第14話 その励ましは一体何をもたらすのだろうか
二人は向かい合って「今日暑かったね〜」とか「学校だるい〜」と、いかにも今をときめく女子高生らしき会話をしている。
だが、環奈はメインヒロイン、真凜はメイド喫茶で一位の座に君臨する優秀で綺麗なメイド。当然店内にいるお客や従業員らはその美しさに視線を遣らずにはいられなかった。
二人はとても仲良しで、たまにこうやって有名なデザート屋にやってきては談話を交わしたりする。
「ご注文を伺ってもよろしいでしょうか」
店員さんが礼儀正しく二人に話しかけた。
「ん……私は生クリームパフェ。チョコレートシロップ追加で。真凜ちゃんは?」
「私はね……」
思案顔で考える真凜はやがて口を開く。
「私は練乳たっぷりの丸ごとバナナパフェで!」
「はい!かしこまりました!少々お待ちください」
注文を承った店員さんが歩き去るのを確認した真凜は興味深げに環奈に尋ねる。
「なんかいいことでもあった?」
「ううん。いつも通りよ」
「へえ、男でもできたような顔してたから期待してたのに……」
「っ!そ、そんなのないよ!それより真凜ちゃんはどう?バイトちゃんとやってる?喫茶店の」
「う、うん!健全な喫茶店でちゃんと働いているから!」
真凜は兄以外の人にメイド喫茶店で働いていることを教えていない。
「へえ、いいじゃん。私もバイトやりたいな……」
羨ましそうに真凜を見つめる環奈。彼女は一度もバイトをやったことがない。真凜はそんな彼女を慈しむように優しく言う。
「心配されるよ」
「……お母さんね」
環奈はお母さんのことを思い浮かべてから少し申し訳なさそうに俯く。だがやがてにっこりと笑って返事をした。
「わかっているわ」
雰囲気が少し暗くなりそうになったところへ、美味しそうなパフェーが二つのっているトレーを持った店員がやってきた。「ご注文のパフェです」と言ってテーブルにそれを置く。そして店員が歩き去ることをまた確認した真凜は目尻を吊り上げて意味あり気に口を開けた。
「ねえ、環奈ちゃん!」
スプーンで生クリームがたっぷりのパフェを少しかき混ぜる環奈は透き通る青い目をマリンに向ける。
「?」
「私、めっちゃいい男見つけた」
「へえ……どんな男?」
「筋肉がヤバくてすっごくイケメン!」
「っ!」
環奈は一瞬身体をひくつかせたが、真凜は気づいていない。
「私が働いている喫茶店で出会ったけど、向上心めっちゃ高くて、優しい人だよ。家にいるどこぞの誰かとは大違い」
「ほお……写真とかあるの?」
「ん……一応アインアカウントは交換したけど、初期設定のままだかんな……写真は見つかんなかった。デートに誘ってプリクラ撮ったら見せたげる♫」
「真凜ちゃんがこんなにノリノリだなんて……珍しいね。いつも告白受ける側で付き合ったとしても、ほとんど半月もいかなかったじゃん」
「ふふ、今回は違うんだよね〜なぜなら」
と、真凜は一旦切って、間を取った。環奈は自分のパフェを食べることさえも忘れて、真凜が小悪魔っぽくほくそ笑んでいる姿をただ見つめている。
「私が攻めるから。ひひ」
と、言って練乳がたっぷりかかっている大きなバナナをパクッと食べた。その様子を含みのある表情で見つめる環奈は、足をしきりに動かしている。もどかしそうに視線を泳がせている環奈は、美味しくパフェを食べている真凜に小声で話した。
「じ、実はね……私もちょっと気になる人がいて……」
恥ずかしそうに上半身を少しくねらせながら頬を桜色に染める環奈を見て、真凜は手が止まった。
「え?まじ?」
控えめに首肯する環奈。
すると、真凜は前のめり気味に身を乗り出して、エメラルド色の瞳を輝かせた。
「ちなみに兄貴じゃないよね?」
「うん……」
「どんな人?」
「同じ学校の人で、この前、私が怖い男に絡まれたとき、助けてくれたの」
「へえ、格好いいじゃん」
興味を示す真凜だが、環奈自身は自信がなさそうな面持ちだ。
「でも……学校内にいる女子にあまり興味ないみたいだし……外だと結構女絡み多いっぽいし……」
深々とため息をつく幼馴染のお姉ちゃんの顔を見て、真凜は頤に手をやり、しばし考えてから言う。
「ほお……学校で噂が立つのが面倒いから外で女子と遊ぶ……なかなかレベル高いね」
「やっぱり無理だよね……私なんかじゃ……向こうは全然その気ないみたいだし」
落ち込む環奈を見て真凜は顰めっ面でため息をついては、ジト目を向ける。
「何言ってんの。環奈ちゃん顔かわいいし、身体もすっごく綺麗だから、誘惑すればイチコロよ。こんな立派なもん持ってるし。この前より成長したでしょ?ひひ」
「ちょ、ま、真凜ちゃん!ここ人多いから……」
真凜に自分の巨大な胸を突かれた環奈が恥ずかしそうに言うと、真凜はクスッと笑って席に座った。
だが、真凜から謎すぎる励ましをもらったにもかかわらず環奈の表情は相変わらず暗い。
「もし彼女いたら……骨折り損というか」
目を逸らして言った環奈に真凜は口角を微かに吊り上げて言葉を紡ぐ。
「仮に、彼女いたとしても、その男に想いを寄せる女の子がいっぱいいたとしても……奪えば済む話じゃん」
「え?」
予想外のことを言われて目を丸くする環奈。
「何もしないときっと後悔するからね。私も、あの人に彼女とか、好意を抱いている女の子がいても、アタックしまくって堕とすつもりよ」
「……そんなものなの?」
「そんなもんよ。結婚した相手とならアウトだけど、同じ学校に通う男子でしょ?」
「うん……」
「だったら、我慢する必要ないじゃん」
真凜はまるで獲物を狙う蛇のように環奈を見つめては、練乳まみれのバナナをまたパクつく。
環奈は思案顔で考えたのち、目の前にある生クリームパフェを見て、ぼうっとなる。パフェの隣には小さなシロップ器があり、その中にはチョコレートシロップが入っていた。
「環奈ちゃん!」
「うえ?」
突然名前を呼ばれて驚く環奈。
「私がかけてあげよっか?シロップ」
「……ううん。私がやるわ」
環奈はそう言って、自分の真っ白なパフェに黒いチョコレートシロップをかけた。白と黒とが混ざった不思議なビジュアルに環奈は一瞬迷ったが、スプーンでそれを掬って口の中に入れた。
味を吟味したのち、明るい表情を作り、環奈は口を開いた。
「ん……美味しい」
「でしょ?」
「……ねえ真凜ちゃん」
「ん?」
スプーンをそっと置いて、組まれた指を爆のつく自分の胸に持って行って、意を結したように口を開く環奈。
「私……やってみる!」
その決意を目の当たりにした真凜は、サムズアップしてうんうんと頷いた。
「アドバイスが必要ならいつでも私に連絡してね!」
「真凜ちゃん……私も真凜ちゃんとあの男のこと応援するからね!」
「ありがとう!ふふ……なんだか環奈ちゃんに応援されると、やる気出るわ」
二人は笑い合って、パフェを食べて行く。
X X X
家に帰った環奈を迎えてくれる人はいない。お金持ちが住みそうな大きな一戸建ての中で佇んでいる一人の女子高生の存在は、離れたところから見れば儚く映るのではないだろうか。
だけど、彼女はそんな孤独を感じる余裕はない。
「ん……お母さん今日は遅いから一人で適当に済ませようっか」
そう小声で漏らし、環奈は一人で夕食を作って食べた
部屋で宿題を終えて、浴室でシャワーを浴びる環奈。
鏡に映っている自分の姿が目に入った。
「……」
前より育ったマシュマロとお尻。だけど、腕と腰と足は細いままだ。
そこにいるのは美少女ではなく、
一人の女だった。
そして幻聴のように頭に響く真凜の言葉。
『だったら、我慢する必要ないじゃん』
X X X
さっぱりした環奈はパジャマに着替えて自分の部屋に入った。
お母さんはまだ来ていない。
普段、こんなに遅れると、連絡をくれるはずなのに、今日はちょっと変だ。
心配になった環奈は早速お母さんに電話をかける。
幸いなことにお母さんはすぐに電話に出てくれた。
「あ!お母さん、もしかして仕事忙しい?」
電話が繋がったことで安堵のため息を吐く環奈。
『ううん……今行くわ。ごめんね……ご飯は?』
「私が作って食べたよ」
『……私が作らないといけないのに』
「何言ってるの!?お母さんは仕事とかで色々忙しいから家事は私の役割よ!それにお母さん料理下手じゃん」
『ふふ……そうね。今日はなにしてたの?』
「今日は、学校帰りに真凜ちゃんと話題になっているパフェ屋さんに行ってきたの!美味しかったな……」
『いいね。私も行きたいわ』
「休みに一緒に行けばいいじゃん」
『そうね』
「あ、お母さん」
『ん?』
「いつもありがとう。私、お母さんが好き」
『っ!』
いつも頑張って自分を養ってくれるお母さんに環奈は感謝の言葉を伝えた。普段の彼女はあまりこういう言葉は口にしないが、今日の環奈は少し大胆である。
「環奈、私こそありがとう。環奈は私の一人しかいない大切な娘よ」
「へへ……私、待ってるから」
電話を終えた彼女はベッドに横たわったまま、自分の胸に両手をそっと乗せて天井を見上げた。
そして薄々と気が付くのだ。
自分の身体に何らかの変化が現れているということを。
追記
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