第26話 変わる認識は、何をもたらすのだろうか

 ボディーラインを強調する薄い紫色のレギンスに、爆のつく胸を覆い隠す同じ色のハーフトップ。特にレギンスはがくっきりと見えることから、それを隠すために短いズボンを履いている。


 本当にこうして近いところから見ても20代半ばにしか見えないんだよね……


 と、俺が関心していると、環さんが返事をしない俺が気になるのか、「ん?」と小首をかしげる。このままだと怪しまれるから気を取り直して答えよう。


「はい。環奈は来てませんよ」

「ふん……」


 俺の返事に環さんは顎に手をやり、思案顔で何かを考える。


「私の娘と何かあった?」

「い、いいえ……特に何も」

 

 そう。別に俺は環奈と争ったわけじゃない。どっちかというと葉山だ。だけど、俺は環さんと目を合わせることはできなかった。そんな俺の姿を彼女が見逃すわけがない。


「本当に?」

「っ!」


 いつの間にやら彼女は至近距離で俺を上目遣いして試すような視線を向けてきた。彼女の紫のスポーツウェアと白い肌はよく調和してなんとも言えない雰囲気を醸し出している。


 俺が戸惑っていることを的確に把握しているようだ。


 そんな環さんはスッと数歩後ろに下がって、軽く笑う。


 これは……俺の負けだな。


 俺が諦念めいた表情でため息を吐くと、環さんはでっかい胸をむんと反らし、勝ち誇ったように言う。


「樹くんは子供っぽいところを見せた方がいいと思うわ。悪い子は今どき需要ないわよ」


 ったく……この人、調子に乗ってんな。マウント取りたがっていることがよくわかる。


 俺はいい気になっている環さんに向かって言う。


「環奈に俺たちがエッチしたこと言いましたよね」

「っ!!!」

「悪い親は子に好かれませんよ」


 俺はほくそ笑んで困っている環さんに試すような視線を送り返す。


「そ、それは……環奈が問い詰めてくるものだから……」

「へえ、それでも普通、そんなこと言わないでしょ?」

「……」


 葉山の件もあって、今日の俺は少し小悪魔っぽい。この心のモヤを晴らすために、俺は前より環さんを責めている。


 環さんはというと、とても悔しそうに目力を込めて俺を睨んできた。頬を膨らませているけど、鮮やかすぎる青い瞳はどこまでも澄み渡っていて、つい、環奈のことを思い出してしまいそうだ。

 

「葉山翔太」

「っ!」


 予期せぬ名前が出たことで、俺は目を丸くし、唇を噛み締める。そして、走馬灯のように流れる食堂での出来事。


「やっぱりね」

「……」


 つい先ほどまで、困り顔だった彼女は今度は俺のことを見透かしていると言わんばかりの表情を浮かべている。


 親娘揃って勘が良すぎる。


 彼女は難しい顔をしている俺に対して妖艶な顔を作り、腕を組んでツヤのある唇を動かした。


「場所……変えましょう」

(勝った!と心の中で叫ぶ神崎環)


X X X


ラブホテル


「またこんっな……あり得っない……」


 勝った……


 まさしく俺の完全勝利。


 ジムのマドンナは完膚なきまでに俺にやられた。


 彼女は全裸のままベッドの上で全身を小刻みに震えさせて熱い息を吐いている。そんな環さんを尻目に俺はベッドに座った状態で、黙考した。


 環さんと関係を持ったのはこれで2回目になる。彼女は環奈の母だ。だからこんなのはやっちゃダメだという認識はあったが、葉山というキーワードが出た途端に思考が止まってしまった。


 このヤキモキする気持ちをなんとかなくすために行為はとても激しかったが、冷静になって考えてみたら、俺が環さんに勝ったというのは俺にとってなんの意味もなさない虚しいことであることがよくわかった。


 余韻に浸かっている環さんが出す声を聞く事数分。

 

 俺は物憂げな顔で深々とため息をついた。俺の位置からは環さんの様子は後ろを振り向かない限り確認できないが、俺の吐いた息で彼女は俺の心情を察してくれたらしい。


「そういえば、樹くんって、環奈と翔太と同じクラスよね?」


 いつの間にやら平静を取り戻した環さんが問うてきた。


「は、はい……」

「三角関係ね」

「い、いや……それは多分違うと思います」

「違うの?」

「はい」

「ん……じゃ樹くんは、環奈のことどう思ってるの?」

「環奈……ですか……」


 俺は答えあぐねた。


 俺と環奈の関係性をどう表現したらいいのか、思い悩んでいたが、環さんは途中で言葉を挟むことなく、俺を待ってくれた。


 なので、俺は重い口を開けて言葉を紡ぐ。


「最初は、なるべく関わらないようにしていたけど、環奈を助けてからは、よく絡むようになって……でもどう思うのかと聞かれたら、よくわかりません……」

「へえ、なんで娘と関わらないようにしていたの?」


 環さんは興味ありげな声音で訊ねてきた。


 彼女は転生前の俺と過去の近藤樹と今の俺に関わる極めてセンシティブな質問を投げかけたのだ。正直、あまり言いたくはないが、不思議と俺の口は動いた。


「実は俺、夏休み始まる前までずっとキモデブでいじめられっ子でしたよ。あ、もちろん、環奈は俺をいじめたりはしてません」

「キモデブ!?」


 予想外の単語が出たことで、ちょっと驚いた声音で聞き返す環さん。おそらく今の俺の体からは想像もつかない姿だろう。


 俺は自嘲気味に笑って続ける。


「だから、このままやられっぱなしなのは嫌だなって思って、俺と似たような感じの仲良い友達二人と死に物狂いで身体鍛えてこんな風になったんですよね……」

「嘘……」

「嘘じゃないですよ。本当です」


 まあ、信じられないのもある意味当然だ。色んな意味でね。


 しばし沈黙が訪れた。

 

 だけど、そうは長く続かない。


「嫉妬かしら」

「嫉妬?……っ!」


 環さんはいつの間にか俺の隣に来ていた。バスローブを羽織っているが、その魅力的な体に俺は少し動揺してしまう。だが、彼女はそんな俺の気持ちなんぞ露知らず、また問うてきた。


「ねえ、翔太と何があったの?」

 

 柔らかくて肩まで届く黒髪に整った目鼻立ち、そして綺麗な青い瞳は的確に俺を捉える。だけど、やがてちょっと申し訳なさそうに少し目を細め、優しい口調で言う。


「別に言いたくなければ言わなくていいの」

「い、いいえ……そんな大した話じゃないんで……環奈と環奈の友達二人、俺と俺の友達二人で飯食ってたんですけど、葉山が来て俺の友達に……あんな事を……」


『くっさいキモデブ、ブッサイクのガリ勉、ろくに人と話もできないクソコミュ障風情があまり出しゃばるんじゃねーよ』


 俺は顔を引き攣らせて握り拳を作った。


 あの言葉を思い出すだけでも、本当にどうにかなってしまいそうだ。学は勉強のできるイケメンになったし、啓介はちゃんと自分の意見を言えるようになった。


 もう彼らは脱皮して蝶になったのだ。


 俺が悔しそうにしていると、環さん感心したように口を開く。


「……」

「私、樹のこと悪い子だなと思っていたけど……優しい子だったのね」

「俺が……優しい……」


 確か、今日の学と啓介も似たようなことを言った気がする。昔の近藤樹ならともかく、今の俺も優しいなんて……


 俺が口を少し開けて呆気に取られていると、環さんはちょっと小悪魔っぽく俺の脇を突いて言う。


「でも、ちょっと意地悪な子」

「それ矛盾してませんか」

「ふふ、いいの。あ、それよりちょっと確認したいことがあるけど」

「なんでしょうか」


「樹って、クラスでいじめられてたよね?」

「……はい」


「樹をいじめた人の中には含まれているの?」


 環さんは真面目な顔で俺に問うてきた。嘘をついたら許さないぞという雰囲気を漂わせる大人の顔。


 なので、俺は無言のまま頷いた。


 すると、環さんは意味ありげに天井を見上げて口を開く。


「ふん〜あの子ってだったのね」


 

X X X


神崎家


神崎環奈side


 寝巻きに着替えた環奈は自分の部屋のベッドに横渡っている。照明はついておらず、月明かりだけが彼女の青い瞳と透き通るような白い肌を照らしていた。


 そして、切なそうに小声で呟くのだ。


「樹……」


 ぽっかり穴が空いてしまったような自分の心を慰めるように、巨のつく胸に手をそっとのせる。


 沈み込む自分の細い指を眺めながら彼女は放課後、翔太と何があったのか思い返してみては、


 


 その笑顔はさながら新しい旅に胸躍らせる冒険者のようだ。




追記


 次回はとても重要なエピソードです。


 だから絶対見てね(チラッ)


 期待してもいいですよ


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