第43話 負けちゃいられない
環奈side
家事を終えて、間も無く帰ってくるお母さんを勉強をしながら待っている環奈に突然、真凜から電話がかかってきた。
真凜の言葉はまさしく晴天の霹靂だった。
「なん……だと?」
「私、樹っちとエッチしたから、邪魔しないでって言ったの」
「真凜……あなたという子は……そこまでして私を……」
「だって、好きな男は一人しかいないでしょ?」
「……」
「環奈ちゃんが魅力のない人だったらわざわざ電話なんかしないよ。だから、樹っちに近寄らないで。近寄ったら、私たち、もっと醜くなるから」
真凜の一方的な宣言を聞いて、環奈は悔しそうに携帯を握る手により一層力を入れ、唇を噛み締める。
自分が愛する男が、幼馴染と関係を持つなんて……
「真凜はいつも自分勝手よ。いつも、自分の気持ちばかり……」
震える声で抗議してみるが、真凜はびくともしない。
「他人の気持ちなんか考えたら、欲しいものは手に入らない。自分が一番にならないと何も得られないよ」
「……真凜はそういう子だったのね」
「そう。そういうことだから」
真凜はそう言って電話を切った。
いきなりかけてきていきなり切る。
実に真凜らしいやり方だ。
今まで自分の味方だったから真凜のこういうところは心強かったが、敵となった彼女は、環奈にとって越えられそうにない山のようだ。
物憂げな顔をしていると、突然自分の大きな胸を締め付けるような苦しみが訪れる。
自分と樹はただ単にクラスメイドだ。だから樹が真凜と関係を持ったとしてもなんの問題にもならない。
でも、あまりにも心が痛くて、思わず、涙がこぼれてしまった。
もしかして、こんなことになったのは自分のせいなのかな。
樹と真凜をひっぺがそうと、真凜の正体を彼に教えた。自分の悪意によって発せられた言葉が悲劇を起こしたのだ。
「全部……私のせい……」
でも、樹は絶対渡したくない。
絶対絶対絶っ対譲らない。
別に自分のものでもないのに、そんな悍ましい独占欲をむき出しにしている自分を醜い存在だと考える環奈。
教科書には環奈のクリスタルのような涙が落ちて紙を濡らしていた。
自分をこんな気持ちにさせた樹が憎い。
こんなものなら、最初から彼と関わるべきではなかったと、うちなる自分が嘆き悲しんでいるが、環奈はよく知っている。
この憎さは彼のことが大好きだから抱くことのできる感情であると。
だけど、自分の念願を叶えるためなら真凜と真っ向から対立して行かなければならなくなる。
そのことを考えると、気が滅入ってしまう。
「どうしたらいいんだろう……」
と言って落ち込んだ様子で机に突っ伏していると、玄関から音が聞こえてきた。
環奈は自分を支えてくれる存在が帰ってきたことに安堵のため息をついてから部屋を出た。
「お母さん……おかえり」
環の両手には美味しいデザートや高級ワインなどが入った紙袋が握り込まれていたが、自分の娘の顔を見るや否や手に力が入らなくなり、紙袋を落とした。
「ただい……どうしたの!?何かあった!?」
目を丸くして問う環はいそいそと靴を脱いで自分の愛娘の方へと近づいた。
「別に、な、何もなかったのよ……」
自信なさげに言う彼女を見て、環は鋭い眼光を向けて腕を組んだ。
派手なスーツを着ているが、その爆のつく胸は実に凶暴で環奈さえも視線が引き寄せられてしまう。
「環奈」
「は、はい!」
自分の母がなす大人しい雰囲気に圧倒されつい敬語で返してしまう環奈。
「この前も言ったでしょ?環奈は私の一人しかいない大切な娘って」
「……うん」
「何があったのか言ってごらんなさい」
「やっぱりわかっちゃうんだ」
「当たり前でしょ?ずっと一緒だったから」
格好良すぎる母の姿を見て、環奈は神崎環という女性が自分を産んでくれた母でよかったと改めて思うのだった。
環が部屋着に着替えてリビングのソファーにやってくると、環奈は今まで真凜と自分との間に何があったのか全部打ち明けた。
真凜と自分が同じ男を好きになったこと、そして今日、樹が真凜と関係を持ったこと。そして、真凜の態度も。
環はデザートとワインを堪能しつつ、自分の娘の話を聞き逃すことなく親身になって聞いてくれた。
「なるほどね……真凜ってそういう子だったのね……」
苦笑いを浮かべる環のリアクションを見て、環奈は俯いて微か頭を縦に振る。そして口を開いた。
「私……どうすればいいかわらかなくて……」
環奈がこういうことで悩む日が来るとは……と心の中で残念そうに呟く環。だが、悲しんでいる暇はない。
目の前で自分が産んだ娘が憂鬱な顔をしている。
「悩む必要、ないんじゃないの?」
「え?どういうこと?」
頭を上げてその透き通った青い目で母を見つめる環奈。
環もまた、青い目を環奈に向けて続ける。
「だって、あの子、樹と付き合ってるって一言も言ってないから」
「あ、確かに」
「真凜の性格からすると、もし付き合っているとしたら、真っ先に言うに決まってるじゃない」
「お、おお……」
母の洞察力に心の中で脱帽する環奈であった。そんな環奈に対してムンとでっかい胸を逸らしてからまた言う環。
「真凜も所詮子供よ。環奈よりもね」
「一歳年下ではあるけどね」
「ううん。それが言いたわけじゃないの。環奈の方が色んな面でずっと大人よ」
「……いや、私、あの子より恋愛経験ないし、性格だって」
「大人と子供の違いはね、単純に恋愛経験や性格や知識で決まるわけじゃないの」
いつも間にか真面目な顔で説く環の表情に環奈は見惚れてしまって、言葉が出ずにいた。
そんな自分の娘を見て、環は満面に笑みを浮かべてまた話す。
「だから環奈のしたいことをすればいいのよ。樹と結ばれるかどうかは環奈のやる気次第だけど、何かあったら私が全力でフォローするわ」
「お母さん……」
目を潤ませて自分の母を見つめる環奈の顔にはもはや悲しみは宿っていない。
環はというと、酒が回ったのか、頬を少し赤く染めてプンスカ怒り気味に口を開く。
「それにしても、樹って真凜にも手を出すなんて……本当にクズだわ!まあ、理由はなんとなくわかるけど」
「そうよ!本当にもう!私にキスしたくせに……」
「な!樹が環奈にキス!?あのガキが!まだ付き合ってもないのに私の娘になんてことを!」
「お、お母さん……落ち着いて」
「環奈!私が今度、樹を呼び出して思いっきり殴ってやるからね!子供の分際で……子供の分際で!!私の環奈を!」
息巻いて力説する環を見て環奈は、急にジト目を向けてきた。
「そういうお母さんも、樹と付き合ってもないのに、エッチしたじゃん」
「っ!ああ、お酒のせいで全然聞こえないな〜私、部屋戻る〜」
「お母さん……」
環奈は最初こそ、母に憧れの視線を向けていたが、今は「なんだこいつ」みたいな軽蔑が少し混じった眼差しを送っている。
でも、母のおかげで気分がスッキリしたのは事実。
やっぱり、あの姿こそが自分のお母さんなのだと思う。
美人で、大人で、優しくて、魅力的で、能力があって、ちょっとドジだけど頼りになる。
そして、
「お酒、めっちゃ強いくせに……」
ちょっぴり嘘つきでもある。
自分は真凜のような性格の女の子ではない。
いくら努力しても、真凜にはなり得ない。
でも、母のような大人にはなれるのではなかろうか。
ふと、そんな気がしてきた。
一つ確かなのは、
自分の意思は揺るがないこと。
近藤樹は絶対渡さない。
近藤樹、いつか殴る。
と、思っていると、ふと、さっき環が言ったことが脳裏を過った。
『それにしても、樹って真凜にも手を出すなんて……本当にクズだわ!まあ、理由はなんとなくわかるけど』
「なんとなくわかるって……あ」
環奈は口角を吊り上げた。だが、すぐに落ち込んだ表情をしてため息をつく。
追記
環奈ちゃんも負けちゃいられません
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