第33話 馬鹿馬鹿しい話

X X X


静川家


啓介の部屋


「へっくち!」

「し、師匠!?風邪ですか?」


 俺の膝に座ってゲームをやっていた花音ちゃんが俺のくしゃみに敏感に反応した。


 エアコンをつけっぱなしで寝たわけでもないし、夏風邪にかかるようなことをした覚えはないが、くしゃみが出てしまったのだ。


 俺も花音ちゃんと一緒にRPGゲーム(ファンタジア)を楽しんでいる途中だったが、くしゃみのせいで俺と花音ちゃんのキャラはボスキャラにやられてしまった。


 コントローラを握っている手の力を緩めた俺は、花音ちゃんに向かって言う。


「平気平気。てか悪いな。ゲーム……台無しになって」

「いいえ。お気になさらず。ではやり直しを」

「あ、ああ、やるけど……ん……」

「どうかされましたか?」

「ううん。なんでもない」


 さっきも言ったように花音ちゃんは俺の膝に座っている。まだ成長してない身体から出てくるとてもいい匂いが鼻に届くたびに、俺は啓介の方をチラ見せざるをえなかった。


 啓介は……


 本が堆く積まれているベッドに座って俺たちのプレイをとても満足げに見ていた。


 表情明るすぎるだろ……


 どう反応すればいいんだろう……


 このまま、花音ちゃんとスキンシップをしながらゲームをすべきか。


 最初は下ろそうとしたけど、涙目で花音ちゃんが俺を見つめてきたから、結局この状況が続いているわけだが……


 こういう時は話題転換で気を紛らすに限る。


「あ、そういえば、このゲームってすごいよな」

「え?」


 俺はキャラを動かしながら花音ちゃんにこともなげに言う。


「ファンタジアって、小説が原作だろ?」

「は、はい」

「世界観とか設定とかあまりにもハイクォリティすぎて、小説とゲーム共にいまだに大人気じゃん。原作者すごいんだなって。啓介から勧められて、たまにやるけど、なんかプレーするたびにこの世界に引き込まれるんだよな」

「そ、そうでございますか?」

「ああ。本当すっごい」

「っ!!」

「?」


 花音は急に体を小刻みに震えさせ、コントローラを落とした。俺は気になり、彼女のうなじを見ていたが、俺に自分の顔を見せまいと、俯いたまま、俺の膝の上でモジモジしていた。


 なんぞやと、俺が後ろを振り向いて啓介の方に目を見やると、


 彼は


 鮮やかな青い目を大きく開けて、息を荒げ、手に持っている本を落としていた。


 な、


 なんだよ……


 ゲームを褒めただけなのに、どうして二人とも謎すぎる反応を見せるんだよ……

 

 前世での知識や経験を持ってしても、俺の頭じゃ静川兄妹は理解ができない。


 俺は小さくため息をついた。


X X X


カフェ


 環奈の発言によって二人の関係に亀裂が生じたようだ。


 真凜は幼馴染である環奈を睨んで返答する。


「へえ……まさか、同じ男を好きになるなんて」

「私も驚いたわ……樹と真凜が……」


 二人には躊躇う様子はなく、お互いを睨み合っている。


 マカロンと飲み物には口をつけておらず、しばしの間ピリピリした雰囲気が流れ込んでいた。


 この静寂を打ち破ったのは、挑発するような表情を浮かべる真凜だった。


「そう。が、家で私を襲ったの」

 

 と、言って口角を吊り上げる真凜の様子が気に入らないのか、環奈は頬を膨らませて返す。


「私だって、が学校で私にキスしたんだから!」


 環奈の猛抗議を受けても真凜は顔色一つ変えずに腕を組んで、口を開く。


「ふん〜これまでずっとそういうのに興味なさそうにしていたのに……むっつりスケベだったのね」

「ち、違うの!これまで本当に恋愛とかそういうのわからなかったから……」

 

 慌てふためく環奈を見て鼻で笑った真凜は容赦無く言葉をまた吐く。


「本当かな?樹っちをたぶらかしてキスをするように環奈ちゃんが仕向けたりして」

「っ!そ、そんなの……そんなの……」

 

 環奈は。だが、このままやられる環奈ではない。目力を込めて、真凜を指差して問うてきたのだ。


「そういう、真凜はどうなの!?樹を欲情させて、襲わせたでしょ?」

 

 だが、真凜は一切動じない。

 

 妖艶な笑みをこぼし、色気のある面持ちで答える。


「そう。私が。樹っちみたいないい男は滅多にいないから。環奈はどうなの?」

「っ!」


 環奈はびっくりした様子で上半身を少し仰け反らせたが、やがて意を決したような表情で立ち上がる。


「こんな馬鹿馬鹿しい話に付き合ってられないわ!帰る!」


 床をカツカツと鳴らせて早足で歩き去る環奈の後ろ姿を見て、真凜はストローに口をつけてちゅうちゅうする。ストローから口を離した瞬間、唾液が糸を引いて、真凜の顎のところに付着した。


 そして呟くのだ。


「もっと話してもいいのに……だって、私、超よゆーだもん」


 高校一年生の真凜の姿は、獲物を狙う蛇のように狡猾である。


 ついさっきまで中の良い幼馴染関係だった二人は、


 今や完全にである。





追記


今日は短めだけど、結構力入れたよっ


修羅場シーンを書くのって意外と体力使いますね


おそらく次回や次次回で土曜日編は終わると思います。


もっと色んな修羅場シーンを書くために、おいちいものをいっぱい食べて精神武装しておきます。

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