第34話 彼は成長し、彼女らは恋に落ちる
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静川家
「今日は本当に楽しかったな」
「師匠なら毎日来ても大歓迎でございます!」
「毎日はちょっとな……」
「住めばいいです」
「いや、そっちの方がもっと大変だろ」
俺が少し引いた感じで答えるが、花音ちゃんの意思は揺るがない。
今日は花音ちゃんが作ってくれたご飯を食べて、くっついて一緒にゲームをした。
これこそ高校生らしいライフスタイルではなかろうか。
環さんと環奈と真凜との出来事で少し頭がごっちゃになりかけていたが、静川兄妹はそんな俺に安らぎを与えてくれたと思う。
二人とも行動が全然読めないのが玉に瑕だが、いずれにせよ啓介と花音ちゃんは俺の大事な友人だ。
だが、今日は啓介とはあんま遊べなかったな。
花音ちゃんとゲームする時もずっと本読んでたし。
玄関で靴を履き終えた俺は前で名残惜しそうに俺を見ている啓介に声をかける。
「啓介、ごめんな。今日は花音ちゃんとばかり遊んで」
「ううん。大丈夫……花音ちゃんと遊んであげるために来てくれたわけだし……」
「そうだな。時間あればまた来るよ」
「……」
俺は微笑んで彼に言ったが、啓介はずっと物言いたげな青い目で俺を見てくる。
ちょっと気になるので、口を開けて聞いてみる。
「どうかしたのか?」
俺が首を少し捻って返事を求めると、彼は頭を少し下げたのち、俺を直視する。
こうしてみると、啓介も相当なイケメンだな。
めっちゃ美形……
「あ、あの……一つ気になることがあって」
「ん?気になること?」
「うん……」
モジモジしている啓介に俺は視線で続きを促す。
「樹くんが僕達と筋トレをすると決めた理由が気になって……」
「理由ね……」
理由はとっくに言ったはずだ。
『俺たち、ずっとこの学校で腫れ物扱いされているから、夏休みの間、体鍛えてもっとマシな人生送ろうよ』
そう。マシな人生を送るために、俺は3人と体を鍛えると決めたのだ。別に気になる要素はないはずだが。
「その……本当にマシな人生を送るためだけに僕達を誘ったの?」
「まあ、そうだな」
俺がこともなげに返答すると、これまで遠慮がちな表情だった啓介が急にギロリとギロチン並みに鋭い眼光を俺に送る。
「本当に、それだけ?」
彼は俺の心を奥底を見透かしているとでも言いたげな声音で聞いてきた。
「そうだよ。だって、俺たち……っ!!」
啓介の視線は、俺の心のとある部分を抉り取るように痛い。
これは、過去の近藤樹の記憶ではない。
転生前の俺が抱えていた闇の一部だ。
長らく心の片隅に放置したままだから自然消滅したと思ったが、啓介の問いかけによって、思い知らさせた。
あの記憶は消えたわけではなく、チリが積もったから見えてないだけだった。
俺が暗い表情になると、啓介が申し訳なさそうに言う。
「樹くん……」
「あ、ああ」
「また来て。絶対」
「ああ。もちろんだ」
おそらくこれは啓介なりの気遣いだ。
だから俺は……
「そんじゃ……」
冷静を装う俺は逃げるように踵を返そうとした。
すると、花音ちゃんがドヤ顔を浮かべて言う。
「私たちはいつまでも師匠の味方です!」
青い髪に青い瞳。まるで人形のような花音ちゃんはとても明るく笑ってくれた。
なので、俺もとても明るい感じでサムズアップして返事をする。
「俺もお前たちの味方だ!」
俺の反応を見た二人は満足気にふむと頷いた。
それを確認した俺は啓介の家から出て自分の家へと向かう。
啓介、花音side
彼がいなくなった途端に啓介は何か思いついたらしく悲壮感漂う面持ちでとある部屋へと向かった。
その部屋は多くの本棚があり、数えきれないほどの書物があった。
そのほとんどは小説。
ライトノベル、ファンタジー、恋愛などなど、種類は多岐にわたる。
そしてこの書斎のテーブルの上には、古臭いノートパソコンが置いてあった。
啓介は椅子に座り、そのノートパソコンを立ち上げ、凄まじいスピードでタイピングをする。
そんな自分の兄の姿を自分が産んだ赤ちゃんを見つめるが如く愛を込めて見る花音。
彼女は啓介の隣にやってきたは、優しく問うてくる。
「お兄様、伝えなくてよかったのですか?ファンタジアの原作者だって……」
真面目な表情でファンタジアの続編の執筆に取り掛かる啓介は透き通る声で答えた。
「僕……今まで樹くんにずっと甘えてきた……樹のおかげでファンタジアの続編の執筆ができるようになったし、薬の量も減ったし、コミュ障も結構治った……今度は僕が恩返ししたい。もっと樹くんと仲良くなりたい。だから今はこのままがいい。続編が発売されるまでは……」
今の彼は、もはや引っ込み思案ではなく、一人の男だ。
そんな格好いい自分兄を見守る花音は涙を流した。
自分を守ってくれたことでひどいことをされ、ずっと家にこもって苦しい時を過ごしていた兄の姿は、もうないのだ。
細い指で目頭を拭う花音は口を開く。
「はい!私、お兄様を助けます!」
「ふふ……ありがとう。樹くんと仲良くして」
啓介は、自分の愛くるしい妹の頭に手をそっとのせてなでなでした。
何年ぶりに味わう手なのかと、花音は一瞬驚いたが、やがて嬉しそうに口を開く。
「はい!樹お兄様はとても素敵な方です!ですので、私、樹お兄様のおっしゃることなんでも聞きます」
「素晴らしい」
いつしか二人の目はすでに色褪せており、書斎はドス黒い雰囲気に包まれている。
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葉山家
環奈と別れてから一人でぶらぶら歩いていると、5回ほどナンパを受けたので、うんざりして真凜は家に帰った。
リビングに入ると、翔太が私服姿でソファに座り、携帯で誰かとやりとりをしていた。
「ああ、マジであいつ引くよな。空気読めなすぎて合コン台無になっただろ。ったく……あんなやつはボロクソ言って二度と参加できないようにした方がいいって!」
語気を荒げて話していた彼は真凜の存在に気がつくと、急に顔を引き攣らせる。
「悪い。後で掛け直す」
そう言って、翔太は電話を切った。そして期待に満ちた目を妹に向けて口をまた開く。
「真凜」
「ん?」
「今日、環奈と遊んだよな」
「うん」
「今日の環奈どんな感じだった?俺のこと意識したりとか」
「ん……環奈ちゃん、いつもとだいぶ違ったかもな〜」
「え?どう言うこと?やっぱり俺のこと意識してた?」
ソファーから立ち上がり、真凜に熱烈な視線を送る翔太。
そんな彼に真凜は艶かしい面持ちで答える。
「兄貴、詮索する男はモテないよ。ふふ」
真凜はなんの迷いもなく自分の部屋に向かう。
そんな彼女の後ろ姿を見て翔太は、微かに口角を吊り上げる。
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神崎家
マカロンのうまいカフェを出てから環奈は直帰した。途中、ナンパ男たちが絡んできたが、樹によって変えられた彼女は彼らを躊躇なく振り解いた。
そしてしばし移動して自分と自分の母である環が住んでいる家の中に入る。リビングに行くと、環がスポーツウェアを着て、ヨーガ番組を見ながら体を動かしていた。
「あら、環奈!お帰り」
「ただいま」
環奈は自分を産んだ環の体を観察するように見つめた。
紫色のレギンスによって強調される長い足のラインは実に美しく、足の付け根部分に目が引き寄せられてしまいそうだったが、辛うじて上の方に目を見やる。
すると、紫色のハーフトップを着ている上半身が目に入る。
自分のものより大きい二つのマシュマロはまるで存在感を誇示するようにデーンと揺れており、細い腰と白い肌からは色気が漂っているように映る。そして、自分より整った目鼻立ちは家族だとしてもつい見入ってしまいそうだ。
同じクラスで、自分とキスした樹は、目の前にいる自分の母と……
彼と関係を持った時の母はとても幸せそうにしていた。
だとしたら……
「っ!!」
「ん?どうしたの?」
「私……部屋いく」
環奈は自分の部屋に行くべく早足でリビングを出た。
その様子を色気のある表情で見つめる環は、やがてヨーガを再開する。
一方、部屋に戻った環奈はベッドに座った状態で樹に早速アインメッセージを送った。
『来週はジム行かない?』
いつ返ってくるかわからないもどかしさに苛まれていたが、案外、返事はすぐに返ってきた。
携帯が鳴ると、環奈は嬉しそうにメッセージを確認する。
『来週からは普通に行く』
安堵のため息をついた環奈は、その大きい胸を撫で下ろしてからメッセージをまた送る。
『じゃ、私も行く』
既読はすぐにつき、樹から返事がきた。
『いいよ』
学校じゃない場所で彼と一緒にいられる。もちろん母も来ると思うが、少なくとも真凜とではない。
そのことがもたらす安心感に環奈は思わず口の端を吊り上げる。
今の環奈は樹と付き合っているわけではないが、漲ってくる名状し難い感情は、真凜という女を徹底的に排除しなければならないと轟き叫んでいる。
一度も感じたことのないこの気持ち。
樹と出会ったから、樹が自分にいろんなことを教えてくれたから生まれた感情なのだろう。
彼が憎い。
彼は意地悪。
なんで私をこんなに困らせるの?
密かに心の中で呟いてみたが、それらを遥かに凌駕する気持ちが津波のように押し寄せて全てを破壊した。
そして、残るは
格好良すぎる近藤樹という男の姿。
優しくて、格好良すぎて、自分の母をも幸せにできるその器の大きさ。
そんな彼の色に染まれば一体どんな気持ちを感じることになるんだろう。
想像するだけでも武者震いが止まらない。
恋に邪魔はつきものだ。それが素敵な男とならばなおさら。
環奈は自分の胸を鷲掴みにしてみる。
だが、彼女の手は小さいので、収まりきれない。
しかし、樹ならできる。
すでに実証済みだ。
だとしたら、自分の溢れんばかりの心も、その立派な身体で受け止めてくれるのだろうか。
そう思いながら環奈はベッドに横たわる。
そしてその男の名を口にするのだ。
「樹……」
追記
暴走しちゃって約4000字書いちゃった!
昼休みなのにごめんよ!
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