第12話 ちょっとしたアクシデント

 今日学校で連絡先教えたばかりなのに、わざわざ電話をかけてくるなんて……


 アインメッセージでやりとりするのが普通だと思うがな。


 幸い花音ちゃんは現在トイレに行っている。女子はトイレが基本長いので、電話に出て素早く済ませるのも手だな。それに、せっかくかけてくれたのに知らないふりをするのもアレだし。

 

 いろんな思惑が交錯する中、俺は固唾を飲んで電話に出ることにした。


「もしもし」

「樹くん……こんばんは」

「こ、こんばんは」

「……」

「……」


 挨拶を交わしたきり、しばしの沈黙が訪れる。なんで電話かけてきたんだよ……この子は。


 携帯から「ん……」とか「はう……」といった息遣いが聞こえているが、環奈は言葉を発することはない。


「あ、あの?環奈?どうした?」


 気まずくなったので俺の方から聞いてみることにした。


「べべ……別に大した話はないけど……折角連絡交換したし、その記念に……」




「樹お兄様!!!!!助けてください!!!!私……いきたいのに……いきたいのに!!!!!!」


 いきなりトイレにいる花音ちゃんが大声で叫んできた。


「花音ちゃん!?今行く!」

「へえ?樹くん!?今の声って……」

「すまん!環奈、後で俺からかけ直すから!」

「ちょ!」


 俺は電話を切って、素早くトイレの方へと駆けつけた。


 ドアを開けると、ブルブル体を振って、真っ青になっている花音ちゃんがいた。もちろん服はちゃんと着ている。


「花音ちゃん?どうした?」

「……ごおおおおおお……ごおおおおおおおおお……」

「ごおおおおお?」



「ごおおおおおおおおおおおおおおおおきぶり!!!!!!」

 

 そう言って花音ちゃんは人差し指でトイレのドアを差した。指先めっちゃ震えているな……


 俺は拍子抜けした顔を浮かべ、トイレットペーパーをちぎり、ドアにくっついているゴキブリをやっつけた。


「……」

「ほおおお……」


 花音ちゃんはそんな俺の様子を不思議そうに見つめる。透き通った青い瞳は啓介と瓜二つだな。


「本当にありがとうございます。おかげさまで樹お兄様のところへ無事に行くことができました」

「ううん。気にすんな。一応虫対策はしているつもりだけど、たまに出てくるんだよね……」

 

 リビングに戻った俺たちは、お茶を飲みながら一心地ついている。


 お腹もくちくなったことだし、なんだかいい気分になってきた。中3から高級寿司を奢られるのはちょっとアレだが、自分の行いが報われる時に感じる気持ちは忘れずに大切にしていきたい。


 これから啓介が俺たち以外の人にも堂々と振る舞えるようにもっと応援してやらねば。

 

 そんなことを考えながら花音ちゃんに生暖かい視線を送ると、彼女はお茶カップをそっと置いて、意を決したようにふむと頷いてから俺に向かって口を開いた。


「樹お兄様」

「ん?」

「師匠と呼んでよろしいのでしょうか?」

「ん!?師匠!?」


 突飛なことを言う花音ちゃんに俺は飲んでいるお茶を吹きそうになったが、なんとか飲み込んで視線で続きを問うてきた。すると、自信に満ちた面持ちで胸をむんと反らしてから返事する。


「はい。私のお兄様から樹お兄様のことは常々聞いていますが、実際にお会いしてみると、私はまだまだ学ぶべきことが多いなと実感させられました」

「……」

「私はお兄様を守りたいんですが、ゴキブリ一匹見ても腰を抜かすような軟弱な人です。ですが、樹お兄様と一緒にいれば、強くなって、きっと私のお兄様を守れるようになると確信しました」

「お、おう……」


 本当にお兄ちゃん想いのいい子だ。あのまん丸なお目目には悪意とか悪巧みといった要素は見当たらない。

 

 俺は感動したあまりにうるっとしたが、誤魔化すために咳払いをして、返答した。


「わかった。そういうことなら師匠になってやるよ」

「おお……ありがとうございます!」

「でもさ、守るだけじゃちょっと物足りないな」

「え?」


 俺の含みのある言葉に花音ちゃんはキョトンと可愛く小首をかしげる。


「啓介自身が強くなれるように一緒に応援してやるのさ」


「っ!!!!」


 花音ちゃん目を丸くしたまま俺を穴が開くほど凝視した。小さな口は少し開けられていて、まるで人形のようだ。


 やがて我に返った花音ちゃんはにっこりと微笑みを湛えて、俺に答えた。


「はい!肝に銘じます。樹お兄……師匠!」

「ああ」


 こんな可愛い女の子を無視して勝手に一人でご飯食べたら、確かに呪いにかかっちゃうよな。


X X X


 夜遅いので花音ちゃんを直接家に送ろうとしたが、タイミングよく父さんと母さんが家に着いた。お父さんは結構疲弊した様子でゾンビのように中に入り、母さんはツヤのある肌で明るく笑っていた。


 結局、母さんが車で花音ちゃんを静川家に送ることになった。まあ、母さんと一緒なら安心だな。

 

 挨拶を済ませた俺は、玄関からリビングに戻り、俺が座っていたソファーでぐでぐでになっている父さんの姿を見た。


 いつも俺と母さんのために頑張ってくれている父さん。そんな彼の姿を見ているとなんだか喉に何かがつっかかっている違和感を感じる。涙を堪える時に感じるあれだ。


 俺はキッチンに行って、俺が転生前によく飲んでた青汁を冷蔵庫から取り出し、それを父さんのほっぺたに当てる。


「つめたっ!」


 父さんは驚いたように、俺を見つめた。


「父さん、これを飲むと元気になるよ」

「樹……」


 父さんは俺から青汁を受け取り、迷いなくそれを飲み干した。


「うわ……苦いな……でも、元気になる味だ」

「だろ?ニンニクエキスサプリもあるよ」

「ふふ……最近の樹を見てたら、俺も体の管理しないとって思うようになったよ」

「父さんはいつも俺と母さんのために頑張ってくれてるからな。元気になってもらわないと」


 俺と父さんはそれっきりなんの言葉も交わさないまま笑い合った。


 心が満たされて行く。


X X X


 神崎環奈side


「……」


 寝巻き姿の黒髪美少女はベッドの上で正座したまま自分の携帯と睨めっこしている。


 一瞬の隙も逃すまいと、目をしばたたくことさえも忘れて、その綺麗な瞳は1mmも動く気配がない。


 聞こえるのは秒針が時を刻む音のみ。


「なんでかけてこないのよ……」






追記


 お陰様でラブコメ部門日間週間一位になりました!!!


 うれちい……


 次回は「!?」となるような展開があるかもしれませんしないのかもしれません(どっちだよ)。

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