第9話 メイドさんの正体

 メイド喫茶・メイドリーム


「人多いな」

「まあ、有名なチェーン店だからな」


 ここは約一年前にできたメイド喫茶店・メイドリームで家から割と近いことから俺と学が足繁く通っていたところでもある。


 本来なら夏休みの間、学とここに入り浸ってかわいいメイドさんといっぱい話す予定だったのだが、ガッツリと身体を鍛えたため、俺がこの世界に転生してからというもの、まだ一度も行ったことがない。


「樹よ」

「ん?」

「啓介は来ないよね?」

「ああ。学校で視線浴びまくって疲れているっぽい」

「3人で来たかったけどな」

「まあ、あいつもあいつなりに色々頑張っているから急がなくてもいいと思うんだぜ」

「そうだな」


 啓介は人混みが苦手なので、数回メイド喫茶店に行こうと誘ったことはあるが、全部断られた。


「樹ご主人様!学ご主人様!中へどうぞ」


 俺たちの順番がやってきたので、ふむと小さく頷きあってから中へと入った。


「お久しぶりですね!夏休みの間お会いできなくてずっと心配しておりまし……え?」


 笑顔を崩さなかったお馴染みの案内係のメイドさんだが、俺たちの顔を見た途端、目を丸くして、口を半開きにする。それから驚いたように口を開いた。


「あ、あの……失礼ですが、いつもここを利用してくださるVIPの樹様と学様ではありませんよね?」


 どうやら変わった俺たちのことを別人だと勘違いしているようだ。なので、俺は誤解を解くべく案内係のメイドさんに向かって口を開く。


「あの……あってますよ。俺たち、夏休みの間、身体鍛えてイメチェンしたので……」


「え、ええええええええええ!!!」


 俺の言葉を聞いたメイドさんはポカンと口を開けて、大声を出した。そのせいで、周りの人々は俺たちに視線をやる。

 

 その中には、いつもお世話になっている金髪のもいた。


 席に案内され、椅子に腰掛ける俺たち。


「いや〜ここはいつ着ても癒されますな〜な?樹」

「そうだな」

「こうやって綺麗でかわいいメイドさんが働く姿を見ているだけでも、心の疲れが吹っ飛ぶぜ」

「見てるだけだとお腹はいっぱいにならないぞ。なんか頼もう」

「そうね」


 学はニコッと笑ってメニューに目を通した。すると、さっき見た金髪のメイドさんが俺たちの方へやってくる。

 

 いつもはタメ口で「来てくれてありがとう」と、メイドらしくない口調で俺たちを歓迎してくれるのだが、今回の彼女は俺たちにジト目を向けたまま、スカートをぎゅっと握り込んでいる。気のせいかもしれないけど、頬が少し赤い。


「あ、あの……マリリン様?」


 居た堪れなくなったのか、学がマリリンちゃんに向かって問うてきた。すると、彼女ははっと我に返ったらしく、いつもの表情を作り、俺たちに返事をする。


「すごいね。本当に樹っちと学っちじゃん」

「よ、よ……久しぶり」


 と、俺がぎこちない笑顔で返したが、転生した俺からしてみれば初対面だよな……

 

「へえ……」


 マリリンちゃんは顎に手をやり俺の目を凝視する。なぜか詮索されるかのような気分だ。まあ、彼女は少しSっ気があるから、こんな攻めるような視線をむしろご褒美だと思って通い詰めるM男も多いと聞くが、どう反応すればいいのかわからない。


 戸惑っている俺を揶揄うように彼女はさらに俺たちの近くにやってきては腰をかがめて俺たちと同じ目線で話した。


「二人とも素敵よ。ずっと会えなくて心配してたけど、こうやってイケメンになった樹っちと学っちの顔が見れて安心した」

「い、いや……俺がこうなったのは樹が引っ張ってくれたおかげと言いますか……こいつがいないと成り立たなかったというか……筋トレのプランとかイメチェンの仕方とか全部樹が考えてくれたわけだし……」

「何言ってんだ。お前が汗水流して努力したからイメチェン出来ただろ?」


 学は恥ずかしそうに目を逸らし後ろ髪を引っ掻く。


 や、やめてよ。俺まで恥ずかしくなっちゃうだろ……


「へえ……樹っちのおかげね……」


 マリリンちゃんそう言ってから、小悪魔っぽく俺たちの胸を拳で軽く突いてまた口を開いた。


「やればできるじゃん!ひひ」

「っ!」

「っ!」


 柔らかい金髪を揺らし、エメラルド色の瞳は当惑している俺たちの姿を余すところなく映している。そして、過去の近藤樹の記憶の中にいる彼女よりもっと大きくなった巨のつく胸はメイド服の独特な作りによって豊満さを増す。それに小さなスカートから伸びる薄い小麦色の脚は健康美人であることを証明するように美しい形をこれみよがしに見せつけていた。彼女はこの店で一二を争うほど人気のあるメイドだ。タメ口を使って少し生意気な態度だが、それさえも個性として昇華させてみせる。彼女が漂わせるオーラと人の心を掴むスキルは屈指のものと言えるのではなかろうか。


 ちなみにこの子は『クラスで俺を見下すイケメン男子の幼馴染に催眠をかけて寝取る本ー番外編』でメチャクチャ俺に犯される。小悪魔な彼女がキモデブの過去の俺に徹底的に堕ちていく姿は実に壮観であった。短いストーリーだったがインパクトは凄かった。


 俺たちが息を呑んでマリリンちゃんをボーと見つめていると、彼女は周りを意識したように、前にかかった髪を掻きあげてから立ち上がった。


「ところでご注文は何にする?」

「ちゅ、注文?あ、そうだった。俺は萌え萌えオムレツ。学は?」

「おお、俺はだな……俺も樹と一緒のがいい!」

「はい〜萌え萌えオムレツ二つね。ダブルオムレツだからダブル萌え萌えキュンでいこうっか」

「は、はい!マリリン様の萌え萌えキュン待ってました!」


 学が息巻いて手を回しながら興奮気味に言った。


 なんか、俺よりオタクっぽいなこいつ。


 まあ、こいつがアニメやゲームを好きになるように仕向けたのは他ならぬ俺だが……転生前の近藤樹。


 と、思いながらマリリンちゃんに対して熱弁を振るう学に温かな視線を送った。


X X X


マリリンside


「ふふん♫ふふふん♫ただいま〜」


 鼻歌を歌いながら玄関から自分の家に入ってきたのは制服姿をした金髪の美少女だった。彼女は靴を脱いでからタタタっとリビングの中に入る。リビングにはいつもの人がソファーに座って携帯と睨めっこしている。金髪の美少女は彼を見て嫌そうに顔を顰めてから口を開いた。


「兄貴……いたら反応しろ」

「……」

「何しけた顔してんの?ウケる。何もとうまく行ってないからと言って国を失った人みたいな顔することないじゃん」

「うるせ」

「あら、図星?」

「くそ……」

「ふふ〜ふふん〜」

「そういうお前は偉くご機嫌だな」


 鼻歌を歌いながら手を洗うために洗面台へと向かう自分の妹に向かって葉山は探りを入れてみる。


 葉山真凜は嬉しそうに自分の兄に向かって話し始めた。


「バイト先で超格好いい人見つけたから!」

「へえ、俺よりもか?お前が働いてるとこってキモいオタクたちがいっぱい来るメイド喫茶だろ?」

「はあ?なに馬鹿なこと言ってんの?気持ち悪い。兄貴なんかより格好いいに決まってんじゃん。世の中、いろんな人がいるの」

「でも、仮にそうだとして、お客とかだと連絡交換なんかできないだろ」

「ひひ!それがね、できちゃうんだよ」

「お前……まあ、実際交換したとしても、ロクでもない変態野郎である可能性が高いと思うがな。気を付けろよ」

「兄貴もいい加減そんなヘイトスピーチばりの話し方って直した方がいいと思うよ。いつか、

「……うっせ!妹の分際で生意気だ」

「はいはい」


 妹である真凜は自分の兄を適当にあしらって洗面台の中へと入った。そして今日あったことを思い出してみる。


『今日は来てくれてありがとう!イケメンになったからといって、来てくれないと怒るわよ』

『は、はい!マリリン様!VIPの座を譲らないように頑張ります!な?樹?』

『あ、ああ。楽しかったよ』


 この流れだと二人は帰るのだろう。だけど、真凜の目的はまだ達成されていない。

 

 だから、


『それじゃ、ご主人様たち、また来……きゃっ!』

『マリリンちゃん!?』


 彼女はステップを(わざと?)踏み外して近藤樹の方に躓いた。近藤は倒れてゆく彼女を見事抱きかかえる。


『大丈夫か?』

『う、うん……ごめん』

『無事でよかったな』

『……ありがとう』


 周りのメイドたちが駆けつけて近藤に向かって頭を下げて感謝の言葉を伝えている。注目が彼の顔に集まると、真凜は、自分のアインアカウントが書かれた紙をこっそりと近藤のポケットの中に入れた。


 洗面台の鏡に映っている自分の姿を確かめて、微笑む真凜。


 抱きしめられた瞬間に感じた近藤の引き締まった筋肉の硬さ。その感触を思い出すたびに電気のようなものが自分の体に流れる気がした。だけど、これは決して悪い感覚ではない。


 わずか一ヶ月ほどで成し遂げた変化。


 彼女は彼の往時をよく知っている。だからこそ、近藤がどれほど努力していたのかも分かっているのだ。


 今の自分に満足して成長を拒むのではなく、自分の至らぬところを洗い出して成長するための足場とする向上心。


 葉山真凜はまだ高校一年生だ。


 だけど、舌なめずりをしながら頬を桜色に染める薄い小麦色の彼女の表情は


 








 色っぽい








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