第50話 親の変化。そして登校

 俺と環奈が熱い関係を持って、恋人関係になってから一日が経った。家に着いた時は、体を結構使ったことへ疲労感、達成感、そして幸せという感情で俺の脳は埋め尽くされていた。


 けど、俺と環奈の置かれた状況を鑑みると、普通の高校生のように喜ぶことはできない。


 まず状況を整理してみよう。


 俺は『クラスで俺を見下すイケメン男子の幼馴染に催眠をかけて寝取る本』というエロ本の世界に転生を果たした。


 転生前の俺はこういった催眠が出てくるような小説や漫画が大の苦手だった。だが、なぜかこの作品は俺の心をどこかを刺激して、続編や番外編まで読む気持ちにさせた。


 俺は催眠アプリを使わないと誓った。この決断によって俺はさまざまな人と関わり、時にはトラブルを起こし、心を癒されるなど実に忙しい。転生前の俺より忙しない日々を送っているんじゃないかと思えるような展開尽くしだ。


「そういえば俺の転生前の高校生活って……」


 そう呟いてから俺は部屋から出た。

 

「あら、樹!起こしに行こうと思ってたのに」


 キッチンへ行くと、エプロン姿の母さんがお玉を手に持って驚いたように俺に言う。


「おはよう」


 と、俺は目を擦りつつ朝の挨拶をした。


 すでに父さんは美味しそうな朝ごはんを堪能中だ。そんな彼は俺を見て、目を逸らした。


 ん?


 今日はベーコンエッグにトーストか。無難なメニューだな。


「いただきます」


 と、椅子に腰掛けた俺が両手を合わせて言った後、美味しそうに焼けたトーストを一口食む。


 いつもの光景だ。


 だけど、一度も当たり前だと思ったことはない。


 転生前の俺の両親は結構前に亡くなったから、こうして3人と食卓を囲うことができること自体、本当に嬉しい。


 一つ気になることがあるとすれば、二人の様子。


 何か俺に隠していることがあるのか、時々俺をチラチラ見たり、二人で視線を交わしたりと、ちょっと怪しい。


 だが、スルーして俺はベーコンを口の中に入れる。すると、父さんがわざとらしく咳払いを数回して、口を開いた。


「樹」

「ん?」

「い、いや……なんでもない」

「絶対何かある表情してるけど」

「っ!えっへん!それより、なんか欲しいものでもないのか?イケメンになった樹の顔を見てると、なんかプレゼントしたくなったよ!」

「父さん……」

「俺は先に行く!運動器具でもサプリでもなんでもいいぞ!欲しいものはアインで送ってくれよ!」

「あ、ああ……」

「あなた!今日も仕事頑張って!」


 と、父さんは気まずそうにワイシャツの襟を直してから足早にここを出た。


 意味不すぎる父さんの反応に俺は顔を顰めて母さんに目を見遣り首を若干捻る。


「父さん急にどうした?」

「うん……えっと……多分仕事がうまくいったから?かしら?あははは……」


 母さんはぎこちなく笑った。口は笑っているけど、目は全然笑ってないよ。


「なんか、まずいことでもあった?」

「そんなこと、全然ないから!えっと……高いモノでもいいからなんでも言ってね!お父さん買ってくれるから!」


 怪しい……


 これは絶対怪しいやつだ。

 

 と、俺がジト目を向けて食事を続けると、問われるのが嫌なのか、急に鼻歌を歌いながら父さんの食器を流し台に持っていく。


 ん……


 でも、深読みはしないでおこう。


 なぜなら、


 俺の家族だから。


 てか、昨日の今日でこんなに様子が違うなんて……

 

 もしかして、昨日のあれが原因?


 と、あらぬ妄想をしていると、鳥肌が立った。


X X X


 学校


 今朝のことがすごく気になるが、俺はいそいそと学校へ向かった。


 待ち合わせはしてない。


 一人で正門をくぐろうとすると、見慣れた後ろ姿が見えてきた。


 黒髪を揺らし、メリハリのある恵まれた体の持ち主。俺の彼女。


 神崎環奈だ。


 だが、油断は禁物。


 俺は彼女の後ろに近づいて肩を突いた。すると、彼女は後ろを振り向く。


「樹……」


 彼女は俺の顔を見るや否や顔を赤くし、俯く。あまりにも反応がピュアだったものだから俺も気まずそうに視線を彼女から外した。


 環奈は俺の隣にやってきて歩調を合わせてくれる。


「身体は大丈夫か?」

「……う、うん」


 彼女は恥ずかしそうに俺にだけ聞こえる声音で返事をした。 


「環奈、それだと周りに怪しまれるよ」

「……」


 俺がほぼ無表情で言うと、環奈が悔しそうに俺をジロジロ見てきた。


「昨日みたいなこと、お母さんともやったのね」

「ぎく!」

「ほら、樹、それだと周りに怪しまれるわよ」

「お前な……」

「ふふ」


 環奈は環さんを彷彿させる言葉遣いで俺を攻めてきた。

 

 俺が困ったように環奈は見ると、彼女はドヤ顔を浮かべた。頬は相変わらずちょっと赤いからギャップがヤバい……


 子も子なら親も親だな。


 でも、いつもの調子を取り戻したようで安心した。


 それからは今日の宿題やら弁当のメニューやら他愛もない話をした。すると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「近藤くん!環奈!」

「あ!有紗と由美!おはよう!」


 三上と立崎は一瞬、俺たちの顔を検分するように見ていたが、やがて笑顔を湛え、俺たちの横を歩き始める。


「昨日はジムで楽しくやったのかしら?」 


 立崎が意味ありげに問うてきた。


 環奈は一瞬体をひくつかせたが、俺が早速フォローを入れる。


「ああ。いい汗かいたよ。だろ?」

「う、うん!」


 環奈は顔を引き攣らせて殊更大声で答えた。


 ちょっと不安だな。


 そこへ三上さんが興味深い表情で問うてくる。


「近藤くんと環奈って同じジム通ってたね!」

「あ、ああ」

「めっちゃ仲良いじゃん!」

「ち、違うの!たまたまだから……」


 環奈が慌てふためいて手をブンブン振りつつ弁明すると、立崎がふふっと笑って口を開く。


「たまたま……ねえ」

「……」


 環奈が言葉に詰まった。


 なので、俺はまたフォローを入れてやった。


「俺が登録したジムに環奈の母さんも通ってて、流れで環奈も行くようになっただけだよ。なんなら二人も来るか?俺が鬼教官ばりに思いっきり指導して健康な体にしてあげるぞ」

 

 と、俺が口角を吊り上げて悪役面して言うと、二人は首を左右に振って数歩後ずさる。


「わ、私、男たちがいっぱい扱かれるとこ見るのは大しゅきだけど、自分が扱かれるのは嫌!」

「私も、運動は苦手なの……」


 怯える二人に俺は大声で笑った。すると、隣の環奈も俺に釣られる形で頬を緩める。


 すると、三上と立崎も、俺の話が冗談であることに気がついて微笑んだ。


 それから俺たちはいつものようにクラスへと向かう。


 真凜の話をしないのは、彼女らなりの心遣いだと思う。


 時々環奈が俺に優しい視線を送ってくるんだが、そういうのは学校が終わってからしてくれ。


 高校卒業するまでにちゃんと誤魔化せるのだろうか。


 とてもじゃないができそうにない。






追記


樹の両親の変化は重要です!








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