第56話 啓介の言葉の威力

 一見なんの変哲もないメイドカフェだが、啓介と花音と真凜の間には見えざる不穏な空気が流れている。


「私は名札見るとわかると思うけど、マリリンだよ〜メニューはテーブルにあるから決まったらいつでも言ってね!ひひっ」


 真凜は元々ギャルメイドというコンセプトでやっているわけだから、お客に対してタメ口で話してもなんの違和感がないが、啓介らに向けられた言葉には若干棘があるように思える。


 二人は、テーブルに置かれたメニューに目を通したのち、答える。


「私は、ピンクカレーセットをお願いします。お兄様は?」


 と、花音が視線で問うと、啓介はしばし考えてから真凜に向かって控えめに言う。


「パスタセット……」


 真凜の成すオーラ故か、ちょっとビビっている啓介は目を伏せた。すると、真凜はそれを自分の勝利と踏んで、目を釣り上げながら言う。


「わかった。ちょっと待ってね♫すぐ持ってくれるから!食後はいっぱい話そうね!」


 と、明るい表情で注文を承ったのち、真凜はVIP客の相手をすべく、伝票を他のメイドに渡して軽い足取りで動く。


 その後ろ姿を見た花音は兄のことが心配になり、いまだに頭を下げている啓介に声をかけた。


「お兄様……大丈夫ですか?」

「……大丈夫。樹くんを守るためなら」

「何か不安なことがありましたらい、いつでも言ってください」

「うん……でも、これは僕がやるべきこと」


 と、冷や汗を垂らす啓介は深々とため息をついた。

 

 実際真凜は今、優越感を味わっている。


 この前、樹を堕とそうと彼の学校にやってきた時、啓介のせいで自分の計画が水の泡になってしまった。


 それを今だに根に持っている真凜は、啓介を小馬鹿にしている。


 自分とちゃんと目も合わせられないし、自分に自信が持てないいわゆるインキャ。そういう輩は一人も残さず彼女の思いのまま徹底的に利用してきた。


 さっきのお客だってそう。


 全ては自分の目的を叶えるため。


 自分の欲望を満たすため。


 だから、自分の立てた計画において邪魔となる要因の一つである啓介が、根暗で気弱な男だということに、安堵するのだった。


 髪は伸ばしっぱなしで顔がちゃんと見えないし、女性たちが嫌がるような性格をしている。


 真凜の脳内シミュレーションによれば、彼は、自分にとって取るに足りない存在である。

 

 だが、隣に座っていた女の子はとても可愛かった。そのことが若干気がかりではあるが、真凜は、他の男のところに行って、持ち前のコミュニケーションスキルを駆使し、男心をくすぐるような言葉をたくさん吐いている。周りのメイドは彼女に憧れの視線を送ったり、先輩メイドの一人は、後輩メイドたちに向かって「真凜の言葉遣いを参考にして」と助言する。


 それほど真凜はここにおいて他の追随を許さないずば抜けた存在だ。


 全て彼女の努力によって成し遂げた結果。


 そんな彼女の姿を、啓介は離れたところから見ている。


 それから二人は食事が運ばれるまで、他のメイドとも話した。メイドたちは小さな花音のことがあまりにも可愛すぎて、プレゼントをあげたり、握手をしたりと、人気者だった。


 周りの男たちも、満面に笑みを浮かべ花音とメイドたちの絡みを見ている。おそらく帽子がなければすぐ身バレしただろう。


 やがて食事が運ばれた。


 隣席にはメイドさんが絶賛萌え萌えキュン中だ。


 二人は静かに食事を済ませた。その様子を見て、真凜が素早く近づいてくる。


「ご飯美味しかった?」

「はい……」

「美味しかったです」


 啓介と花音のウブな反応をみて、真凜は口角を釣り上げてから問う。


「ケロロンとカロロンはどういう関係?すごく仲良く見えるけど?」

「えっと、私たちは……」


 花音が答えようとしたけど、啓介が阻止した。それから彼は真凜に向かって答える。



「っ!そ、そう?」


 想定外すぎる彼の返事に真凜は若干戸惑う。だけど、すぐいつもの調子を取り戻しては、口を開いた。


「ケロロンって、樹っちと学っちの友達だよね?なんか3人一緒なら面白そうかも!。もちろん、今も楽しいよ!ヒヒ!」


 と言って、作り笑する真凜を啓介は深刻な表情で捉えた。それから、飲み物を握る手を振るわせ、口を開く。


「君がここにいる限り、僕は二度とここに来ることはない」

「え?どういう意味?」


 啓介は発した声は周りの喧騒によってすぐかき消されたが、隣にいた真凜の耳には届いた。


「どういう意味よ?言ってみて?」

「これを言うと、君は理性を失う。君は今仕事中だから……店に迷惑かけたら僕、悪い子になる……」

「へえ、別に私は何言われても理性を失ったりしないよ。私、プロのメイドだし!だから言ってみてよ。全然迷惑じゃないから」


 真凜がエメラルド色の目を彼のよく見えない顔に向けて続きを促すと、啓介は唇を噛み締めて怖がる自分の顔を隠した。


 そして


 彼女に言う。


「樹くんに近づかないで。君がいると、樹くんは不幸になる」

 

 彼に言われた真凜は目を丸くしたが、やがて、


「嫌なんだけど?」

「……」

「ほら、私、全然平気よ!全っ然平気!ふふ」


 大人の余裕と言わんばかりに大きな胸をムンと反らして勝ち誇った表情をする真凜。


 そんな彼女に啓介は目を細めて、前髪をかきあげた。すると、美形の顔が姿を現し、真凜を当惑させる。


 これは言いたくなかったのにと心の中で呟いてから啓介は彼女の瞳を見て話す。


「君のそのやり方は、破滅しかもたらさない。今はうまくいけているように見えても、後で、必ずダメになる。足掻けば足掻くほど、虚しくなるだけだ。この敗北者」

「お、お兄様……」


 花音がちょっと驚いた様子で、啓介を見つめる。


 真凜はというと……




「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 急に目をカッと見開いて、息を荒げ始めた。身震いする身体と握り込まれた拳。


 今まで真凜は言葉によって相手を支配してきた。男にはなるべく甘い言葉を囁いたら、大抵うまく行く。女の子らには堂々としている姿を見せれば憧れの視線を向けてくる。


 自分を嫌がったり嫉妬する相手はスルーすればいい。


 これまで、メイド喫茶でも学校でも外でも、まれに変な人たちに絡まれ、時々ひどいことを言われたりもした。


 だけど、それは相手自身に問題があるケースが多いから、なんとかやり過ごしてきた。

 

 そういう面においては真凜のメンタルは実に強い。


 だけど、自分が見下している相手であるケロロンという根暗な男が発した言葉は、真凜という人格を形成する最も根本的なところにピンポイントで突き刺さった。


 気がつけば真凜は、啓介を殴ってきた性犯罪者のようなおっさんの目をして、


 啓介の胸ぐらを掴んでいた。


「くそ!」





追記


 ここらで登場人物の紹介といきましょう。



近藤樹:高校二年生。主人公


神崎環奈:高校二年生でエロ漫画のメインヒロイン。樹の彼女。学校卒業するまで秘密にしようとしたが、母にバレる。樹をちゃんと見ている。勘がいい。


葉山真凜:高校一年生で葉山翔太の妹。環奈の幼馴染で、彼女に劣等感を抱いている。だが、努力して、高校デビューしたら学校1の美少女になった。メイドカフェの看板娘。欲しいものは樹。


神崎環:有名なファッションデザイナ。環奈の母。20代半ばくらいの外見の持ち主で、樹も勘違いし、良いことが起きた。勘がいい。


静川花音:中学三年生で昔から声優をやっている。実にいい声の持ち主で、兄を変えてくれた樹を師匠と呼び、重く慕っている。


細川学:ガリ勉だったけど、樹の筋トレのおかげでイケメンになった。昔の樹に毒され、アニオタ、ゲームオタ生活を満喫。勉強ができる。全科目学年2位


静川啓介:過去のトラウマで極度のコミュ障だったけど、樹のおかげでよくなった。彼は作家でありシナリオライターでもある。彼が書いたファンタジー小説「ファンタジア」は累計販売部数1000万部を突破。トラウマのせいで執筆ができずにいたが、樹のおかげで書ける状態になった。


葉山翔太:悪いクズ


三上有紗:腐の匂いがする環奈の友達。ストレートな言い方が印象的

立崎由美:非常に頭がよく、全科目一位の座を譲ったことがない。負けず嫌いで、自分に挑んでくるものがいれば、容赦なく徹底的に潰す。学のおかげでちょっと性格変わったかもしれないし、もっと悪化したかもしれない。


樹の両親:仲睦まじい。いずれ弟か妹ができるかもってくらい仲がいい


藤川真斗:翔太の友達で、野球部員。昔は葉山と一緒にキモデブだった樹をいじめたが、彼に謝った。今だに罪悪感を感じている。


ゴリラ:悪いゴリラ


西川:写真部のエース。隠れて何かを撮ることが得意。助けてくれた樹に好意を抱いている。


ギャル3人:樹と同じクラスのギャル3人。学校では翔太らと組んでいる。


担任先生:後で登場する







めっちゃ多いな……


おらの頭の中で、あの人たちが動き回って物語が紡がれているというわけか。








 




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