第54話 両親、そして何かを企む啓介と花音
思わぬ言葉を耳にした俺は、小首をかしげて父さんと母さんに続きを視線で促した。すると、母さんがきまずそうに口を開いて詳細を説明してくれる。
「お父さんの知り合いの紹介で、豪華な海外旅行パッケージが盛り込まれたチケットを破格の値段で譲ってもらえそうだから……その……」
母さんは座った状態でモジモジしながら言いあぐねる。俺の機嫌をうかがうように父さんも母さんもチラチラと俺を見ては、深々とため息をついた。
なんだ。そういうことで悩んでいたのか。
俺は苦笑い浮かべたのち、二人に微笑みをかけてから自分の気持ちを伝えた。
「行ってきたら?」
「「え?」」
淡々と言った俺を見て、目を丸くして驚く二人。
まあ、あの反応はある意味当たり前だと思う。
キモデブだった頃の近藤樹は、とにかく手のかかるやつだった。
部屋の片付けもそっちのけでゲームやアニメやアイドルに明け暮れたわけだから、この二人がいてくれないと、本当に廃人になったと思う。
葉山を筆頭とした陽キャグループらにいじめられながらもちゃんと自我を保ち、不登校にならずに学と啓介という素敵な友達を作れたのは、ここにいる父さんと母さんの働きにおうところが非常に多いとも言えよう。
いまだに俺の部屋の隅っこには、アニオタであることを証明するグッツが非常に多く、過去の近藤樹がどういう人間なのかを垣間見ることができるモノや痕跡はいっぱい残っている。
何より、こいつの過去の記憶を全部引き継いでいる俺だからわかることだ。
これまで嫌なそぶりを一切見せずにキモデブの自分の息子のために食事を作ったり、掃除をしたり、服を買ってくれたりと、優しくて努力を惜しまなかった母さん。
長らく不動産屋で働き、母さんという美人をゲットするほどのその性格のよさで一生懸命働いて、昔の近藤樹が間違った方向に進まないように守ってくれた父さん。
この二人は、実によく頑張ってくれたと思う。
だから報いがあってもいい。
日帰りの旅行は何回か行ったが、それだけだとやっぱり物足りないだろう。
今の二人は俺の言葉が信じられないのか、口をぽかんと開けて、互いを見つめあっていた。なので、そんな二人を安心させるために俺は続ける。
「これまで俺のために頑張ってくれたからいいよ。二人の幸せも大事だから。俺は一人でも大丈夫だよ。もう昔の俺じゃない」
俺がちょっと照れくさそうに後ろ髪をガシガシすると、二人は急に目を潤ませて、俺に飛び込んだ。
「「樹!!!!」」
「ぬあっ!」
3人の体重がかかったソファーは程よく沈んでおり、俺たちの体温で暖かくなっていく。
「私……私嬉しいわ……まさか、樹からあんなに嬉しいことを言われるなんて……あなた……これ、夢じゃないわよね?」
「うう……俺も信じられない……俺のほっぺたをつねてみてくれよ」
「わかったわ……うりゃ!!」
「お、おい!い、痛い!あああああああ!ちょっと手加減を!早苗!!俺、死ぬ!」
「あ!ごめんなさい!あなた……大丈夫!?」
「あはは……これは間違いなくリアルだ……」
「……」
そんなに嬉しいのだろうか。
俺は不思議そうな顔で俺にくっついている二人を見てみた。
すると、突然母さんが俺に頬ずりして言う。
「ごめんね……樹を一人にして……」
「一人じゃないよ」
「え?」
俺の言葉の意味が理解できないのか、母さんは可愛くキョトンとする。なので、俺は携帯を取り出して説明してあげた。
「海外もネットは繋がるから通話し放題だろ?メッセージだってやりたい放題だし」
俺の説明を聞いた父さんがハッと目を見開いて手を打った。
「そうだな!樹の言う通りだ!」
「ふふ、わかったなら、お土産いっぱい買ってくれ。欲しいものはそれでいいさ。あと、二人とも無事に帰ってきてくれよな」
と言って、俺はちょっと恥ずかしそうに二人から目を逸らした。
そんな二人はクスッと笑ってドヤ顔を浮かべ、サムズアップしては、
「「もちろん!」」
優しく微笑んでくれた。
二人の話によると、約二か月間旅行を楽しむらしい。
海外にいてもある程度の振込はできるので、生活費で困ることはない。
電気代や水道料金などは基本口座引き落としなので俺がやることは回覧板を回すくらいだ。
もっとも、転生前はずっと一人暮らしだったので、一人だけの生活には慣れ過ぎている。
しかし、今回は二か月間という期限付きだから、その事実に安堵し、俺は胸を撫で下ろした。
だが、まだチケットを譲ってもらったわけじゃないから、ちゃんとした日付が決まれば、学と啓介と環奈にも伝えるとしよう。
X X X
啓介と花音side
静川家
長期滞在海外旅行の話を樹が知って一日が経った。
ここは啓介と花音が住むタワーマンション。
時間的には高校の授業が終わって放課後となる頃合いだ。
花音の部屋で意味深な声が漏れ聞こえる。
「お、お兄様!いけません!私たち……血が繋がった実の兄妹ではありませんか……」
「か、駆け落ち!?お兄様……そんなこと……許されるはずがありません!」
「愛さえあればなんでもできるって……お、お兄様……そんなことを言われると、私、困ります。ずっと、我慢していたのに……」
「な、なに!?血が繋がってない!?お、お兄様……本当ですか?」
みたいな会話をしている花音。
その瞬間、誰かが花音の部屋のドアを開けて中に入った。その正体は青い髪の美少年。彼が花音のベッドに腰掛けた。すると、花音はチラッと後ろを振り向いてからまたマイクに向かって低いトーンでセリフを言う。
「もし、本当なら、今すぐこの場でお兄様の赤ちゃんを……うふ……うふふふふ……」
「お兄様……私、とっても幸せです。憧れのお兄様と結ばれることができますから……私はお兄様をずっと異性として見ていました……私の本能も、お兄様と愛し合うことをずっと願っていました。私の遺伝子とお兄様の遺伝子が合わされば最高にかわいい子供ができるに違いありません」
「お兄様……なんで逃げるのですが?もしかして、私に飽きて他の女のところへ?」
「いけませんわ。そんなことは、道ならぬことです。さあ、私のところにきなさい。お兄様の全てを、私という坩堝の中でじっくり溶かして差し上げますわ。うふふ……うふふふふふふふ……あはは……あははははははははははははははは!!!!!!!!!!!」
セリフを言い終えた花音は実に満足そうに息を吐き、録音を終えた。そして椅子から立ち上がり啓介のいる自分のベッドに流れるように飛び込んで横になった状態で口を開く。
「お兄様。今回も素晴らしいストーリーでした。演じている私も、つい、感情移入しすぎていつも以上にリアルな表現ができた気が致します」
「今回の演技力だと、300万再生も夢じゃない」
「はい!」
花音は、ようつべでも声優活動をやっている。もちろん、顔を出さずに声を少し変えて花音であることがバレないように工夫はしてはいるが。
復活した啓介が書いた台本のおかげで、チャンネル登録者数はあっという間に20万を突破。
みんなが知っている声優としての花音は、主に幼い女の子のキャラを演じることが多い。もちろん、ギャラも多いし両親からも褒められる。が、花音は物足りなかった。自分を解放することのできる演技がしたいと啓介に相談したところ、「カロン」というようつべチャンネルを開設して暗躍するに至った。
二人の狂気が詰まったチャンネル。
「樹お兄様にも是非聞いて頂きたいです。もちろん、中の人が私だということも全部伝えて……」
「もっと僕たちのこと、樹くんに知ってもらおう……」
「はい!それより、準備をよろしいですか?」
準備という単語を聞いた途端、啓介は緊張する。だけど、彼は以前のメンヘラコミュ障ではない。
啓介は握り拳を作り、自分の妹に向かって言葉を発する。
「できてる。樹くんのために……」
自分の兄の表情を見て花音はその透き通る青い瞳を光らせ、彼を抱きしめた。
「お兄様。大丈夫です。私がついています」
それから、人差し指を突き立てて、ドヤ顔を作り、言った。
「さあ!一緒に行きましょう!あのメイド喫茶店へ!」
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