第10話 彼女というキャラを作った作家に祝福を

「いや〜昨日のマリリン様はマジで天使だったよな〜」

「あれは天使じゃないだろ。どっちかというと小悪魔系な」


 3人集まって学校の正門を仲良く潜りながら昨日のメイドカフェでの出来事について語り合った。もちろん、マリリンちゃんが自分のアインアカウントのIDを教えてくれたことは言ってない。


「啓介も行ったら絶対満足すると思うけどな!」

「……僕は、ちょっと……」

「ははは!分かってるって!いつか一緒に行ける日が来るといいな」

「……うん。僕も樹くんと学くんと一緒に遊びたい」


 学と啓介が仲睦まじく話している様子を温かく見守っていると、視界の隅っこに見慣れたウザい金髪男とその友達が話を交わしつつ歩いている姿が見えた。


 ウザい金髪こと葉山も俺の存在に気づいたらしく口を止めて一瞬俺の方に視線を送った。ちなみに友達の中には昨日、俺と一緒に当番の仕事をやっていたやつも混じっている。


 まあ、別にあいつらとは接点ないからな。


 俺は彼らが視界の隅っこに入らないように首を動かした。そんな俺に学が話しかける。


「樹」

「ん?」

「今日は何する?」

「ん……今日は、学校終わって、ジム行って……両親は日帰り旅行で夜遅くに帰ってくるから、スーパー寄って晩御飯買うって感じかな」

「スポーツジムね……だったら放課後にはゲーセン行けないか……久々に音げー記録更新しようと思ってたのによ」

「ゲーセンもいいけど、ちゃんとリア充満喫しろよな」

「いや〜人は早々変わらないといいますか……」

「おい、わずか一ヶ月前のお前の姿を思い浮かべてみろ」

 

 俺が学にドン引きしていると、啓介が急に意味深な表情で俺を捉える。


「樹くんのご両親……日帰り旅行……」


 そう呟きながら彼は長い髪に隠れていた透明な瞳を光らせた。


X X X


「あ!樹くん、おはよう!」

「お……環奈か。おはよう」


 学と啓介と別れてクラスに向かっている途中、メインヒロインたる環奈が手を振って挨拶をし、近づいてきた。


 なので流れで生徒たちの言葉で埋め尽くされている廊下を二人並んで歩いている。


「あのね……」

「?」


 無言のまま二人して教室へと進んでいるが、環奈はどうやら俺に対して話したいことがあるらしい。


 俺がなんぞやと隣にいる彼女に目を見やると環奈はモジモジしながら視線を泳がせようとするが、綺麗な青い瞳は俺を正確に捉えていた。そして口を開く。


「昨日は楽しんだ……かな?」

「昨日?」

「ほら!約束あるって言ったじゃない。女の子と一緒に遊んだりして……」


 後ろに行くにつれて自信をなくしたような口調で話す環奈。だけど、チラチラと視線をこちらに向けてくる姿はなんだか小動物みたいで可愛い。体は全然小動物じゃないけどな。


「ああ。楽しかった。一緒に遊んだの久しぶりだし、いい思い出だったよ」


 あそこで働くメイドさんみんな美人揃いだし、マリリンちゃんもグッときたし、昨日は良いことずくめだった。


「そ、そう……」


 俺の感想を聞いた環奈は急にしゅんと落ち込んだ。


「どうした急に?」

「なんでもないわ……」

「いや、なんでもないようには見えないけどな」


 俺は心配になり明後日の方向に目をやっている彼女に問うた。すると、彼女は顔を引き攣らせながら言葉を紡ぐ。


「彼女いたんだね……」

「彼女??」

「樹くんすごく良い感じになったし、予想はしていたけどね……変な女の子に引っかからないか少し心配……」


 環奈は諦念めいた顔で深々とため息をついてから、歩調を少し緩める。


 いや待って。俺たちの話に恋愛や彼女関連の要素は全くない。この子は一体何を言っているんだ?


「環奈」

「え?」


 俺は事の次第を環奈に伝えた。


「メイド……ね」

「ああ。彼女じゃないよ」

「ぶう」

「何怒ってんだ……」

「なんでもないわ」

「いやなんでもあるだろ」


 環奈は頬を膨らませて腕を組んでいた。胸だけじゃなく頬まで大きくさせるなんて……風船にでもなるつもりかい。


「私を勘違いさせた罰として、樹くんにはやってほしいことがあります」

「もうわけがわからんが、俺にやってほしいことってなんだ?」


 彼女は俺にジト目を向けたままスカートのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出しては俺に差し出す。


「携帯?」

「連絡交換」

「あ、そういうことか」

「樹くんは罰としてこの前助けてくれたことへの恩返しを受けなければなりません」


 この前って、確か俺がチャラ男からこいつを助けた時のあれを指すのだろう。


「気にすんなよ。当たり前なことをしたまでだから」

「こっちだって助けられっぱなしなのは嫌よ。ギブアンドテイク。もらった恩はちゃんと返す」

「お、おお」


 環奈のご両親はとても立派な方であるに違いない。いつか見てみたいな。


 俺は少し驚いた表情で息を小さく吐いてから、彼女の顔を見つめた。そんな彼女は腰を少し屈めて上目遣いで俺を見上げてきた。


「恩返しのこと以外にもと連絡するからね。ふふ」

「……」

「電話番号の入力、終わった」

「あ、ああ」


 彼女は俺の手から携帯を丁寧に受け取ってそれを数回タッチする。すると、俺のポケットにある携帯が鳴った。おそらく俺に電話をかけたんだろう。


「私のも登録してね」

「うん」

「それじゃ先に行くわよ。ふふっ」

「……」


 彼女は満面に笑みを浮かべて、歩調を早め始める。俺はボーっと彼女の後ろ姿を見ていた。


 長い黒髪、細い腰、ボリュームのあるお尻。そして短いスカートから伸びる綺麗な形の脚。

 

 制服姿ではあるが、いや、制服姿だからこそ、彼女の美しさが際立っているように思える。


 気がつくと俺は立ったままいなくなった彼女が通った廊下を見ていた。


 作家さん……あんなキャラを作るなんて、なかなかやるじゃねーか。


X X X


 学校が終わり、俺は新しく登録したスポーツジムで体を鍛えてから商店街にやってきた。父さんと母さんは日帰り旅行で帰り遅いから、夜ご飯はもらったおお金で済ませなければならない。


 いつも夕飯は家族と一緒に食べたが、今日は久々に一人である。


 久々か……


 転生前の俺は一人でご飯を食べることが多かった。ナンパした女の子と関係を持つ時以外は大体一人。


 父さん、母さん、学、啓介。


 過去の近藤樹はキモデブではあるけど、人には恵まれた方だと思う。


 そんなことを考えつつ、スーパーに入ろうとした瞬間、俺の携帯が鳴った。


 なんぞやと携帯を取り出して画面を確かめると、誰かからアインメッセージが届いた。


 送ってきた人は


 啓介


「へえ、珍しいな。啓介から送ってくるなんて」

 

 俺は頬を緩めてロックを解除し、メッセージを確認する。


『樹くん、晩御飯まだ食べてない?』


 俺は早速返事をする。


「うん。これからスーパー寄って弁当買おうとするとこっと」


 送信ボタンを押すと、秒で返事がきた。


『やめて!』


「ん?」


 彼が送ったメッセージの内容の意味するところがわからなくて、俺は首を捻った。すると、また啓介から返事が届いた。


『何も買わずに家に帰ってほしい。じゃないと呪われる』


「の、呪われる!?」


 俺の想像を遥かに上回る啓介のメッセージに戦慄の表情を浮かべる俺。


「どういう意味?っと」


 だが、今回はいくら待っても返事が返ってこない。まあ、既読はついているから見てはいると思うが。


 仕事帰りのサラリーマンや塾帰りの学生たちなどで溢れかえる商店街。


 俺がスーパーの前に立ったまま長らく携帯と睨めっこをしていると、ようやく彼から返事がきた。





『。』





「っ!」


 俺は目を丸くして驚いた。だけど、あまりにも啓介らしい返事に思わず笑いが溢れてしまう。


 俺は含み笑いしつつ、返答した。


『了解!』


X X X


「なっ!」


 俺は戸惑っている。


 啓介のわけのわからない話に乗っかってやると決めた俺が家の前に来ると、青い髪をした美少女が立っているからである。


 彼女は俺の存在に気がつくと、視線を俺に向けてぺこりと礼儀正しく頭を下げる。


 それから頭を上げては


「樹お兄様。お待ちしておりました」


 まるで声優を彷彿とさせる澄み渡る声音。環奈やマリリンちゃんとは違ってまだ成長してない体。だけど、端正な顔立ちには品がある。

 

 この前の焼肉パーティーで見た時は雰囲気に酔ってあまり意識してなかったが、すごく美少女だ。


 啓介の妹の登場である。


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