第25話 衝突

 葉山と彼の友達二人の登場によって、穏やかな空気が一瞬にして凍りついた。


 学と啓介は結構驚いたらしく、弁当を食べることも忘れて、俺の方に体を寄せる。


 俺は葉山の方を見て眉根をへの字にしてから問い返した。


「調子に乗ってるってどういう意味だ?」

「そのまんまの意味だよ。お前、最近ちょっと痩せたからといって、好き勝手やってるみたいだけど、だよな」


 葉山がそう言って俺を見下していると、隣のゴリラっぽいやつもそれに倣い腕を組んで俺を睨んできた。残りの一人は、遠慮がちな表情で視線を泳がせている。以前俺と一緒に日直の仕事をやった子だ。


「翔太……やっぱりここ人多いからやめろって……」

「真斗、お前はすっ込んでろ!」

「……」


 俺と一緒に日直の仕事をした男・真斗はにっちもさっちも行かない顔で環奈たちと葉山たちの顔色を窺う。


 葉山の横暴な態度に環奈と三上、立崎は葉山を睥睨した。だが、葉山は女子3人には興味を示さず、怯えている学と啓介を見てほくそ笑んでから言葉を投げた。




「くっさいキモデブ、ブッサイクのガリ勉、ろくに人と話もできないクソコミュ障風情があまり出しゃばるんじゃねーよ」




 俺の頭で何かが切れるような気がした。


 別に俺に対しては悪口を言っても構わない。


 けど、今まで俺を信じてついてきてくれた学と啓介にあんな酷いことを言うなんて……


 許さない……


 いくら環奈の幼馴染だとしても、許さない。


 あいつは超えてはならない線を超えてしまったのだ。

 

 怒りが込み上げてくるのを感じながら俺は立ちあがろうとした。


 その瞬間、


 大人しい感じの立崎が口を開く。


「そんなところが気持ち悪いのよ。葉山さん」

「はあ?」

「私たちは近藤さんたちに色々話したいことがあるからこうやってご飯を食べているの。なのに人を傷つける事だけを目的とした言葉を言うなんて、本当に馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しい?ふざけんな!お前らだって、昔はこいつらに軽蔑の視線送りまくって馬鹿にしたくせに何言ってんだ?図々しいと思わねーのかよ!」


 葉山は息巻いて興奮気味に言った。隣にいるゴリラっぽいやつはよく言ったと言わんばかりに頷く。


 そこへ、三上がフォローを入れる。


「私たちは確かに昔の近藤くんには酷いこと言ったけど、今はちゃんと謝ってこうやって仲良くしてるの!」

「……」

「そういう葉山くんはどうなの?近藤くんどっか行ったら友達と悪口めっちゃ言うし、近藤くんに謝りたいと思っている人って結構いるのに、葉山くんが雰囲気全部壊すじゃん!環奈がやめろって言っても全然言うこと聞かないし!」


 三上の言葉を聞いて俺は少し驚いた。


 俺に謝りたいと思ってる人っているの?


 それよりクラスでずっと俺の悪口を言ってたのか。本当、ムカつくやつだ。


 啓介は相変わらず、俺にくっついたままブルブルと震えている。彼はこういったシチュエーションが苦手なやつだ。


 学はというと、恐怖に怯えている様子ではあるが、三上と立崎の雄弁っぷりを見て口をポカンと開けている。


 真ん中に座っている環奈はというと、暗い表情を浮かべて、俯いていた。


 食堂でご飯を食べているほとんどの人たちは俺たちの絡みを野次馬のように見ている。


 これはまずい。このままだと先生たちがやって来て大事になりかねない。


 早く場を収めないと。


 そう思ったのだが、葉山の無礼な態度を目の当たりにしたら、なぜかまた怒りが込み上げてきた。


 これだけは言わせてもらおう。


「おい、葉山」


 俺が彼の名前を呼ぶと、今まで三上と立崎と睨み合っていた葉山が、きっと俺を睨んできた。


「なんだ?この前まで俺の名前を呼ぶことも怖がっていた雑魚が」

「別に俺を悪く言っても構わん。俺もお前が気に入らねーから。でも……」


 俺は一旦切って、息を整えてから再び口を開く。


「っ!」


 真面目な顔で言い放った俺の言葉は葉山の耳にちゃんと届いたらしく彼は少し震えながら数歩後ずさる。


 だが、ある事に気がついたのか、悔しそうに全力で顔を左右に振って俺に近づく。


「キモデブだったくせに……キモデブだったくせに!身の程弁えろ!」 


 葉山は勢いに乗じて俺をぶつために手を上げた。

 

 暴力沙汰になるのはなるべく避けたいのだが……


「翔太!やめて!」


 彼の危ない行動を止めたのは環奈の言葉だった。


 葉山の隣にいる真斗も冷や汗をかいてソワソワしながら消え入りそうな声で彼を宥める。


「神崎さんの言う通りやめた方がいいよ翔太。みんな見てるよ。あと、先生くるかもしれないし、それにほら」


 日直の仕事を俺と一緒にやった真斗は葉山の肩を優しくさすり、片方の手であるところを指差す。


 指差した先にはめっちゃ遊んでいそうなギャル3人が腕を組んで俺たちを睨んでいた。


 葉山がその3人に気づくと、我に返ったらしく、深く息を吐いてから俺に警告した。


「おいクソデブ、もう一度言う。俺の幼馴染と絡むな」


 確かに、昔も似たようなことを言われた気がする。


 別にああ言われたからといってホイホイと従うつもりは毛頭ない。だから、俺は早速口を開いて返答しようとしたが、環奈が先に葉山に話しかけた。


「翔太……ちょっと放課後付き合ってもらえる?」

「ああ。いいよ。いつでも付き合うさ。昔みたいに」


 と、葉山はそう答えて、俺に見下すような視線を送る。


 環奈は俺のものだ。と、言わんばかりの表情。


 葉山はそのままゴリラっぽい奴と真斗と一緒にギャル3人のいるところへと移動する。


 学と啓介は嵐が去った後のように疲弊しきった面持ちでため息をついた。その様子を見て三上と立崎が申し訳なさそうに頭を下げる。そして環奈は悔しそうに唇を噛み締めて視線を外していた。


 超絶気まずい中、意外な人が行動に出る。


「僕……いつもの場所で食べる……」


 啓介がそう言って、立ち上がった。罵声を浴びせられ、大勢に見られている。コミュ障を治そうとしている啓介からしてみれば、相当ダメージが大きかっただろう。


「け、啓介……俺も」


 学も啓介に続いて弁当箱を持って立ち上がった。


 三上と立崎は悲しい表情で彼らを引き留めようとしたが、言葉が出ないようで阻止できずにいる。


 俺も仕方なく二人と一緒に行くことにした。


「悪い……」


 ボソッと言って俺も立ち上がり、学と啓介と一緒に食堂を出た。


X X X


食後のいつもの穴場


「なあ、樹」

「あ?」

「俺たちってやっぱり何やってもダメなのかな」

「そんなことないよ」

「だって、女子と一緒にご飯食べるだけであんなに邪魔してくるんだもん」

「そうだな。今度はあいつらのいない場所で一緒に食べようぜ」

「また食うんかい……」


 いつもの穴場で昼食を済ませた俺たち3人は、木陰で仰向けになってくつろいでいる。


 一つ安心したのは、学と啓介はそこまで落ち込んでないという点。昔ならメンタルが崩壊してもおかしくない状況なのだが、二人は多少疲れてはいるが、深刻というほどではない。


 なので俺は胸を撫で下ろして安堵のため息をついた。それを変だと思ったのか、学が突っ込んでくる。


「何幸せそうにしてるんだ?結構酷いこと言われただろ?もしかしてドM?」

「いや違うよ。お前たち、割と平気そうだから安心したんだよ」

「まあ……あんなこと聞いたらな」

「あんなこと?」


 学は少し照れ臭そうに俺から視線を外して啓介の方を見る。啓介は頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑んで、小声で言った。


「学と啓介にまたあんなこと言ったら、容赦しないって……」

「ああ、それか」

「僕……怖かったけど、嬉しかった……」

「……」


 どう反応すれば良いやらと背中がむずむずする感覚に見舞われていると、学が助勢する。


「まあ、樹のそういうところはキモデブだった頃と同じだな」

「昔の俺……」

「うん……樹くんはいつも優しかった」


 キモデブだった頃の近藤樹はこいつらと深い絆を築いてきた。


 だから


 今の俺も、こいつらを大切にして行きたい。


 転生した事がバレないように気を遣ったわけではない。


 これは俺の意志だ。

 

 うるっときたので、誤魔化すために咳払いをした俺は、口を開く。


「キモデブ言うな。ガリ勉野郎が」

「もうガリ勉じゃありません〜」

「俺だってキモデブじゃないっつーの」


 俺と学がやり合っていると、啓介が笑み混じりに言う。


「ふふ……学くんも樹くんもイケメンだよ」


 学は啓介の言葉を聞いて、彼に優しく笑ってあげた。

 

 俺は啓介を見て、冗談まじりに言う。


「啓介の言う通り、俺たちはイケメンだ。でも、残念なイケメンな」


 と、自嘲気味に笑うと、学と啓介はとても明るく笑った。


X X X


 スポーツジム


 今日は環奈と一緒にジムに行く予定だったが、葉山の乱入により、台無しになった。なので、俺は一人でジムへと赴き、絶賛筋トレ中だ。


「……」


 無言のまま腕立て伏せをやっていると、今日の出来事が俺の頭を悩ます。


『おいクソデブ、もう一度言う。俺の幼馴染と絡むな』


 エロ漫画のストーリーだと、俺に思いっきり環奈を寝取られるBSS野郎の分際で……


 気がつけば俺はものすごい勢いでプッシュアップをしていた。


「な、なんだあの人……すごい」

「疲れないのか?」

「まじ強者だな」


 みたいな感想がちらほら聞こえるが、俺は軽くスルーして最後の1セットを済ませる。


 汗まみれの俺は、立ち上がり、冷たいスポーツドリンクを飲んだ。そして、飲み終わった頃には、


 スポーツウェアを着ているジムのマドンナが俺の前に立っていた。


「なかなかいいフォームじゃない」 

「環さん……」


 彼女は色っぽい微笑みを湛えながら俺を見ている。


 そして嗅いだことのあるフェロモンの匂いが俺の鼻を刺激し始めた。


「環奈はきてないの?」






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