第18話 恋愛は難しい
神崎家でご馳走になってから数日が経った。環奈はいつも俺に対して気さくに接してくれている。おそらく環さんのことはバレてないようだ。
彼女の友達である二人(三上、立崎)ともだいぶ話せるようになった。
クラスでのギスギスした雰囲気も徐々に鳴りを潜めようとしているが、3人以外、俺に話をかけてくる人はいない。これは敵意によるものではなく、おそらく気まずいだけだろう。葉山と葉山の友達以外はな。
そんなことを考えている俺は今、絶賛筋トレ中である。体育授業を受けているんだが、自由時間なので、俺はグラウンドで腕立て伏せをしながら、胸と腕の筋肉を鍛えているところだ。
「見てみて……近藤くんの体……すっごい……」
「昔と比べたら完全に別人だよな」
「俺も体鍛えよう」
「話しかけてみよっかな」
「無理だろ。相手にされないって」
「……」
なんだか外野がうるさいな。
グラウンドの土を見ながら俺は目標の回数を達成するべくスピードを上げた。すると、俺の前にサッカーボールが転がり込んで指に触れた。
「ん?」
俺はプッシュアップを止め、立ち上がりそのボールを拾って辺りを見回す。すると、前方にゴールポストがあり、その隣に見慣れた金髪男・葉山とその友達二人が俺を見ている。
おそらくあいつらが転がしたボールだろ。
俺はこともなげにそのボールをあいつらに向けて力強く蹴り上げた。だが、そのボールは葉山たちのところではなく、全く違うところに向かって放物線を描く。
「あ、すまん」
俺は思わずそう呟いたが、彼らは結構離れているところにいるため、俺の声は届かない。葉山は俺に敵意に満ち満ちている視線を送ってきた。
あの眼差しが、サッカーボールを真逆の方向に飛ばしたことへの仕返しか、それとも違う意味を孕んでいるのかは、あいつしか分からない。
葉山の友達が走ってサッカーボールを拾って戻ってきた頃に葉山は俺を見ることをやめ、サッカーを再開した。
「まあ、わざとやったわけじゃないからいっか」
そう呟いていると、黒髪の美少女がやってきた。
「樹」
「環奈か」
彼女は汗に濡れた体操着姿で俺の隣に座り込む。俺は思わず上から彼女を見下ろした。
髪を結ってあるので、白いうなじが丸見えであり、少し赤く染まった頬は突きたくなるほど柔らかそうだ。
体育座りしているため、長くて形のいい脚がより強調されており、その真ん中に視線がいってしまいそうだったが俺は必死に目を逸らした。
だけど、逸らした先にあるのは、はちきれんばかりにその膨らみを主張する二つのマシュマロ。
「……」
俺は早速彼女の隣に座って気分を落ち着かせた。
「どうした?」
なるべく視線を合わせないように気を使ってそれとなく探りを入れてみる俺。
すると、彼女は、頬を少し膨らませて拗ねたように話し始めた。
「お母さんから話は全部聞いたの」
「っ!」
「エッチなことしたわよね?」
「……」
環さん……言っちゃダメでしょ。
俺は無言のまま、頷いた。
やべ……気まずい。
俺がめっちゃ申し訳なさそうに環奈をチラ見していると、彼女はえっへんと、わざとらしく大きく咳払いして口を開いた。
「べ、別に樹を責めるつもりはないの。不本意だったし、それにお母さんずっと幸せそうにしてたから……」
幸せそうにしてたのかよ……
「すまん」
「……いいの。でも、ちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
環奈は顔を自分の膝に埋めて考え事をするそぶりを見せた。それから顔を上げては、
「私もあのジムに通うの!!」
「え?」
「だって、あの時は仕方なかったけど、このまま二人を放っておくわけにもいかないし……そう!監視!監視役よ!」
「監視役か……」
「全く!樹も樹よ!格好良くなったから、油断しちゃうと今度は本当に変な女に引っ掛かっちゃうよ……」
後ろに行くにつれて声は小さくなり、環奈は自分の柔らかい黒髪をいじりながら俺の横顔をチラチラ見ている。
心配してくれるのは非常にありがたいが、俺だってお前に言いたいことがある。
「そういう環奈はどうだ?」
「え?私?」
「ああ。環奈は……ほら、可愛いから、男子からめっちゃアプローチ受けるじゃん」
「か、かわいい……」
環奈はカッと赤くなった頬を隠すべく両手を自分のほっぺたに当てて恥ずかしがっている。本当にかわいいからそのリアクションはやめろ。
しばしたつと、落ち着きを取り戻した環奈がゆっくりとした口調で話し始めた。
「私はね……わからないの」
「何が?」
「恋とか、付き合うとか……だから告白されても全部断っちゃって……」
なるほど。
なぜエロ漫画での葉山の誘いを全部断ったのか合点がいった。こんな背景があったのか。エロ漫画には出てこない貴重な情報だ。
環奈の隠された一面を知った俺は安堵のため息をついて、話す。
「恋愛って難しいんだよな〜」
在りし日に想いを馳せるように、俺は謎の笑みを環奈に見せた。すると、彼女はまた頬を膨らませて捲し立てるようにいう。
「なんだか樹の顔見てるとムカつくわ!」
「え?俺、そんな顔したの?」
「やっぱり私がちゃんと監視しないといけないみたいね!」
「……」
「今日はジム行くの?」
「今日は行かない。明日なら行くけど」
「じゃ、明日、私と一緒にジム行こうね。登録するから!」
「い、いいのか?俺を監視するためだけに通っても……」
気づいたら、彼女は前のめり気味に俺に近づいて俺の顔を凝視した。口をへの字にしてぷんすか怒っているが、やがて、クスッと笑う。
「樹を見ているとね、私も身体を鍛えたいなと思ったわ。……勿論、監視するためでもあるけど」
なるほど。
俺は嬉しくなり口角を微かに吊り上げた。
ジムトレーナーとして働いてた俺が最もやり甲斐を感じるあの言葉を環奈は言ってくれたのだ。
それだけじゃない。
環奈と一緒にいると、何故か安らぎを感じる。
勿論、男としての本能は湧いてくるが、それ以上に形容できない感情が俺の心を駆け巡る。
だけど決して悪くはない。
俺は頬を緩めて返事をした。
「お好きにどうぞ」
そう言ってから、俺が空を見上げると、ある事に気がつく。
マリリンちゃんとのデート。
X X X
葉山翔太side
友達二人とサッカーをやっている翔太はボールを転がしつつ、しきりに樹と環奈が話している様子をチラ見する。
「おい翔太!そんなぼーっとしてると、ボール奪われるよ!」
彼の友達は彼からボールを奪い、ゴールポストめがけて思いっきり蹴った。
ゴールキーパーの友達は入ったボールを拾う。そして、コメカミに手を抑えてから言う。
「ったく!ほどほどにしろよ。危ないだろ!」
「あ、ごめん!強く蹴りすぎた!」
ゴールキーパーはため息をついてからボールを友達に向かって少し強めに蹴る。すると、そのボールはまた放物線を描いて、翔太の頭に真っ直ぐ飛んでいった。
「お、おい!翔太!」
気がついたら翔太は樹と話している環奈をずっと見ていた。なのでボールの存在に気づくはずもなく。
見事命中
「あ!」
ボールを食らった翔太は若干よろめいたが、我に返ったらしく、ゴールキーパーの方へ目をやる。
「おい!何しやがる!」
「いや、お前がぼーっとしてたのが悪いだろ?」
「……」
ゴールキーパーの言葉を聞いた翔太は黙り込んだまま拳を強く握り締める。
そして誰にも聞こえないような小声で言うのだ。
「くそ……」
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