サイン会の時なども、ここにきますので」

「スタンガン、ちゃんと持ってる?」

「もちろんです!不審な人がいつ現れるか分かりませんので、お兄様がプレゼントしてくださったこのスタンガンは、もはや私の分身のような存在です!」


 と、花音は早速自分の小さなバッグから物騒な黒い四角いものを取り出してボタンを押した。


 すると、パチパチっと高圧電流が流れる音が聞こえてくる。


 その様子を満足げに見つめる啓介は、健気な妹の頭にそっと手をのせた。


「素晴らしい。でも、樹くんの前ではそんなのいらない」


 照れ顔で言う啓介の表情を見て花音もまた照れながら言う。


「当たり前です……樹お兄さ……師匠にはありのままの私を見てほしいです……次お伺いする時は、裸になってみようかなと思ったりもしますが……」

「それはいい……実にいい考え……でも、樹は照れ屋さんだから……優しくしないと」

「肝に銘じます!」


 と、二人は常識を逸した会話をしているが、それを止めてくれる人は存在しない。花音はスタンガンをベッグの中に入れた。


 この二人の機嫌は実にいい。と言うのも、こうやって兄妹揃って遊ぶこと自体がほとんどなかったからだ。


 前にも言及したが、啓介は昔、性犯罪者のおっさんたちから妹を守るために、ひどい暴行を受けた。それがトラウマとなって、ずっと部屋に引きこもって有り余っている時間を数えきれないほどの本を読むのに費やした。


 だけど、樹と友達になってからは、こうやって妹と一緒に外に出かけるくらいのメンタルは出来上がっている。


 そんな自分のお兄ちゃんと一緒に外でぶらぶらするわけだから、花音の口角はいつの間にか吊り上がっていた。


 花音は繋がった手をもっとギュッと握りしめて、啓介と離れまいと距離を詰めた。

 

 そして、自分の兄を変えてくれた樹を思い出し、顔をちょっと赤く染める。だけど、首を左右に振り、兄に向かって口を開いた。


「ファンタジアの執筆、捗っておられますか?」

「……」


 顰めっ面で、下を見る啓介を見て、花音は慈愛に満ち満ちた表情で兄を捉える。


「あまり無理はなさらないでください。執筆ができているだけでも奇跡ですから。編集者の方々もあまりの嬉しさに号泣しておられましたよ」


 と、啓介を安心させる言葉を言ってから、花音は微笑んだ。


 だが、彼は相変わらず眉根を顰めて何かを考え込んでいる。


 心配になり、花音が探りを入れてみた。


「どうかされましたか?」

「……」

 

 彼はしばし無言のまま歩いたのち、ボソッと言葉を漏らす。


「何か、刺激が必要……」

「……」


 自分ではどうすることもできない。世話をすることはできるが、自分の愛するお兄ちゃんに新しいアイディアを生み出すための刺激を与えることはできないのだ。


 そんな自分があまりにも無力すぎて、自責の念に駆られそうになったとき、花音は再びスタンガンを取り出して、それを啓介と交互に見る。


「刺激……」


 だが、やがて、何か悟った表情を浮かべたのち、スタンガンをしまい、心の中で決めるのだ。


(師匠に聞いてみよう)


X X X


 メイド喫茶店


 ここは真凜が働くメイド喫茶店である。


 この辺りでもかなり有名なところで、何よりアイドル顔負けのメイドたちのレベルの高さからVIPを除けば数日前から予約を入れないと入場すらできない。


「初めまして!ケロロン様とカロロン様でいらっしゃいますよね?」

「は、はい……」

「そうでございます」

「え?顔めっちゃ可愛い……あ、すみません!早速ご案内いたしますね!こちらへどうぞ!」

 

 ケロロンこと啓介、カロロンこと花音。


 メイドは比較的背が低く、帽子をかぶった花音の顔を見るために、腰を屈めてたが、花音があまりにも可愛いすぎたため、ちょっと驚いた様子である。


 メイドに案内された二人は二人用のテーブルに案内され、椅子に腰掛けた。


 そして、早速ご主人様(お客)たちと話しているメイドたちを片っ端から検分するように観察し始める。すると、啓介にとって見覚えのある金髪の女の子が見えてきた。


「……みたいな反応をするから……」

「あはは!マジで受ける!その女の子って絶対湊っちのこと好きじゃん!うまくやってみな!」

「そ、そうかな」

「応援するから!」

「お、俺……やってみる!告白してみる!」

「結果はどうであれ、またきて話聞かせて?私、湊っちの話、聞きたいから」

「もちろんだよ!」


 真凜は相談してきた男を勇気づけてくれている。激励された男は目を光らせて真凜を見つめていた。


「あれが、真凜という人……なんという話し方!男を手球にとるようなオーラを漂わせています」


 花音が目を細めながら言う。


 すると、啓介もまた目を細めて花音のフォローをした。


「あの男、絶対振られる」

「なんですと?!」

「希望を持たせて、応援するフリをして、ずっとここに通わせようと仕向けているだけ……男は完全にあの子の術中にハマった……フラれたらまたここにくる。そしてあの子は話聞くふりをして永遠に搾り取って知名度を上げる」

「な、なるほど。やはり、お兄様の得意技・人間観察にはいつも驚かされてしまいます!」

「利用する人と利用される人……これはいいネタになりそう」

「おお!あの短い会話の中でもネタを発見する私のお兄様格好いいです!」


 と、勝手に二人で盛り上がっている啓介と花音がここにきた目的は一つ。


 真凜という女の子がどういう人間なのかもっと詳しく知る。


 もちろん、この話を持ちかけたのは啓介の方だ。


 彼は二日前に真凜と環奈が樹をかけてやり合っている姿を見た。本能的に危機感を覚えた啓介は樹と真凜を出来るだけ引っぺがそうとした。


 その過程で、真凜は啓介に殺気立った目で睨んできた。


 真凜は側から見れば実に綺麗で誰もが付き合いたいと思えるような美少女だ。


 だが、真凜のエメラルド色の瞳から発せられた視線は、


 



 昔、妹を犯せないことで腹を立てた犯罪者のおっさんたちが送ったあれと酷似していた。


 そんな危なそうな女の子が、恩人であり、かけがえのない大切な友達である樹に近づこうとする。


 だから、内気な彼は動かざるを得なかった。


 もっと情報を収集して、真凜という女の子の人生におけるストーリーを知る。そして総合的に判断して、樹にそれを言う。

 

 もちろん、樹が自分の言葉に素直に従ってくれるかは未知数だ。


 けど、どうしてもあの女は怪しい。


 うちなる自分がそう訴えかけているのだ。


 だから、彼は事前に真凜のシフトを調べ尽くして花音とともにここへやってきたわけである。


 そんな彼の方に、話を終えた真凜は注文を承るために、近づいていく。やがて彼女は啓介の顔を見て、足を止めた。そして、この前と同じように一瞬睨みつけてから、急に笑顔になり、口を開いた。


「いらっしゃいませ!初めてのご来店ですね。私が誠心誠意オモテナシさせていただきます〜」


 顔こそ笑っているが、額にはコメカミが浮き立っており、異変に気づいた花音も、真凜を怪訝そうに見つめる。


 啓介は




 真凜を見て、


 怯えていた。


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