第32話 環奈と真凜
カフェに入った二人は飲み物とマカロン数個を注文して、それを受け取り席に座った。
環奈は長いスカートに夏用ニット。真凜はショートパンツにシャツ。
男心をくすぐるその身体と相まって、別に変わった服装をしているわけでもないの二人は異彩を放っている。
女子受けしてそうなこの店は主に若い女子で溢れかえっており、カップルできた人もいる。
スキンシップをしながら仲睦まじく食べているあるカップルを羨ましく見つめる環奈と真凜はそれぞれの意中の男を思い出してモジモジしながら視線を戻した。
「環奈ちゃん、気になる人とは順調?」
口の端を上げてイタズラっぽく質問する真凜だが、色気を帯びている。
「う、うん……結構進んでいるかな……」
恥ずかしそうに言う環奈は内心嬉しそうに頬を緩める。
その反応を見ていた真凜が興味深そうに息を漏らし、また言う。
「へえ、環奈ちゃんって何気にガード高いから心配してたのに、進んでいるか!なになに?連絡交換したり手握ったりして」
上半身を前のめり気味に乗り出して目を光らせる真凜。そのはずみにデーンと巨大なマシュマロが弾力よく揺れ動いた。
そんな自分の幼馴染の様子を見て環奈はさらに恥ずかしそうに肩をすくめては消え入りそうな声音で言う。
「キス……したの」
そして指を自分のほっぺたにそっと添える。
「え!?」
思わず美少女らしからぬ声を出す真凜は戦慄の表情を浮かべる。
「まだ付き合ってないよね?」
「う、うん……」
「ど、どんな流れで?」
真凜は少し興奮した様子で椅子に座り、息を弾ませながら聞いた。
「私が変な気分になって、色々聞いたから、その人に後ろから抱かれて……その……っ!」
「……」
環奈の顔を見た真凜は驚くしかなかった。
今までの環奈は恋愛とか男にあまり興味を示さない類の女の子だった。
それが、
今やキスされた場面を思い出して、完全に発情した女の顔を晒しているからだ。
自分の幼馴染のお姉ちゃんをこんなふうにさせたその男に心の中で敬意を表した真凜は、薄い小麦色の顔をほんのりピンク色に染めてから自分の話を始める。
「そっか……実はさ……私もすごいことあったんだよね……」
「え?真凜も!?」
「うん」
「どんな?」
今度は環奈が興味あり気に透き通った青い目を光らせ、真凜を捉える。
「兄貴が家に来なかったら、処女卒業しちゃったかも的な?」
「ええええええええ!?!?!?!?」
「ちょ!環奈ちゃん静かに!」
驚きのあまりに大声を出した環奈を落ち着かせるために、真凜は人差し指を自分の唇に当てる。
環奈は「あ、ごめん」と小声で言ってから溜まった息を色っぽく吐いた。そんな彼女の様子を確認して安堵のため息をついてから、さらに続ける真凜。
「いつも男と付き合うときさ、私が主導権握るけど、あの時は完全に私がやられたかな……っ!」
「すっごい……真凜を負かせるなんて、その人は本当にワイルドな人なのね」
「そう。樹っちはマジで最っ高……めっちゃイケメンだし、背も高いし、優しいし、筋肉もヤバいし……ああ……またあの硬い腕にロックされたらマジ理性ぶっ飛ぶかも……」
マカロンを食べることも忘れて真凜は熱い息を吐く。環奈は興奮状態で、真凜がどんなことをされたのか想像してみたが、やがて何か気になることでもあるらしく、目をはたと見開く。
「樹……」
「うん!名前は樹だよ!私より一つ年上で、えっと……この間プリクラ撮ったけど、雨降ったから送るの忘れちゃったよね〜今見せたげる♫」
まさか、そんなことは確率的にありえないと自分に言い聞かせる環奈を尻目に真凜はさも楽しそうに自分の携帯をいじっては一番よく撮れたものを表示させ、それを環奈の方に差し出した。
携帯に写っている仲睦まじい制服姿の二人の男女。
「なっ」
環奈は開いた口が塞がらなかった。
「めっちゃいい感じでしょ?高校生の男子はみんな子供っぽくて面白くないんだけど、樹っちはマジで別格!」
「……」
「ん?どうしたの?」
と言って真凜はニヤニヤしながら固まった環奈に視線で続きを促した。
環奈は頭をフル稼働させて考える。
この場を丸く収める方法を。
知らないフリをする?
正直に言う?
樹が真凜とそういう関係になれるように応援する?
数えきれないほどの考えが環奈を悩ませた。
仮に、この液晶に写っている男が樹じゃない自分の好きな男だとしたら、譲ったかもしれない。
だけど、真凜が樹と関係を持つことを想像すると、
巨のつく自分の胸が締め付けられるように痛い。
樹は教室で自分を思いっきり抱きしめて、一度も男に触られたことのない胸を揉みしだいた。
そして、自分のファーストキスも……
それ以上のことを他の女にもするのか。
樹とお母さんが関係を持っていることを知った時と比べ物にならないほどの胸の苦しみ。
自分は、妹のような存在である真凜に嫉妬をしているのか。
そういう女の見苦しい感情など縁のないものだとばかり思っていたけど、環奈は気づいているのだ。
いや、環奈の女としての本能が気づかせてあげたと言ったほう正しいかも知れない。
樹は絶対譲らないという自分の気持ち。
真凜が言ったように、彼はイケメンだし、背も高いし、優しいし、筋肉もヤバい男だ。だが、それだけじゃない。
彼は自分を助けてくれた男だ。
彼は……自分を変えた男だ。
なのに、他の女にやれと?
相変わらず自分を見つめてくる真凜のエメラルド色の瞳を見ていたら、ふとあるセリフが幻聴のように聞こえた。
『仮に、彼女いたとしても、その男に想いを寄せる女の子がいっぱいいたとしても……奪えば済む話じゃん』
この前、パフェ屋で真凜が自分い言った言葉。
奪えば済む話。
奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。奪えば済む話。
なぜ自分は真凜に気を遣おうとしたのだろう。
昔からずっと仲良くしていた女の子だから?
いや、もうそんなことをする必要はない。
なぜなら、
樹が道標となる答えをくれたのだ。
自分の唇を奪ったその男が。
『別に、環奈と葉山は付き合ってるわけでもないし、家族でもないだろ?赤の他人だから、そいつが何をしようが別に環奈がそれを重荷に感じる必要はないと思うよ』
あの時は自分と翔太の関係性について樹が指摘してくれたが、これは自分と真凜に置き換えることのできる論理である。
だから……
環奈は言うのだ。
「私、この樹とキスしたの」
「え?」
「近藤樹。私のクラスメイトで、私の隣席だから」
青い炎を燃え盛らせる瞳には戸惑っている真凜の姿が綺麗に写っていた。しかし、真凜の顔は
徐々に
徐々に
形を変え始める。
細められたエメラルド色の目から発せられる眼光は実に鋭く、赤い炎がメラメラと燃えたぎるようであった。
追記
oh……
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