第11話 兄を想う妹

「俺を待てた?」

「はい」

「なんで?」

「恩返しがしたくて……」

「恩返し?」


 環奈といい啓介の妹といい、この世の中の女の子って恩返しという言葉が好きなのかね。


 俺が怪訝そうな表情をして首を捻っていると、綺麗なワンピースを身に纏った啓介の妹が透き通った青い目を輝かせて言った。


「私のお兄様を救ってくれた恩人ですもの……今日は一生懸命ご奉仕させていただきます」

「ほ、奉仕!?」


 昨日は巨乳の悪戯メイドからご奉仕されたばかりなのに、今度は友達のかわいい妹さんからご奉仕……


X X X


 リビングのソファーに座って俺を上目遣いで見つめているのは静川啓介の妹である静川花音ちゃん。中学3年生で、自分の兄のコミュ障が改善されたことで俺にご馳走したいと思い、俺の家にやってきたというわけである。ご馳走したいなら普通ここに来るんじゃなくて俺を招待する流れになると思うが、細かいことは気にしないでおこう。


 焼肉パーティーの時は会話を交わすことはなかった。なので、兄に倣い人見知りだなと思っていたが、一人で俺の家に乗り込むとは、結構大胆な子だ。様つけはちょっと気になるけど、せっかくの好意を無碍にするのは許されないと思い、俺は彼女を家に上がらせた。


 それにしても、俺が夕食を買うと呪われるって、啓介のやつも大袈裟だよな。


「あの……樹お兄様、何か食べたいものとかございますか?お代は私が払いますので」


 中学3年生に言われる言葉じゃないと思うがな……ていうか声、良すぎて妙に頭に響く。


「いや、飯は俺が奢るよ。花音ちゃんこそ何か食べたいことでもあるの?シースーもいけるよ」

「いいえ。ちゃんと、お金で樹お兄様に喜んでいただきたいです」

「……」


 幼い外見だが、俺を捉える瞳からは突っ込めないオーラが放たれているように思える。


 なので、俺は頷いてお言葉に甘えることにした。


X X X


 俺たちは相当高い寿司を家に取り寄せて美味しくいただいた。もっと安いやつでもよかったが花音ちゃんは目力を込めて最上のものを食べてほしいと言ってきたので、断りきれず今に至ったわけだ。


「うまかった。こんなに美味しい寿司は初めて食べたよ」

「ご満足いただけたようで嬉しいです」


 空になった容器を見ながら俺は満足げに息を漏らした。


 花音ちゃんはお茶を飲んでから、俺に向き直って、真面目な表情で俺に話し始める。


「改めまして、この度は本当にありがとうございました。おかげさまで私はお兄様と昔みたいに話せるようになりました」

「お、おお……それはよかったね」

「ずっと……心配していましたけど……本当に……本当によかった」

「か、花音ちゃん!?」


 花音ちゃんは目を潤ませて、細い指で目頭を拭う。


 きっと辛いことがあったのだろう。こんな小さな子が涙を流すほどだもん。


「啓介って昔はコミュ障じゃなかったんだね」

「はい……そうでございます」

「一体何があったんだ?あ、言いたくなければ別に言わなくていいさ」

「……いいえ。私がここにきたのは樹お兄様に恩返しをするためですが、私のお兄様の過去を伝えるためでもあります」

「啓介の過去……」


 花音ちゃんは啓介がなぜコミュ障になったのか教えてくれた。

 

 花音ちゃんは美しい声の持ち主だ。なので、昔から声優としての才能が認められ、主に、アニメの業界からスカウトを受けまくりだとのことだった。そして、5年前に有名なアニメの声優オーディションを受けるためにお母さんと啓介と一緒にオーディション会場に来た時、事件が起きた。


 日頃から花音ちゃんに道ならぬ感情を抱く中年のおっさんたちがオーディション会場に潜り込んで花音ちゃんを暗い部屋に連れ込んで、体を触った。


 超えてはならない線を越えそうになったところ、異変に気づいた啓介がやってきて、おっさんたちに噛み付いた。そのおっさんたちは、啓介を力の限りぶん殴って一生消えない物理的、精神的ダメージを与えたという。啓介が時間を稼いでくれたおかげで花音ちゃんは穢される事なく駆けつけてきた警備員によって助かった。だが、啓介はそれ以来、ずっと家に引きこもってまともに友達作りもできないほどのコミュ障で悩まされたという。

 

 だけど、キモデブだった頃の俺に出会ったことで、学校に通うようになり、約1ヶ月間、がっしり体を鍛えたことで自信がついて、妹とご両親とはある程度、話せるようになったらしい。


「なるほど……あいつにそんな過去が……」

「ですのでこれからも……私のお兄様の事をよろしくお願いします……」


 花音ちゃんはスカートをぎゅっと握り込んで、不安そうに頭を下げた。


 お兄ちゃん想いの立派な妹だ。

 

 そんな健気な彼女を見た俺は、頭を撫でずにはいられなかった。


「んにゃ……」


 俺の手は結構大きい。それにゴツゴツしている。だけど、花音ちゃんはまるで子猫のように可愛い声を出しつつ、俺の手を拒まずに目を瞑った。


「今度、啓介にあんなひどいことしようとする連中が現れたら、俺が全力でぶん殴ってやるから安心してよな」

「それは……とても心強いですね……でも……」

「ん?」


 なぜか、花音ちゃんの頭からドス黒い何かが溢れてくる気がして、俺は手を止めて彼女の顔を見てみる。


 すると、


 完全に色を失った目を俺に向けて、話す。


「私のお兄様にひどいことする人がいたら、今度は私がそのゴミどもを

「っ!」


 こ、怖い!何このヤンデレ!?一瞬鳥肌立ったじゃーか。中三らしからぬオーラ……


 俺が体をひくつかせて少し後ずさると、花音ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。私のお兄様のことを考えるとつい……」

「お、おお……そりゃ、あんな過去があればな……」


 花音ちゃんは頭をあげて、また俺を上目遣いして見てきた。


 何このギャップ……可愛い……


 少し赤く染まっている頬とまん丸なお目目。そしてまだ成熟してないが、バランスのいい体。恥ずかしそうに足をしきりに動かしているけど、そこがまた可愛い。

 

 足?


「あの……私、お手洗いに行きたいんですけど……」

「ああ、そういうことか。トイレならリビングを出て左な」

「ありがとうございます……それじゃ……」


 花音ちゃんがソファーから降りて、優雅な足取りでリビングを出た。


 それにしても、声優か……あの声で喋るキャラが登場するアニメがあれば、そりゃ見たくもなるよね。あとで聞いておこう。昔の近藤樹としての本能が雄叫びをあげているような気がするのはなぜだろう。

 

 と、俺が短く息を吐くと、ポケットからブーブーと携帯が鳴った。どうやら誰かが俺に電話をかけてきたようだ。


 俺は携帯を取り出し、画面に目を見やると、見覚えのある人の名前が表示されていた。



『神崎環奈』



「……」

 




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