第37話 彼は魅力的だから

 俺は気を引き締めて環奈の指導に当たった。といっても、初日だから大したことはなかった。


「もう無理〜」

「お疲れさん」

「明日筋肉痛やばいかも……」

「最初のうちはみんなそんなもんだよ」


 環奈が仰向けになって、息を少し弾ませている。その姿を尻目にスポーツドリンクをちびちび飲んでいると、環奈が物欲しそうに俺を見つめてきた。


「飲む?」

「ふえっ!?い、いや、樹が飲んでるし……でも、私は気にしないけど……」

「ん?2個持って来てあるから、残りのやつを飲むかって聞いたんだけど」

「それを先に言いなさいよ……全く」


 俺はクスッと笑って余分のスポーツドリンクがあるタオルがおいてあるとこに手を伸ばしてみたが、


「え?ない?」


 環奈分も含めて2個持ってきたはずだが、いくら探しても残りの一個が見つからなかった。俺は気になり周りを見渡してみる。


 すると、器具の上で汗を流している環さんが実に美味しそうにスポーツドリンクをんくんくと勢いよく飲んでいた。


「あ、環さんが飲んでる」

「そう?」

「参ったな。自販機はジムの入り口付近にあるからな。まあ、行ってくるか」


 俺がこともなげに言うと、環奈が目をはたと見開いて待ったをかけた。


「樹!」

「ん?」

「樹の……飲んでいい?」

「ま、まあ……いいけど、大丈夫?」


 俺が若干動揺して問うと、横になった状態の環奈は顔を背けてボソッと言う。


「別に、でしょ?」


 今更か……


 一応環奈は経験がない高校生だから、ある程度気を使っているつもりだが、時々ああいう態度を見るたびに、その気遣いはのではないかと思えてくる。


 俺は自分の飲んだスポーツドリンクを環奈に差し出した。


 彼女は、少し悩んだものの、自分の口をつけて俺のスポーツドリンクを飲んだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」

「樹は運動しない?」

「これからするよ」


 今日は胸と腕の筋肉を鍛える日なので、俺は早速プッシュアップを開始した。


「すっごい……」


 どうやら環奈が何か呟いた気がするが、プッシュアップに集中しているのであまり聞こえない。


 軽くワンセットを終えた俺が、立ち上がると、女性数人が俺をチラチラみていた。


 そして、環奈はいつの間にやら座って、切ない表情で俺の体を穴が開くほど見つめてくる。


「環奈?どうした?」

「……」


 何かを我慢している表情。だけど、そこには悲壮感が漂っているようにも見えた。


 俺が視線で続きを促すと、環奈ではなく、ずっと向こうから運動していた環さんの間抜けた声が聞こえてくる。


「樹〜助けて〜」

「え?」


 環さんの方に目を向けたら、どうみてもナンパ目的の男一人が彼女にちょっかいを出していた。


「環奈、ちょっと行ってくる」

「う、うん。お願い!」


 俺が環さんのところへ行くと、彼女は早速俺の腕に抱きついてきた。


 汗をかいているせいで、環さんの肌と俺の肌が擦れるたびにベタベタとした感触が伝わってくる。そして極上の柔らかな感覚も。この刺激は初めてではない。飽きるほど味わったのだ。


「ちくしょ……恋人いたのかよ……」

 

 舌を打って、不満げに言うナンパ男を見て環さんは目で笑って、より自分の大きな胸を俺に押し付けた。


 俺もまた、あの男がこれ以上環さんに近づかないようにするために、睨みを効かせていると、とうとう諦めがついたのか、ナンパ男はこのジムを出る。


「大丈夫ですか?」

「うん!大丈夫よ。ありがとうね」

「感謝するなら、もうそろそろ腕、離しても……」

「ふん〜なんで?」

「人たちめっちゃ見てるから」

「見せてるのよ」


 と、環さんはもっと俺にくっついてきた。俺は困ったようにため息をつく。彼女はそんな俺のことが気に入らないのか、小悪魔っぽく言う。


「あら?この前は、もっとしたのに、腕組むのがだめなんて、可笑しな子ね」


 煽るような口調の環さんに俺はやれやれとばかりに返事をする。


「こうした方が、変な男寄り付かなくなりますからね。まあ、いいですけど。環さんが楽になれるなら」

「っ!」


 一瞬、電気が走ったように体をひくつかせた環さんは俺から顔を背けて、呟いた。


「全く……そういうところ……」


 環さんの汗の匂いが俺の鼻を刺激する。ベッドの上でも散々嗅いだ匂い。ふと、あの場面を思い出しそうになったが、環奈がそれを阻止する。


「二人ともくっつき過ぎる!」


 環奈は不安そうな表情を浮かべ、俺と環さんを交互に見ていた。


X X X


 あれから一頻り体を動かしてから、今日の筋トレは終了。シャワーを浴びてジムの入り口の前でぼーっとしてたら、制服に着替えた環奈がやってきた。


「待たせた?」

「ううん。俺もきたばっか」

「お母さんはもうちょっとかかりそう」

「そう?んじゃ、俺は行くわ。また学校でな」

 

 と、言って俺は歩こうとしたが、環奈は何か言いたいことでもあるらしく、俺の袖を掴んで止めた。


「ん?なに?」


 環奈はまた切ない表情をしている。まるで、自分の大事なものが奪われてしまうのではないのかと心配する子供のような顔。


 だが、やがて彼女は意を決したように、真面目な面持ちで口を開いた。


っていう子、知ってるよね」

「っ!」


 なに!?

 



 

追記


ジム編は次回か次々回で終わると思います!



 


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