第27話 旅立つ鳥のように
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放課後のカフェ近辺
環奈と翔太は学校が終わった途端に駅前のカフェへと向かった。翔太は鼻の下を伸ばして通りゆく学生や外回りの会社員らに自慢げな顔を見せた。まるで隣を歩く環奈が自分の彼女であるかのように。
だが、その度に環奈は翔太と微かに距離を取っては何食わぬ顔で優雅に歩く。
人たちで溢れかえる駅前のカフェに到着した二人は注文を済ませる。翔太が環奈の分のドリンク代を払おうとしたが、環奈が丁重に断る。
そして二人は各々の飲み物を持って空いている席に腰掛けた。
「それにしても、久々だな。こうやって二人きりでどっか出かけるの」
「そうね……」
翔太は在りし日に思いを馳せるように明後日の方を見てはストローをちゅうちゅうする。
環奈はというと、ドリンクを飲まずに、重い表情で周りの人たちに目を見やる。彼女の視線の先にいるのは、カップルたち。
仲睦まじく話す姿を見るたびに、環奈は握り拳を作る手により一層力を込める。
「夏休みん時、俺が風邪引かなかったらもっと楽しい思い出いっぱい作れたはずなんだけどな。残念だった」
「……」
そう言って翔太は環奈の胸をチラチラ見ながらまた自分のドリンクを飲む。
もちろん、勘が鋭い環奈は翔太の些細な行動を的確に捉えていた。
彼女は肩をすくめてから、重いため息を一つ吐き、真面目な表情で話し始める。
「そんなのはどうでもいいの。単刀直入にいうね」
「ん?」
「樹たちに謝って」
氷の女王ばりに冷たい眼差しを彼に送る環奈。だが、彼はどうやら環奈の気持ちを察することができないようだ。
「はあ?俺が?なんで?」
彼の図々しい表情に頭痛でもするのか、環奈は頭を抑えて息を吐いた。
「ひどい事言ったでしょ?」
「いや、ひどいことを言った覚えはないけど?現実を教えてやっただけさ」
「現実?」
「ああ。奴らはカスト最下位のクソ野郎どもだからこんぐらい言っとかないとあとで面倒臭いことになってしまう。この際だから言うけど、いくら可哀想だからと言って、構ってあげたら絶対調子に乗るぞ。もし、あいつらの中で勘違いしている子がいれば、俺がお灸を据えてやらないといけなくなるから、あまり面倒ごと増やすな」
「……」
環奈はフッと鼻で笑った。
今までずっと引きずってきたこの関係を清算する時が来たと彼の言葉を聞いて確信したからである。
「もうそんなことやめてくれる?」
「は?」
「翔太って私のなんなの?」
「そ、それは……ほら、俺たち仲良い幼馴染だろ?」
「幼馴染なら、何やっても許されると思うの?」
「い、いや……それは……」
急に攻められて戸惑う翔太。そんな彼に環奈は畳み掛けるように言い続ける。
「私ね、これまで一度も彼氏が出来たことがないの。私のことが好きですと告白してきた男はいっぱいいたけど、その度に翔太がその男たちを追っ払って、もっといい男がいるからやめた方がいいって言ってたよね?」
「あ、ああ……俺はいつも環奈の事を思って……」
「私、今まで恋愛に興味なかったから、翔太の言うこと聞いて今まで過ごしてきたの。でもさ……」
一旦話を切って息を整える環奈。だけど、心の中では今まで我慢していた気持ちが爆発寸前である。
環奈は立ち上がり、はたと目を見開いてありったけの声で叫ぶ。
「翔太のそんな態度、本当に嫌い!!!」
甲高い声が店内に広がり、二人は注目の的となった。
だが、環奈は気にせず続ける。
「私の彼氏でもないのに、そんなこと迷惑以外のなにものでもないわ!」
「い、いや……俺は環奈を守ろうと思って……」
「翔太がそんなんだから私はずっと鳥籠の中の鳥だったの!」
「っ!」
「私も男子と一緒にご飯食べたり、いっぱい話したいから、もう二度とそんなことしないで!」
「俺がいなければ変な男……」
「仮に変な男が話かけてきたら、ちゃんと断るし、もし私の手に負えない相手なら、私を守ってくれる人を自分で探すわ。だから、私に与えられた機会を奪わないで」
「……」
堂々している環奈に煙に巻かれた翔太は口を半開きにしたまま、何も答えない。けど、未練がましく必死に思考を巡らして絞り出すように言葉を言う。
「お、俺が……俺が守ればいいだろ?俺と話せばいいだろ?」
卑屈な面持ちで環奈に話す翔太。
彼女は首を左右に振って、鞄を持って小さく言う。
「樹と静川さんと細川さんに頭を下げて謝罪しないなら、二度と私に話かけて来ないで。あんなに頑張っている人を虐めるなんて本当最悪」
環奈はなんの躊躇いなくこの駅前のカフェを出て、早速家へと向かった。
彼は環奈が降りた階段を名残惜しそうにしばし見つめては、再び視線をテーブルの方にやった。
そこには一度も口をつけていない環奈のドリンクが置かれている。
「どうせ環奈は俺に助けを求めるさ……あんなカスト最下位の連中ってきっと調子こいて環奈に嫌われるだろ……」
客や店員から哀れみの視線を受けることなんか気にせず、翔太は、自分の飲み物を全部飲む。
ほくそ笑む翔太は、環奈の飲み物にも手を出そうとした。
その瞬間
今まで二人の会話を聞いていた店員さんがやってくる。
「お飲み物、お下げしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい」
「かしこまりました!」
店員はあんなキツいことを言った相手の飲み物は下げた方がいいと判断したので、話をかけたが、翔太は流れで「はい」と答えたのだ。
テーブルの上には空っぽになったコップが一つ。
そして、
徐々に浮かんでくるあの男の顔。
「キモデブ風情が……」
顰めっ面でまた独り言を言う。
「しばらくは静観するか……あんなキモデブと関われば関わるほど嫌になるに決まってるから……」
彼は口角を微かに吊り上げた。
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環奈の部屋
夜
翔太とのやりとりを思い出すだけでも、高揚感が高まる。
環奈は今まで自分を束縛していた足枷が外された気分を味わっている。
今まで翔太の幼馴染というスタンスで生きていた。自分の体を貪ろうとする時を除けば、環奈は彼のやり方や態度を尊重してあげた。
だけど、今日は全てが変わった日だ。
自分の自我を形成する要素の一つがなくなったのだ。
もちろん、翔太が自分の罪を悔い改めて、樹たちを認めるのであれば、普通に接することはできる。
だが、
環奈の心は既にぽっかり穴が空いてしまっている。
その穴を埋めるべく、環奈はある男を思い浮かべることにした。
高い背、筋肉、ハンサムな顔、そして優しい性格。
そして……
『学と啓介にまたあんなこと言ったら、次は絶対容赦しねーから』
「っ!」
彼が今日翔太に向けて発した言葉を思い出すたびに、指先が痺れて、身体が震える。
大切な存在を守るために、自分を虐めてきた存在に対しても躊躇せず警告するそのカリスマ。
あまりにも格好良すぎて、つい、変な事を考えてしまう環奈である。
もし、あの素敵な身体で自分を守ってくれるとしたら……
ナンパ男から助けてくれたあの樹が、今度は特別な関係になって自分を守ってくれる。
環奈の頭に刻まれた樹の音声が勝手に脳内変換される。
『俺の環奈にまたあんなこと言ったら、次は絶対容赦しねーから』
「っ!!!!!!!!!!!」
想像するだけでもぞくぞくする。
誰彼構わずただ排除するためだけの守りではなく、自分を危機から救ってくれる本当の意味での守り。
だけど、自分は女だ。
守られたからには、それ相応の見返りを彼に与えなければならない。
「ありがとう」という言葉では物足りない。
もっと、樹が喜びそうなご褒美を与える必要がある。それはなんなのか。
「っ!わ、私ったら……何を……」
いくら否定しようとしても、身体は正直である。
彼女の頭を痺れさせていた電気は、徐々に……徐々に……お腹へと移動する。
環奈はもう一度、彼の名を口にした。
「樹……」
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樹が去ったラブホテルに一人取り残された環は目をパチパチさせて樹と初めて関係を持った時、彼が発した言葉を思い出す。
『童貞、卒業させてくれてありがとうございます。環さん』
「本当に、童貞だったの!?」
彼女は体を小刻みに震えさせ、げんなりしながら口を開く。
「恐ろしい子……」
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