第44話 どいつもこいつも環奈を悩ませる
真凜と関係を持ってから1日が経ち、学校に行くべく家を出ようとするところだ。
「いってらっしゃい!」
「ああ。いってくる」
母さんはいつもの笑顔を崩すことなく、玄関まで俺を送ってくれた。
「樹!」
けど、母さんは俺に伝え忘れていることでもあるのか、俺の名を呼んだ。なので、踵を返し、視線で続きを促す。
「学校、楽しい?」
「……」
普段なら「めっちゃ楽しい」と即答するところだが、今日に限っては、なんだか言葉が出てこなかった。
しばし間を置いてから俺は咳払いをして口を開ける。
「まあ、普通……かな」
「よかった!昔は学校行きたくない!でも学と啓介がいるから仕方ないとか言ってたもんね!」
「あはは……確かに。んじゃ、行ってくるよ」
「うん!」
と、クスッと笑いつつ手を振ってから学校へ向かった。
X X X
学校
クラスに入ると、いつもの光景が広がる。葉山の集団が昨日の合コンはどうだっただの、次の合コンが何たらかんたらだの、刺激的な会話をしながら注目を集めていた。
一方、俺の席の近くには環奈と三上、立崎がチラチラ葉山集団を見ながらため息をついていた。
まあ、刺激的な会話は周りの人たちに多大な影響を与えるからな。高校生だから尚更。
彼女らは俺の存在を認識するや否や、手を動かして挨拶してきた。
「近藤くんおっはよ!」
「ああ、おはよう」
三上の元気の良い声を聞いて、俺は短く息を吐いた。
いつもの日常、いつものクラス、いつもの三上と立崎
そして
いつもと違う環奈。
彼女は一瞬悲しい表情で目を潤ませたが、それを隠すように作り笑い、口を開く。
「樹、くるの遅いよ!」
「ごめんごめん。電車逃しちゃったから」
「……」
「……」
それっきり、会話が途絶えた。
どんな話題を振ればいいのか。不自然だと感じさせないキーワードはないのか。そんな事ばかり考えている。
これまでは願わずとも会話が弾んで、うまくコミュニケーションができたんだが、今は冷や水を差したように冷たい。
三上と立崎は俺たちを交互に見ては、小首を傾げている。
転生前の経験を生かして誤魔化すことなんか造作もないと思ったが、いざ環奈を前にすると、言葉に詰まる。
そこへ助け舟を足したのは意外な人物だった。
「環奈」
「翔太……」
「昼休みにちょっと伝えたいことがあるんだ。飯食ったらグラウンドのベンチで待つ」
「え?」
俺たちに近寄って話を終えた葉山は、唇を噛み締めて、俺を睨んできた。握り拳を作って、目あったら打つぞみたいなオーラを出しているが、やがて踵を返して自分の席へと戻る。
「やな感じ。別に行く必要なくない?」
「そうね、本当に無礼極まりない男だわ」
三上と立崎が腕を組んで葉山の背中を見てしゃべる。
環奈は、無言のまま俯くだけだった。
X X X
環奈side
昼休み
屋上
環奈は体育授業に使うグラウンドのベンチにやってきた。ここは学生たちも利用するスペースであるため、人はある程度いる。
もし、人気のない危ない場所であれば、環奈が来ることはなかっただろう。
男子たちがサッカーする姿を見ながら啓介が座っているベンチに腰掛ける環奈。
「環奈……」
「伝えたいことって何?」
翔太を見ることなく、冷たい声音で問う環奈に、彼は嬉々としながら言う。
「こうやって、二人で話すのって、久しぶりだな」
「別に、この前、カフェでも話したじゃん」
「そ、それは、そうだけど、やっぱり、二人一緒なのが俺たちらしいって思ってな」
「私、クラスに戻っていい?」
「っ!いや、言うから!座ってろ」
「……」
立ち上がろうとする環奈の腕を掴む翔太。環奈は彼の顔を見てから、ため息をつき、再び腰を下ろした。
「手、離して」
「……」
「離してって言ったの。ここは学校よ」
「……学校じゃないところだと大丈夫だよな」
「あまり私を怒らせないで」
「……」
鋭い眼光を送る環奈に翔太は渋々手を離した。そして口を開く。
「やっぱり、環奈が心配だ。近藤のやつ調子こいてるから昔みたいな距離感でいいと思うぜ。あのキモデブ野郎と友達の陰キャ野郎どもと仲良くしても、悪い影響を受けるだけだ」
卑屈な顔。誹謗中傷を言う口、訴えるような態度。
堪忍袋の尾が切れるのはある意味当たり前だろう。
「それを言うためだけにわざわざ私をここに呼んだの?」
「ああ。俺は環奈をいつも心配……」
「樹にやっと謝る気持ちになっかなと思って嬉しい気分でやってきたのに……」
「謝る?なんで俺があのクソ野郎に」
「翔太がこんなんだから樹が真凜を……」
「何か言った?」
小刻みに体を震わせながら小声で言う環奈に翔太は小首を傾げて問う。すると、環奈はこともなげにケロッとした顔で訊ねた。
「翔太、なんで樹をそんなに嫌ってるの?」
「嫌ってるって……別に俺はあんな奴の事全然気にしてないっつうか……」
「キモデブだの、クソ野郎だの、クラス全員へ樹に近づけないように圧力かけて……言ってることとやってることが全部矛盾してるわよ。翔太」
「それは……全部あいつが悪いんだから!」
「何が悪いの?」
環奈の透き通る瞳には悪巧みを企てようとする金髪男が写っている。
答えは実に単純なのに、それを決して認めようとしない翔太。
そんな人間が思いつく言葉は、
「あいつは、俺より下だから」
環奈は、深々とため息をついては、立ち上がり、そそくさと立ち去ろうとする。
そんな彼女の反応に驚いたのか、翔太は、慌てながら声をかけた。
「か、環奈!どこ行く!?」
「クラスよ」
「……あのさ!」
「……」
翔太は呼び止めようとしても、環奈の足は止まらない。
「近藤のやつ……っ!」
昨日、妹と一緒にいたぞ!と叫ぼうとしたが、出かかった言葉をやっと呑み込んだ。
認めたくない。
いや、認めるに値する要素はどこにも存在しない。
存在しない!
『まあ、確かに昔の樹っちは典型的な高度肥満のアニオタだったけど、今は全然違うじゃん。兄貴より背も高いし、イケメンだし、優しいし、あと……力持ちなんだから』
忘れろ!忘れろ!
そう自己催眠をかけて、深呼吸をする翔太。
キモデブだった近藤樹を思いっきりイジめていた頃の記憶を思い出すと、彼の口角は吊り上がった。
そして、環奈の腕を掴んだ自分の手を見て、
目も吊り上がった。
追記
次回も楽しみに!
これまで樹と環奈の友達にとばっちりがかかることはあまりなかったよね?
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