第13話 平行線を辿っていた二つの世界は交差する
学校の正門
昨日は花音ちゃんに高級寿司を奢られたり、啓介の過去を知ったり、花音ちゃんの師匠になったりと、とても有益な日であった。
俺は朝の登校時間を利用して、隣に並んで歩く啓介にお礼を言った。啓介はとても恥ずかしそうに俺と目を合わせようとしてくれなかったが、まあ、時間が経てばこの恥ずかしさは俺たちの絆を深めるための材料となるのであろう。自分を犠牲にして大切な人を守り抜くその強い意志。
啓介はいつか、自分の事を理解してくれるいい女と結ばれることになると思う。
学と啓介と別れてから俺は自分のクラスに入った。
夏休みが終わり、新学期が始まってからクラスのみんなの俺に対する態度は一変した。
笑いさざめく男子たちは、俺と目があった途端、急に俯いて、自分達の席に戻る。
俺は別に奴らに悪意はないが、彼らを見ると、過去の近藤樹が受けてきたひどい仕打ちが思い出されて、どうしても睨んでしまうようだ。
女子たちの場合は、チラチラと物言いたげに俺を見ては、コソコソしている。だけど、そこには昔のような嫌悪やネガティブな感情は見受けられない。
俺の机に行っても、昔のような落書きはなく、綺麗なままだ。だが、俺は一つ変わっている点に気づき、その原因となる存在に話をかける。
「か、環奈?なんで俺を睨んでるんだ?」
隣に座っている黒髪の美少女・神崎環奈は突っ伏したまま目だけを俺に向けている。いつもの綺麗な青い瞳はドロドロしたものに変わっていて、目元にはクマができている。
「電話……」
口をへの字にした彼女は皮肉めいた口調で言った。
電話?
うん……
あ、
『すまん!環奈、後で俺からかけ直すから!』
確かに昨日、環奈から電話がかかってきたけど、ゴキブリを怖がる花音ちゃんのせいで、あんな言葉を口にしたような……
「す、すまん……電話するの忘れちゃった。色々あったからな……」
「色々ね……」
「もしかして、それずっと気にして眠れなかったとか?」
ん……言っといてなんだが、今俺が言った言葉ってとてつもなく自意識過剰な気がする。
でも、こぼれたミルクは戻らないのだ。
俺は気まずそうに環奈を控えめに見た。すると、彼女は腕を組んでふいっと目を逸らし、話す。
「べ、別に!全然気にしてないんだからね!」
「そりゃそうですよね……」
俺はなんとか誤魔化し笑いを浮かべてやり過ごそうとした。俺を見てない彼女の表情は窺い知れないが、頬は少し赤く染まっている。思わず突いてやりたい衝動に駆られそうになったが、彼女は再び視線を俺にやり、モジモジしながら不自然な話し方でまた言葉を紡ぐ。
「樹くんが、自分のことを『樹お兄様』って呼ぶ声が綺麗な年下の女の子を連れて、恥ずかしい事しても、それは樹くんの自由だもん……」
「恥ずかしいこと?」
「……」
環奈は表情を赤く染めて短いスカートから伸びる足をしきりに動かす。女の子独特の良い匂いが俺の鼻を刺激する頃、俺はなぜ彼女があんな反応をするのか、わかってしまった。
「あれは、親友の妹だよ。ほら、俺と一緒にいる前髪の長い子。そいつの妹」
「え?そ、そうなの?」
「ああ。啓介っていうんだけど、俺と一緒に体を鍛えて自信がついたから、そのお礼にってめっちゃ高い寿司を奢ってくれた」
「妹ちゃんが奢ってくれたの!?」
「ああ。中三から飯奢られるどうも俺です」
俺が自虐混じりに言うと、環奈はクスッと笑っては、やがてお腹を抱えて爆笑する。
「ぷははは!何それ!」
「だよな。やっぱりおかしいよな」
俺も環奈に釣られる形であははと自嘲気味に笑う。
環奈は、ひとしきり笑ったのち、とても明るい表情を作り、優しい視線を俺に送った。
それからというもの、俺が急に電話を切った理由や他愛もない話などをした。
もう彼女は俺を睨むことなく、バラエティに富んだリアクションをしてくれるようになった。
時折、俺たちに視線を送ってくる葉山がちょっと目障りではあったが、俺がちょっと彼のことを気にしそうになったら、環奈が新たな話題を振ってくれて、話は盛り上がった。
X X X
神崎環奈side
環奈は女友達二人と一緒に下校中である。
「ねね!何をそんなに近藤くんと楽しく話してたの?」
「私も知りたいな〜」
友達二人は興味津々な目で真ん中を歩く環奈に問うた。
「大した話じゃないよ!えっへへ」
環奈が大仰に手を振って、笑顔のまま答えた。
「これはますます怪しいね♫」
「葉山くんが妬いちゃうかもね〜」
環奈は葉山という名前が出た瞬間、目をカッと見開く。だが、やがて、にっこりと微笑んで、返事をした。
「やだ〜なんでそこで翔太の名前が出てくるの?」
「だって、幼馴染でしょ?」
「うんうん!幼馴染!」
目を細めて含みのある言い方で続きを促す二人の友達。環奈は彼女らの反応を見て、笑顔を崩さす返す。
「私と翔太の間にそういうのないから!それより、樹くんってすごく面白いよ。今度一緒に声かけてみようね!」
「そ、それは……」
「昔ちょっと、キツいこと言っちゃったから声かけづらいかも……」
「樹くん、とても優しいから、大丈夫だと思うけどね……」
環奈の誘いに二人は後ろめたそうに目を逸らしては、道を歩く。
X X X
神崎環奈side
新しくできたパフェ専門店
環奈は二人の友達とバイバイしてから、ある人と会うために最近話題になっているパフェ専門店へとやってきた。
女子受けしそうな内装と雰囲気が印象的なこのパフェ専門店には学校帰りの女子高生や若い専業主婦と思しき女性たちでいっぱいだった。
制服姿の環奈は携帯を見ながら中へ入る。
首を左右に動かしながら前に進んでいると、誰かが自分に手を振ってきた。
「環奈ちゃん!こっちこっち!」
少しウェーブのかかった金髪、健康美のある薄い小麦色の肌と大きな胸。着崩した制服は一見だらしなく見えるが、それらを一つの個性として昇華させてあまりあるほどの綺麗な顔。
環奈は彼女の姿を見て、安堵のため息をつき、目の前の彼女に倣い、手を振り返す。
そして彼女の名を口にするのだ。
「真凜ちゃん!待たせちゃってごめん!」
追記
あはは……
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