第53話 環との会話の後は……
樹side
前も言ったが、神崎親娘は勘が良すぎる。ぶっちゃけ言って環さんに俺たちが付き合っていることを高校卒業するまでに隠し通せるとは思わなかった。
にしても、気づくの早すぎる。
「はい。やりました」
適当に言い訳を並べて誤魔化すことなんてできない。俺が持っている全ての知識を駆使しても、ここは素直に認める方が良かろう。
相手は環奈を産んだ母だ。
俺が頭を下げると、環さんは飲み物をストローでちゅうちゅうしながら俺にジト目を向けては、ため息をついて、棘のある言い方で問うた。
「私が環奈をどのように思っているのか知ってるわよね?」
「はい。環奈は環さんの一人しかいない大切な娘だから幸せになってほしいって……」
「そんな私の環奈と健全な関係を築いているって言ってなかったっけ?」
「は、はい」
「何が健全なの?」
腕を組んで俺を睥睨する環さん。あれは俺を試す視線である。なので、俺は彼女のエメラルド色の瞳を怯えずに見ながら真面目な顔で口を開ける。
「身体だけの関係じゃありません。俺たち……付き合ってるんで」
「付き合う!?」
環さんは目を丸くし、口を半開きにしたまま表情が固まった。
あの反応だと、身体だけの関係だと思い込んでいたのだろう。
「ふ、ふん〜付き合っているか」
彼女はちょっと当惑の色が混ざっている顔を隠すために、視線を泳がせ、再び飲み物を飲む。それから、また俺をジーと見て話す。
「真凜とは遊びだったの?」
「っ!」
俺の思考や考えを全部見通していると言わんばかりに顎に手をやり、俺の瞳を穴が開くほど見つめる彼女に俺は黙りこくったまま視線を外した。
そんな俺を見て、環さんは急に口角を吊り上げる。
な、なんなだ!?あの変わり様は!?
「これから、毎日毎日私と連絡をとることになるけど、いいよね」
「……はい」
「ジムトレーナーのようにつきっきりで私を指導してくれるよね?他のトレーナーに身体触られるのは嫌だから」
「……はい」
「あと、仕事中に誘ってくる男たち本当に目障りだから、彼氏役頼むわよ。時々電話に出てくれればそれで十分だから」
「いっそのこと彼氏作られた方が……」
「いつき」
「は、はい……俺なんかでよければどうぞ……」
「あとね……環奈を悲しませたら、本当にあなた、潰すわよ」
「も、もちろんです!」
最後のセリフは目が本気と書いてマジだった。
もちろん、ベッドに行けば潰されるのは環さんの方だが、今、この場において、環さんの言葉に聞き従わないと、マジで俺の人生が危ない気がした。
それに、環さんは環奈をとても愛している。親娘関係については俺はあまり詳しい方ではないが、自分にとって唯一の家族だから、世の母たち以上にその想いは熱かろう。
だから、今は彼女を尊重してあげねばならない。
と、口答えせずに、目を伏せて反省するそぶりを見せると、環さんはドヤ顔をしている。多分心の中では『このガキ!あなたは私に勝てないわよ〜おっほほほほ』と嘲笑っていることだろう。
が、環さんは俺の予想を遥かに超える質問をしてきた。
「ねえ」
「はい」
「環奈と付き合ったら、いつもの寂しさ、なくなりそう?」
「いつもの寂しさ?」
「初めて樹を見た時、その……寂しい顔してたでしょ?」
「……」
そういえば、俺が環さんと初めて関係を持った時も、似たようなことを言われた気がする。
『あなた、寂しい目をしていたから』
寂しい目。
果たして、環さんが考える寂しさがなんなのか。俺にはわからないが、俺が環奈と付き合うと決めた理由は、他でもない。
「環奈は、俺の全部を受け入れてくれると言ってくれました……実際、あの子と一緒にいると、心が温かくなって、昔の辛い記憶が柔らかいものに包まれて辛くなくなるといいますか……あまりうまく伝えられませんが、環奈は俺にいろんなものをくれて、いろんなことを教えてくれました。だから、環奈には幸せになってもらいたい」
もうちょっと格好いいセリフはいっぱいあるはずなのに、語彙力が乏しすぎる自分が情けない。
環奈と関わってからあまり時間は経過してないが、気づけば環奈という存在は俺の心の奥深いところにで影響を及ぼす存在になっていた。
最初はなるべく避けようとしていた。だが、誰に対しても嫌悪を表す事なく接してくれる優しさ。時には怒ったり笑ったりしながら俺に話しかけてくる可愛い姿。そして、皮を破って前へ進もうとする凛々しさ。こういう所を知ってからは、俺は環奈に惹かれていた。
環奈は実に魅力的な女の子だ。
俺との相性が良すぎる恵まれた身体もさることながら、
彼女は
俺をちゃんと見てくれている。
そして、俺を強く求めている
その事が嬉しくて嬉しくて……
だからずっと環奈と一緒に居たいと思った。
温かな気持ちになるから。
俺の言葉を聞いた環さんは頬を一瞬緩めた。それから誤魔化すための咳払いをしたのち、艶のある唇を動かす。
「なるほどね。私も時々あの子に色々教えられるの。しっかりしているし、私の自慢の娘よ」
「本当です。環奈を産んでくれて本当にありがとうございます」
「っ!」
「ん?」
笑顔で言った俺に返事をしない環さんを不思議に思い、俺は首を若干捻って、環さんを見ていた。
すると、環さんは頬を桜色に染めて、俺から視線を外してからボソッと小声で言った。
「まったく……邪な気持ち全然ないじゃない……ガキのくせに……」
「何か言いましたか?」
「言ってないわよ」
「絶対何か言ってる」
「詮索する男は嫌われるわよ」
「それを言い訳に逃げる女もまた嫌われますよ」
いつかの日もこんな会話を交わしたっけ。
うん。
あの日はめっちゃ熱かったな。
おっとと、今はそんなこと思い出しちゃダメだ。
俺は環奈の彼氏だ。
だから、
探りを入れても良かろう。
さっきの会話で俺と初めて関係を持った日を思い出したのか、環さんはもどかしそうに足をしきりに動かして落ち着きのない様子を見せている。
それに加えてこのフェロモンの匂い。
「あ、そういえば、俺、環奈の彼氏ですから、もうエッチするのはやめにしましょうね」
「ふえ?」
「これって普通じゃないと言いま……」
「な、なんで急にそういう話になるのよ!?」
俺が(わざ)と顔を引き攣らせて言ったが、環さんは前のめり気味に上半身を乗り出して迫ってきた。
急すぎて俺は自分の飲み物をこぼしかけた。環さんは想像以上に反応してくれたのだ。
俺は気を落ち着かせて語る。
「だって、ほら、彼女のお母さんとそういう関係になるのは……」
しかし、彼女は俺の浅はかな考えなどお見通しと言わんばかりに、口を開く。
「ねえ、樹」
「ん?」
「あなたのそういうところ、本当にムカつくわ」
「そういうところってどういうところですか?」
「……あのね、樹」
「なんでしょうか」
「あなたには教育的指導が必要みたいね」
「教育的指導?」
「ちょっとついてきて」
「……」
X X X
ラブホテル
「っ!そんな……」
おいおい環さん。さっき教育的指導がなんたらかんたら言ってなかったですか?
でも、すでに目が逝ってる環さんに言っても無駄だろう。
俺が匂いを落とすためにたっぷり時間をかけてシャワーをしたというのに、環さんは、いまだに身体を小刻みに震わせていた。
「俺、家に親いるから、先に帰ります」
「……」
「気をつけてくださいよ」
「……(嬉しそうに)バカ」
と、俺はラブホテルを後にした。最後に何か言われた気がするけど、おそらく環さんの意味をなさない独り言だろう。
X X X
近藤家
「ただいま」
「あ、樹、おかえり……」
「やっときてくれたか。待ってたぞ」
家に帰ったら、両親が申し訳なさそうな表情で俺を迎えてきた。今朝から様子がおかしいなと思ったけど、とうとう俺に何かを伝える気になったらしい。
「あのね、私たち、樹に話したいことがあるの。ちょっといいかしら?」
母さんの話を聞いて俺は頷き、俺たちはリビングのソファーに腰掛ける。正直ちょっと、いや、めっちゃ不安だ。
今日環さんと熱々すぎる行為に耽ったことがバレたのか。環奈と付き合っていることがバレたのか?それとも真凜がここにやってきたりとか……
いや、待って。
これはもしや、
弟とか妹ができたパータン?
最近の父さんと母さん仲良すぎるし、十分に考え得るシチュエーションだ。
俺は固唾を飲んで、二人を交互に見た。
すると、父さんが重たい口を動かした。
「実は俺と母さんで長期滞在海外旅行をって思ってね……」
「長期滞在海外旅行?」
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