第15話 スポーツジムのマドンナと通話

スポーツジム


 俺はすごく充実した毎日を送っている。


 昔は女と寝るとき以外はいつも一人だった。だけど、今は、俺を愛してくれる良き家族がいて、俺についてきてくれる良き友達が二人もいる。


 つまり、転生した俺の人生は離れたところから見れば輝いて見えるのではなかろうか。


 だが、ここに来れば、昔の俺に戻ったような気がする。


 最近登録したスポーツジム。


 転生前の俺はこんな感じのスポーツジムで多くの人たちを指導してきた。だが、今の俺は高校二年生。なので、俺は前世の知識を活かして絶賛筋トレ中である。


 俺の周りには色んな人がいる。ランニングマシンで走るお年寄り、筋肉自慢をしにわざわざ大仰に体を動かす脳筋野郎ども、若い女性たち。


 中でも最も目立つのは


 異彩を放つ女性が器具を使って太腿を鍛えている姿。引っ付くスポーツウェアを着ている彼女はそのパーフェクトな身体をこれみよがしに俺含む周りの人たちに見せつけるように体を動かしている。


 黒い髪が印象的で、弾力のある白い肌と、その大きなマシュマロは多くの男性たちの視線を独り占めしていた。


「ほら、みてみて、やっぱりマドンナは違うな」

「すっげ……一度でもいいからヤリてえ……」

「おいバカ、声聞こえちゃうだろ?」


 二人の脳筋がスポーツジムでありがちな会話を交わしていた。


 まあ、あの外見なら無理もないか。


 俺はこのジムに通ってからまだ日が浅いけど、あの女性のことはよく知っている。


 このジムにおけるマドンナ的存在。


 多くの脳筋野郎共がナンパしたが、全部玉砕。営業妨害だということで強制退会させられた男は数え知れず。


 年齢はざっくり見積もって20代半ばくらいかな?


 と、筋トレに励みながら見るともなく彼女をみていると、


「……」

「……」


 偶然目があった。


 俺はなるべく関わらないように目を逸らし意識を集中させてフリーウエイトを続ける。


「ふう……」


 最後の1セットを無事に終えて、熱い息を吐いた頃には、俺の鼻が謎の匂いに反応した。


「なかなかいいフォームじゃない」


 上気した顔のマドンナが俺の前にやってきて話しかけたのだ。


「あ、ありがとうございます」

「見かけない顔だけど、最近登録したの?」

「はい」


 意味ありげに俺を見て微笑むマドンナ。だけど、その仮面の中には、寂しさが混じっているように思える。


 繰り返しいうが、転生前の俺はこんな感じのスポーツジムで多くの人たちを指導してきた。


 中には今のマドンナのような表情をする女性ももちろんいた。

 

 そして、俺は、そんな女性たちと


 ほぼ100%関係を持った。


 転生前の記憶が蘇ってくる。


 おそらく俺も昔のを浮かべているのだろう。


 そんなマドンナは俺を見ては哀愁を漂わせるように小さく息を吐いた。


 なぜだろう。あの顔を見ていると、名状し難い感情が込み上げてくる。


X X X


ラブホテル


 彼女は一糸纏わぬ姿でベッドの上に横たわったまま恍惚とした表情を浮かべて身体を小刻みに震わせている。隣には色んなものが散らばっている。


「私を……こんなに……」


 行為はとてつもなく激しかった。


 転生してからご無沙汰だったので、溜まりに溜まった俺の本能をこのマドンナにぶつけまくったのだ。


 俺のでかい手でも収まりきれないほどのマシュマロに、美しい身体と唇。数時間に及ぶ行為。最初こそ彼女は年上らしく主導権を握ろうとしたが、若い身体と昔の経験で武装した俺の前になすすべもなく、見ての通り、彼女は果ててしまった。


 過去の近藤樹は間違いなく童貞だ。つまり、俺は今日、ここで童貞を卒業したわけである。


 椅子に座って余韻に浸かっている俺は、いたずらっぽく口を開いた。


「童貞、卒業させてくれてありがとうございます。環さん」

「冗談はやめてよ。樹くんって高校生じゃないよね?」

「どうなんでしょうかね」

「大人を試すだなんて……悪い子ね」

「環さんも悪い大人じゃないですか。こんな若い男に手を出すなんて」

「私も知りたいくらいよ……」

「うん?なんか言いましたか?」

「ううん……なんでもないわ。言っておくけど、私は、男なら誰とでも寝るような女じゃないの」

「わかってますよ。言動見ると、遊んでいるようには見えませんので」

「……久しぶりだし、こんなになったのは……っ初めてだから……」

「声が小さいんですよ」

「何でもないわ!」

「本当に?」

「詮索する男は嫌われるわよ」

「それを言い訳に逃げる女もまた嫌われますよ」

「全く……」


 環さんは息を弾ませて小さくため息をついた。まだ回復してないっぽい。だけど、彼女は俺の意表つく言葉を発した。


「あなた、寂しい目をしていたから」

「っ!」


 俺は誤魔化すように咳払いを数回してから、立ち上がっていそいそと服を着替えた。


「俺、一応学生なんで、そんじゃ」


 ラブホテルから出た俺はいそいそと家へと向かう。


 一応、両親には連絡していたけど、あまりにも夢中だったので、匂いとかちょっと気になるな。


 俺は携帯の画面を見ながら、歩調を早めた。


 画面には、綺麗な女性のプロフィール写真が表示されている。


『霧島環』


 霧島環、転生前の俺の本能を引き出した女。


 もちろん、気持ちよかった。今まで会ってきたどんな女より体も相性もよかった。


 彼女は終始、新しい世界を経験したような顔をしていた。演技では作れない表情。


 マドンナと呼ばれる女を完全に堕とした事への優越感。


 だけど、


 だけど、


 心が痛い。


 俺を大切にしてくれる両親、学と啓介、そして、


 最近話すようになった環奈。


 不思議とそんな面々が俺の頭を過ぎる。


 過去の俺なら、もっと快楽を貪ろうと次のプランを立てようとするだろう。けど、今は違う。


 今は、他の女を味わいたいという欲望はなく、環さんが言っていた言葉が蘇ってきた。


『あなた、寂しい目をしていたから』


 俺は無言のまま走り出した。




X X X


 霧島環side

 

 やっと身体を動かせる状態になった環は、大きくため息をついた。


「はあ……」


 ジムで身体を鍛えている彼を誘惑した。普段の彼女らしからぬ行動。もちろん彼女は自由の身なので、どんな男と関係を持とうが、それは彼女の自由である。


 だけど、彼女が直接アタックしたのは初めてだ。今まで数えきれないほどの男が霧島環という女性を欲したが、その実をなんの躊躇いもなく摘んで食べたのは近藤樹である。


 あの時、声をかけずにはいられなかった。


 なぜなら


 彼は、自分と同じ表情をしていたから。


 寂しい顔。


 悲しい顔。


 心のどこかに闇を隠している顔。


 環は彼を大学生くらいの年だと考えている。だけど、それにしては言葉遣い、性格、があまりにも大人びている。


 いつしか、頭の中は彼のことで埋め尽くされていた。


 スポーツジムでの彼、ジムから出て一緒にご飯を食べながらやりとりしていた時の彼、そして……


 そして……


「っ!!」


 彼女は身体をまた震わせて、頬を赤く染める。まだ彼女は裸状態だ。


 この状態で、近藤樹と一戦交えた。そして負けた。そのことを思い出すと、もどかしい感情が込み上げてきた。


 すると、


 枕の隣に置いてある携帯が鳴る。


 彼女ははっと我に返って、自分の携帯へと手を伸ばした。


 電話をかけてきた人の名前が液晶に表示されるや否や、環は微笑んだ。


『私のお姫様』

 

 彼女は早速通話ボタンを押して電話に出た。










『あ!お母さん、もしかして仕事忙しい?』


 お馴染みの自分の愛娘の声を聞いた環は裸状態の自分の胸を撫で下ろした。


「ううん……今行くわ。ごめんね……ご飯は?」

『私が作って食べたよ』

「……私が作らないといけないのに」

『何言ってるの!?お母さんは仕事とかで色々忙しいから家事は私の役割よ!それにお母さん料理下手じゃん』

「ふふ……そうね。今日はなにしてたの?」

『今日は、学校帰りに真凜ちゃんと話題になっているパフェ屋さんに行ってきたの!美味しかったな……』

「いいね。私も行きたいわ」

『休みに一緒に行けばいいじゃん』

「そうね」

『あ、お母さん』

「ん?」

『いつもありがとう。私、お母さんが好き』

「っ!」


 娘が感謝の気持ちを伝えた。環は目尻を拭ってから、ぷあっとため息をついた。


 そして、


、私こそありがとう。環奈は私の一人しかいない大切な娘よ」

「へへ……私、待ってるから」


 娘はそう囁いて、電話を切った。


 それから環は立ち上がり、シャワーを浴びるために浴室へと向かうのだった。彼女の青い瞳は、照明に反射され、光っている。


 ベッドの上には、色んなものが散らばったままだ。





 


追記


 なぜ苗字が違うんでしょうか。


 簡単に推測できると思いますけど


 直接的な描写は引っ掛かりますので、抑えめにしております。


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