第19話 彼女は一つを除けばいい子だ
放課後、学と啓介と別れてから俺はある場所へと向かった。
ここは学校から少し離れた繁華街。飲食店、服屋、ゲーセンなどが入り乱れる場所で、隣区の高校の連中がよく来る場所である。
学校が終わったこの時間帯は俺のとは違う制服を着ている男女たちがわんさかいる。隣の高校に通う子たちだである。
俺が待ち合わせ場所である時計塔に辿り着くと、ピンク色の短いスカートを履いている金髪の美少女が立っていた。
健康的な小麦色の肌に、着崩した白いシャツ。そして耳には小さなピアス。胸に至っては環奈ほどではないものの、結構大きい。すらっと伸びた脚は、隣で誰かを待っている男子たちの視線を集めていた。
エロ漫画の番外編で登場する彼女は、その小悪魔っぽい性格のおかげか、結構人気のあるキャラだ。
俺が遠いところからマリリちゃんをぼーっと見ていると、チャラチャラした感じの男数人が彼女にナンパをし始めた。
マリリンは迷惑そうにしていたが、やがて俺を発見しては、「あっ」と目を丸くし、タタタっと俺に駆けつけてきた。
「樹っち!」
「ごめん。待たせたな」
「えいっ!」
「ちょ!マリリンちゃん!」
マリリンは俺の上に抱きついて自分の顔を擦り付けた。柔らかい胸の感触が直に伝わり、俺は少し戸惑ってしまう。
だが、彼女は俺のことは軽くスルーして嫌な感じでナンパしてきた男数人に対して煽るような視線を送ってきた。すると、その男らは「ちっ!彼氏持ちか」と文句を言って他の女を詮索する。
「ごめん樹っち!ちょっとうざいのに絡まれちゃって」
「大変そうだな。大丈夫?」
「うん!」
まあ、こんな見た目だと見境なく女漁りする奴らにはたまったもんじゃないだろう。
俺が少し慈愛の念を込めてマリリンちゃんに視線をやると、彼女は微笑んでぼそっと漏らす。
「あと、マリリンじゃなくて真凜でいいよ」
「あ、ああ。真凜」
名前真凜って言うんだな。アインアカウント見てもマリリンって書いてあったからな。
お願いだから自分のアインアカウントにはちゃんと自分の名前を登録しましょう。
とまあ、俺たちがここにきたのは他でもない。デートを楽しむためである。彼女が自分のアカウントを教えてくれてからというもの、俺たちは頻繁に連絡を取ってきた。ていうか、一方的に彼女がメッセージを送ってきたがな。こういう小悪魔じみたギャルはリアルタイムで返事を送らないと結構気にする可能性が多いから気をつけた方がいい。
俺たちは色んなところを見て回った。
服屋では彼女が服を試着したら、俺は似合うのか男目線で見てあげたり、良さげな服をすすめてあげたり。結局服は一着も買わなかった。店員さんすみません。
カラオケでは、二人きりで思う存分歌った。この世界と転生前の世界は同じ時代なので、過去の近藤樹と転生前の俺が知っている曲の中で有名どころを絞り込んで歌った。真凜はメイド喫茶で働いてはいるが、アニオタというカテゴリーに入らず、今をときめくギャルだ。なので、マニアックなアニソンは避けるべき。
一つ気になるのは、距離感。
彼女は終始、俺にくっついた状態でデートを楽しんだ。わざと胸を当ててきたり、腕を当ててきたりと、普通の男子高校生なら絶対にピンク色の坩堝に閉ざされて、いいようにされるだろう。
そういう面では、真凜は結構レベルが高い。
俺たちは他にも色んな店を巡って、足が少し疲れてきたところで、新しくできたパフェ屋さんにやってきた。
「樹っちまじでいい感じ!」
「ん?何が?」
「なんていうか、こういうのに慣れているというか……」
「俺はついこの間までは120キロを優に超えるデブだったよ。慣れているなんて」
「ふふ……体鍛えたらリア充としての本性が現れたかもね」
「そうかな」
「そうよ!だって、昔の樹っちも今みたいに優しかったから」
「優しい?」
「うん!昔の樹っち、学っちに対しても他のメイドに対しても優しかったじゃん。あと、啓介っち?のこともすごく心配してたでしょ?どうしたら学校に通うようになるのかずっと私と学に聞いてきたじゃん」
ああ、確かに言われてみれば、そうだった。
過去のこいつは、自分のことは棚に上げて、他人のために動いた人間だと思う。ゲームとかアニメとかアイドルとかに打ち込んでいたが、根は優しかった。だからイジメは受けても孤立せずに今までうまくやっていけたと思う。
ある意味、転生前の俺より、キモデブだった頃の近藤樹の方がマシな人生を送っていたのかもしれない。
俺は苦笑いを浮かべたのち、誤魔化すための咳払いをしてから返答する。
「そうだよ!俺は俺だ!」
「ひひっ!だったら、めいどりーむにもちゃんときてよね!」
「そういえば、最近行ってないな。ジムばっかり通ってるから」
「まだ身体鍛えてんの?」
「もちろんだよ。継続は大事」
「……だからあんなに堅かったのね……」
「何か言った?」
「ううん!なんでもない!」
彼女はあははと誤魔化し笑いを浮かべてでっかいバナナがのっているパフェを食べる。
俺はパフェじゃなく、コーヒーを頼んだので、ストローをちゅうちゅうと吸った。
「あとは、何するんだっけ?」
俺が彼女に向かってそれとなく訊ねると、真凜は唾液が糸を引いているスプーンをそっと置いて、俺にドヤ顔を見せる。
「プリクラ!」
店を出た俺たちは、ゲーセンに入り、プリクラを撮った。彼女はまた俺にしれっとした感じで胸を当ててきたため、平静を装うのに結構苦労した。
印刷される写真とは別に真凜は筐体のタッチパネルを操作し、自分の携帯にも転送されるようにした。
それから俺たちはゲーセンを出た。
「ふん♫ふふん♫」
口ずさんで携帯に写っている俺たちのプリクラ写真を見ながら歩く真凜に俺は横槍を入れてみた。
「そんなに楽しいのか?」
「うん!今日はめっちゃ充実した一日だったよ」
「俺もな」
俺が優しく笑むと、彼女は急に何か思いついたらしく、カッと目を見開いた。
「あ!プリクラ写真!」
「ん?」
「なんでプリクラ写真撮ったのか、理由わかっちゃったかも!」
「理由?」
「幼馴染のお姉ちゃんに送る約束をしたの!一応聞くけど、送っても構わないよね?」
「まあ、いいんじゃね?」
俺がこともなげに返すと、真凜は「どれどれ……よく撮れた写真は……」と呟いて指を動かす。
「よし!これにしようっと!」
俺は満足げに目を光らせる真凜をみて、胸を撫で下ろした。
まあ、しきりに真凜が自分の身体を俺にくっつけてくるところを除けば、高校生らしいデートだったと思う。
ちょっと小悪魔っぽい感じはするけど、悪い子ではない。もし、学と啓介が女に対して耐性がある程度できたら、真凜の友達と一緒に遊ぶのもありだな。
そう考えていた刹那、
「ふえ?雨」
「おお……」
一滴一滴とゆっくり落ちていた雨はあっという間にざあざあと叩きつけるように降り出す。
(真凜は雨のせいで、プリクラ写真を送信できていない)
「うわっ!やっば!天気予報だとずっと晴れマークだったのに!」
「真凜、とりあえず雨宿りできそうなところ探そう!」
と、俺は真凛の手を強く握って走った。
「い、樹っち……手……っ!」
俺に引っ張られる形で俺たちはとある公園の東家みたいなところにやってきた。急に降り出したもので、他の人たちもちらほらいる。俺が真凛の手を離すと、彼女は頬を赤く染めて片方の手で優しく自分お手をさする。そして小さい声音で言う。
「止みそうにないな……」
「ああ」
3分が過ぎても5分が過ぎても雨脚は強まるばかりでどんよりとした雨雲は辺りを包むように押し寄せる。
降りしきる雨、アスファルトと土と木々が濡れることによって発せられる匂い。
そして、
彼女の言葉。
「樹っち……」
「ん?」
「私の家、ここから近いけど、寄る?」
追記
恵みの雨ですな。
恵みかどうかわかりませんがとりあえず恵みの雨にしておきます。
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