第31話 静川兄妹と迫り来る脅威
環奈のファーストキスを奪ってから数日がたち、土曜日となった。
俺たちは互いをもっと意識するようになった。学校での俺たちはいつものように話し合ったり、時には冗談を混ぜつつ笑い合ったりしたが、時々見せる環奈の蠱惑的な表情を見るたびに俺の心は彼女に引き寄せられていた。
このまま環奈と関係を持つとしても全然おかしくない状況だけど、環さんの警告もあるし、それに俺と環奈は同じクラスだ。
閉鎖された環境で昔のように快楽に耽ることを目的とした行為は避けるべきである。
なので、俺はジム行くのはしばらくやめて家で筋トレをしていた。
数えきれないほどの考えが俺を悩ませているが、今日はそんなことは心の片隅に置いといて、俺の親友・啓介と愛弟子である花音ちゃんと一緒に時間を過ごすために俺は彼らの住むタワーマンションのエントランス前へとやってきた。
時間は昼下がり。
花音ちゃんが俺のためにご飯を作ってくれるらしく、お腹は結構空いている。
「すごい……啓介の家ってお金持ちだったんだな」
と、俺が口を半開きにして突っ立っていると、見慣れた青い髪の男の子がやってきた。
俺は彼を見て頬を緩め手を振りながら歩き、挨拶をした。
「あ、こんにちは!啓介」
するとVネックTシャツにカーデガンを羽織り、スリムピットジーンズを履いてる啓介が口をもにゅらせながら答える。
「こんにちは。そ、その……きてくれて……ありがとう……」
相変わらずぎこちない話し方ではあるが、昔のこいつのことを考えると本当に明るくなったと思う。
ふと過去の思い出が蘇る。
過去の近藤樹と学がデブで不細工のガリ勉だった頃。学校の男女たちに白い目で見られながら登校していた時だった。
女の子のように長い髪が印象的な制服姿の男の子が正門の近くにいる並木に隠れて体をブルブル震えさせていた。
背は学みたいに小さいわけではないが、まるで濡れそぼった子猫を彷彿とさせるその可憐な姿に昔の近藤樹は気になり、無言のまま彼に近づいた。
『どうした?』
『っ!!!』
近藤樹と学の顔を見て啓介は跳ねるように体をひくつかせる。
『ごめん、驚かせるつもりはない。ただ、ちょっと気になってね』
『……』
昔の近藤樹はおそらく彼を見抜いていたと思う。
人々から嫌われていた弱い自分だからそこ、同じ雰囲気を放つ弱い存在に寄り添うことができたのだ。
『学校怖い?』
キモデブの近藤樹は啓介に優しい表情で訊ねた。
すると、啓介は答えてくれた。
『怖い……視線……反応……暴力……孤立』
涙ぐんで俯きながらそう呟く彼の言葉を当時の近藤樹は深く理解していなかった。
だが、
近藤樹は動いたのだ。
その豚足のような手を彼の華奢な肩にのせ、片方の手でサムズアップして、口を開いた。
『だったらさ、昼休みに俺たちと一緒にご飯食べよう!誰も来ない穴場知ってるからな!』
『え?』
『おい樹よ、お前最高に輝いて最高に格好悪いぞ』
ガリ勉の学が俺のお腹を突いて突っ込んできた。なので俺は苦笑いを浮かべ、学に弁明するように言う。
『やっぱりこういうセリフはいけすかないクソイケメンがするに限るのか……世の中のイケメン、死ね』
自虐混じりに笑っていると、学はクスッと笑って啓介に言う。
『一人だと確かに心細いが、3人一緒なら大丈夫だと思うよ。三位一体という言葉あるだろ?ギャルゲーのヒロインも3人の方がバランス取れたストーリー展開になるケース多いし、まあいいんじゃないか?』
『学……論理がおかしいだろ……』
近藤樹が学にジト目を向けたのち、啓介に苦笑いを浮かべて話す。
『見ての通り難ありの人しかいないけど、別に強要はしないよ。どうする?』
問われた啓介の表情は今も忘れられない。
ついさっきまで恐怖に怯えれいた彼は、
風によって上げられた前髪から覗くその宝石のような青い目を俺に向け、興味津々な表情で答える。
『食べる……』
あれ以来、啓介と連むようになった。
また不登校になったことはもちろんあったが、昔の近藤樹は啓介を自分の家族みたいに接してきた甲斐もあって、ちゃんと学校に通うようになった。
俺が感慨深げにため息をついていると、過去の思い出は徐々霞んでいき、目の前には啓介が困り顔で俺をチラチラ見ていた。
「あ、あの……」
「ん?」
「ここでご飯食べたい?」
俺は今、エントランスの入り口の前に立っている。おそらく、俺がここから動こうとしてなかったから、気を使っていたのだろう。
「ううん。啓介の家で食べる。ここ暑いしな」
「一緒に行こう……」
俺と啓介は中に入った。
彼が玄関ドアを開けて手招くと、俺はふむと頷いて家の中へと足を踏み入れる。謎に包まれた静川家の秘密が明るみに出る瞬間である。
靴を脱いだら奥の方から誰か走ってくる音が聞こえた。
やがて姿を現すかわいい小動物のような存在。
啓介と似たサラサラした青い髪に幼さがうかがえる顔。私服姿だけど、エプロンをかけており、どうやら料理の途中のようだ。
全体的に見て本当に美少女だ。まだ成長してないけど、将来が期待できる外見である。
だけど、一つ気になるところがある。
目。
色褪せた青い目で俺を捉えては、フライ返しを握っている手を震えさせてる。
「師匠……」
「ん?」
「師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠……」
「花音ちゃん……どうした?」
急に師匠という単語を連発しては、身震いする花音ちゃん。やがて、あの子は、急に俺に飛びつこうとする。
「しいいいしょおおおおおおお!!!」
と、叫んで俺に突進してくる花音ちゃんは、
転んだ
「ぶっ!!!」
謎の音を出して俺の前に倒れた花音ちゃんが心配で声をかけてみた。
「か、花音ちゃん……大丈夫か?」
俺の声に反応したのか、花音ちゃんは倒れたまま、這い寄って俺の足に縋りついた。
「お、おい……」
彼女は自分の頬を俺の足に擦り付けては、怪しい笑い声をこぼす。
「ふふ、うふふふふ……」
なんだか花音ちゃんからドス黒い何かが出ていくような幻覚が……
俺は彼女のお兄さんである啓介に視線を送った。
すると、啓介は、
すごく感動した様子で目をキラキラさせて俺たちの絡みを実に幸せそうに見ている。
「花音が……こんなに喜ぶなんて……」
「これ喜んでんの!?」
X X X
「な、なにこれ……めっちゃ美味しい」
「いっぱい召し上がってください!師匠!」
正気を取り戻した花音ちゃんは腕によりをかけて素晴らしい料理の数々を作ってくれた。
卵焼き、ごぼうの和え物、もやしナムル、糖度抑えめの鶏モモの照り焼き、などなど。全部俺の大好物である。さっぱりとした味付けは、お母さんを彷彿とさせており、バランスの取れたメニューは筋トレにも向いている。
気がつくと、花音ちゃんが用意してくれた料理は無くなっていた。
「ご馳走様……」
「お粗末様でした」
「本当に美味かった」
「ちゃんとおふくろの味、感じましたか?」
「あ、ああ。メニューの選択といい、味といい、全部俺好みで母さんの味に似てた」
「ふふふ……そうでしょうね」
エプロン姿で意味深な笑いを浮かべる花音ちゃん。
俺がキョトンと首を捻ったら、彼女は自分の兄に向かって口角を釣り上げた。すると、啓介もまた、花音ちゃんに向かって口角を吊り上げる。
な、なんだよ……
なんかこの兄妹、ちょっと怖くなっちゃったけど……
俺が困り顔で謎すぎる表情を向けてくる二人を戦慄の面持ちで見ていると、花音が何か思いついたらしく、口を開く。
「あ、お兄様!お薬の時間です!」
「そ、そうだ」
と、花音ちゃんは、薬を取ってきては、テーブルに並べる。
確か、この前の焼肉パーティーの時に啓介の両親から緊張を緩和するための薬を飲んでいるという話を聞いたが、結構な数だな。
「薬の数……多い……」
俺は無意識のうちに自分の考えを口に出してしまった。
啓介は繊細な子だ。
謝った方がいいのだろうか。
と、考えた俺は口を開こうとしたが、啓介の言葉が遮る。
「樹くんと会ってから、症状が良くなって……薬の量減らした……」
照れくさそうに言う啓介をフォローするため、花音ちゃんがにっこり笑って俺に言う。
「昔はこれの3倍でしたけど、今は……本当によかったです」
花音ちゃんは笑顔だが、潤んだ目は光り輝いていた。
今だに謎の多い二人だが、こんな姿を俺に見せてくれているということは、信頼されている証だろう。
だから俺も二人の信頼に応えなければならない。
「これからも良くなるさ!」
俺はサムズアップして、二人にドヤ顔を見せた。
すると二人は互いを見つめ合ってから俺に顔を向けて明るく返事をする。
「はい!」
「うん!」
X X X
同じ時間
商店街
「オムライス、超美味しかった〜」
「そうね。でも、こんなにいっぱい食べたのに、マカロンまで食べると、太らないかしら……」
「ほお、環奈ちゃんはあの男に太った自分を見せるのが嫌なんだね」
「そ、そんなことは……そんな……うう」
「なにそのリアクション!?マジで恋する乙女すぎてヤバいんだけど?」
「や、やめてよ……こんなところで……」
「そうね。カフェでじっくりねっとりいっぱい話そうね。ひひ」
男の視線を一瞬にして集めるほどの美しい女の子二人。
肉食系を思わせる顔と表情が印象的な金髪美少女・葉山真凜。
顔は清純派だが、年相応ではない身体を持っている黒髪美少女・神崎環奈。
オムライス屋で昼食を済ませた二人はマカロンがうまいことで有名なカフェへと向かっている。
追記
啓介は実際に今まで見て来た人を結構参考にして作り上げたキャラです。
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