第21話 ああいうタイプの人は、やっぱり好きにはなれない

 いきなり俺に言われたので、びくんびくんと震え動く彼女は俺によって完全いロックされている。


 何も言えずにいる真凜。そんな彼女に俺はまた言葉をかけてやった。


「そんな悪い子には悪戯しちゃうぞ」

「っ!」


 この反応だと100%いけるな。


 だが、その瞬間


 携帯が鳴った。


 この絶妙なタイミングで一体誰が俺に電話をかけたというのか。


 このまま続けるか、それとも電話に出るか。そう悩んでいたが、携帯は鳴り止まず、俺たちの耳に大きな音を届けていた。


「樹っち……出ないの?」

「……」


 向こうから言われたとあっては出ないわけにもいくまい。


 俺は仕方なく真凜を解放して、玄関まで行って携帯を取り出した。


 かけてきた人の名前は






『静川啓介』






 なに!?啓介からの電話だと!?


 俺は少し手が震えた。


 とりあえず出よう。


「もしもし」

「……」

「ん?」

「……」


 だが、いくら待っても声は聞こえない。


「あ、あの?啓介……だよね?」


 不安そうな声音で訪ねる俺。


「樹くん……すごい」

「ふえ?」


 意味不明の啓介の言葉に俺は呆気に取られたまま口をぽかんと開ける。


 並の人間なら「なに言ってんだこいつ」ってなるところだが、啓介は内気な子だ。つまり、あの言葉にもきっと何らんかの意味があるはずだ。

 

 俺は気を改めて、落ち着いた口調で啓介に言う。


「なにがすごい?」

「……花音の樹くんへの愛がすごい」

「はあ?」


 うん……なるほど。


 わからん。


 啓介のかわいい妹である花音が俺に向けてくる愛?


 いや……啓介を疑ってはならない。きっと深い意味があるはずだ。


「ん……啓介、俺ってそんな頭よくないから、もうちょっと分かりやすく言ってくれないか」

「……花音、樹くんと会いたがっている。だから、僕の家にきてくれれば……」

「なるほど」

「ご、ごめん!僕なんかが頼み事を……」


 啓介が申し訳なさそうに言ってきた。


 一応、花音ちゃんとはアインでメッセージのやり取りをしているのだが、俺と会いたいなんてことは一度も言及したことがない。

 

 だけど、兄である啓介が言っているんだ。


 だとしたら、


「ううん。そんなことないよ。空いてる時間あれば行く。でも、花音ちゃんって結構忙しいよね?声優やってるから」

「……花音は、樹くんに合わせるって……」

「そ、そうか」


 俺が少し戸惑いつつ答えた。


 あ、そういえば


「啓介の家に行くのって初めてだな」


 俺は一度も啓介の家に言ったことがない。確かに仲良しではあるけど、啓介は色々謎が多い男だ。


 そんなことを考えていると、啓介は恥ずかしそうに言う。


「い、樹くんなら……来ていいよ」

「っ!」


 な、なんだろう。この気持ち……何かが芽生えそうな感じがするけど。


「樹くんが来てくれると、花音、喜ぶ」

「そうか」


 俺は目と口角を微かに吊り上げて言った。それと同時に心が締め付けるように痛くった。


 後ろめたい気持ち。


 それを誤魔化すために俺は朗らかな声音で言った。


「ちゃんといいお兄ちゃんやってるな。昔の啓介とは大違いだ」

「……樹くんのおかげ」

「……」

「でも、まだ他の人とは全然話せてない……」

「気負うな。いつか話せるようになるって」

「……ありがとう」

「日付は明日学校で決めよう」

「うん」

「じゃ」


 俺は電話を切っては絶海の孤島に佇む漂流者のように暗い表情を作っては深々とため息をついた。


 啓介は一生懸命頑張っているのに、俺は一体なにをやっているんだ。ちゃんとした高校生活を送ろうって決めたじゃないか。


 なのに……


 ついさっきほどまで滾っていた男としての本能は今や完全に消え失せ、残るは後悔と罪悪感のみ。


 別に、行為自体に悪があるわけではない。問題なのは、付き合ってもないのに快楽だけを追い求める俺。


『恋愛って難しいんだよな〜』

 

 ふと、この間、環奈に言ったセリフが俺の脳内でこだまする気がしてきた。


 真凜のいるところに行って謝ろう。


 いくら小悪魔だとしても彼女はまだ高校一年生だ。おそらくすごくショックを受けていることだろう。


 だが、彼女は、俺のいる玄関の方にいきなりやってきた。


 冷や汗でもかいているのか、彼女は切羽詰まった様子で俺に話をする。


「やっばいよ!兄貴もうくるみたい!」

「え?」

「今日はママもパパも兄貴も夜遅いって聞いたのに……服も未だ乾いてないし……うう……」

「それは大変だな……服は濡れたままでいいよ。俺はもう帰るから」

 

 と、俺は真凜から傘と濡れた制服をもらい、急遽この家を出た。


「樹っち……ごめん」

「いや、こっちこそ悪い。急に体触っちゃって……驚いたよな」

「……ううん。私は

「っ!そんじゃ」


 あの表情は……


 俺は息を呑んで手を振ってから叩きつけるように振ってくる雨の中を歩き始める。


 危ないところだった。


 啓介の電話がないと、俺はまた間違った道を歩むところだった。真凜と激しく関係を持つところを、兄に見られたら……


 あまり考えたくない。


 と、重い息を吐きながら歩いていると、向こうから雨に濡れた金髪男が走ってくる姿が見える。


「くっそ!クソクソクソ!!」


 雨のせいであまりよく見えないが、あの男は怒り狂ったような声音で叫びつつ駆ける。


 それにしても口の悪いやつだな。


 過去の近藤樹が最も苦手とする類の人間だ。


 俺は顰めっ面で彼の後ろを目で追ってみる。


「ああいうタイプの人は、やっぱり好きにはなれないな」

 

 そう呟いて、俺は家へと向かう。


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