第8話 約束



 俺たちはいつもの静かな穴場スポットに陣取って昼飯を食べるために準備をしている。だけど、その前に気になることを二人に聞いてみることにした。


「それで、どんな感じだった?」

「「怖かった」」


 元ガリ勉くんの学はげんなりした表情、コミュ障の啓介は不安そうな表情。きっとそれぞれのクラスで何かがあったのだろう。


「どの辺が?」

 

 と言ってから俺は視線で二人に返事を求めた。すると、学がメガネをかけ直す仕草をするが、ソフトレンズであることに気がつき、咳払いをしてから口を開いた。


「今までクラスの男女から白い目で見られたけど、急に目をキラキラさせて俺に話しかけてくるからよ」

「へえ、いいことじゃねーの?」

「いや、なんというか、急に態度変わりすぎて逆に胡散臭くて怖いよ」


 そうい言った学は顰めっ面でため息をついていると、啓介も加勢する。


「僕も……同じ……」

「そ、そうか……啓介は大丈夫だったか?」

「樹くん……ぼく、めっちゃ怖かった……」


 啓介は急に俺に体をくっつけて震えた。彼の目を見ると、泣く寸前であった。


 まあ、無理もない。啓介は俺たちと出会う前までずっと不登校で他人とろくに会話もできてないドがつくコミュ障だったからな。


 いくら体を鍛えようと、髪を綺麗(前髪は長いままだが)に整えても、すぐに変わるようなものではないのだ。


 俺は彼らの反応を見て静かに目を瞑ってからしばし考えごとをしたのち、目を開けて優しく語る。


「これが普通だ」

「「え?」」

「世の中はだいたいこんなもんだぜ。でも、俺たちは冴えなかった時でも今でもずっと俺たちでい続ける。それが大事だと思うんだ。だからあまり周りのことなんか気にすんな。俺はお前らとの関係を大切にしていきたいんだから」

「樹くん……」

「樹……これは、違うフラグが立ってしまいそうな予感が……」


 さっきまでの二人はとても暗い表情をしていたが、いつしか温かい笑みを湛えて俺を見つめている。


「何ボーっとしてんだ?早く昼飯食べよう」


 俺から言われた二人は目を丸くし、それぞれ持ってきた弁当箱の蓋を開ける。うち学が何か思いついたらしく、「あっ!」と言って俺に話かけてきた。


「ところで樹よ」

「ん?」

「メイド喫茶には行かないのか?」

「メイド喫茶?」

「ああ。夏休みの間、ずっと身体鍛えてたから全然行けてなかったろ?今のランクVIPだけど、このままだと下がっちゃうよ」

「……」


X X X


放課後の教室


「本当にいいのか?」

「はい。残りは俺が全部やっておきます……近藤さんは先に行っていいですから……」


 今日は俺が当番の日だ。出席番号順にやるので、いつも俺に暴言を吐く男子と組まされるが、今日の彼の様子はすごく大人しい。


 昔のこいつとは


『おい、豚野郎!ゴミ捨て全部お前がやっときな』

『え?なんで?』

『お前はクラスの中でガン細胞のような存在だからな。少しでも役に立たないと死んだ方がマシだぜ』

『……』

『何つったんてんだ!?早くやれよ!俺は行くからな。もし、ゴミ捨て、ちゃんとやらなかったらわかるよな?』


 みたいな会話を交わしていた。


 俺はコメカミに浮き立つ血管を抑えて低いトーンで話す。


「いつものように俺に丸投げするんじゃなかったのか?」

「……」

「ああ?」

「ごめんさい……」

「何がだ」

「……ずっとひどいことを言って」


 彼は頭を下げて震える声で言った。まあ、実際酷い扱いを受けてきたのは、転生前の近藤樹である。


 俺もこんなガキンチョ相手にエネルギーを使うような無駄な真似はしたくない。それに、早くメイド喫茶行かないといけないわけだし。


「お前が今まで言っていた言葉は、おそらく俺が死ぬまでずっと俺の記憶の中で残っているんだろうな」

「……」

「ゴミ袋、半分よこせ」

「す、すみません」

「次から口には気を付けろ。俺は怒ると怖いからな」

「っ!わ、わかりました」


 俺はブルブルと身震いする彼からゴミ袋の一部を取り、ゴミ捨て場へと向かった。


X X X


 当番の仕事を終えた俺はリュックサックを背負い、教室を出た。正直、あまりいい気分ではなかった。転生した後の近藤樹である俺に誹謗中傷した葉山が謝るのであればまだしも、俺が彼と話したのはあれが初めてだ。俺にあんなことを言う資格があるのかわからない。


 複雑だな。


 重い表情で学校の正門をくぐろうとすると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「近藤くん!」

 

 そして肩から柔らかい指の感触が伝わってくる。


 俺はなんぞやと後ろを振り返ったら神崎の綺麗な顔があった。


「神崎か」

「環奈でいいよ」

「え?」

「環奈」

「いや、それは流石にちょっと……」

「ぶう……」


 俺の反応に神崎はマシュマロのような頬を膨らませて拗ねる。俺が歩調を緩めることなく歩いても、神崎はずっとついてきている。


 これは、目的を達成するまで離してくれそうにないな。


「か、環奈……」

「っ!!」

「ん?」

 

 環奈は急に身体をひくつかせて足を止めた。俺は気になり止まって視線で続きを促すと、彼女は照れ笑いを浮かべてツヤのある唇を動かした。


「じゃ、私はって呼ぶね」

「あ、ああ……お好きにどうぞ」

「えへへ」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして、俺たちは再び歩き始める。



「それにしても、樹くん、何かあったの?」

「ん?別に」

「思い詰めた顔していたわよ」

「そ、そうか」

「うん」

 

 まんまるな青い瞳には心配の色が宿っているようにも思える。


 だが


「本当に何もねえよ」

「本当に?」

「ああ」

「ふん〜」


 彼女は含みのある表情で俺を見つめつつ、小さく息を吐いた。そして沈黙が流れる。


 ちょっと気まずいな。


「環奈はこれから家?」

「そうよ。樹くんも?」

「俺は約束があるからな……家じゃないよ」

「や、!?」

「ああ。俺、今日はこっち方面だからまたな」

「ふえ?」


 学をこれ以上待たせるわけにはいかないので、俺は早足で近くのバス停の方へ行く。ちょうどタイミング良くバスが来てくれたので俺は素早く中に入った。


X X X


神崎side

 

 去っていくバスを眺めている黒髪の美少女・神崎環奈はヤキモキしている。自分を助けてくれた恩人である近藤樹ともっと仲良くなりたくて声をかけたが、彼は複雑な表情をしていた。


 そして、


 約束。


 一体どんな約束なのだろう。頭をフル稼働させてそれらしき答えを探していると、何かが思いついたようにハッと目を見開く。


「っ!」


 この間読んだ少女漫画のとあるシーン。


 恋人を怒らせた男主人公が、仲直りするために自分の恋人とデートの約束をするシーン。


 つまり、近藤には彼女がいるというのか。


 昔ならいざ知らず、今の彼はとてもイケメンで素敵な身体を持っている。


 道端歩いたら逆ナンもされることだろう。


 それを思うと、名状し難いもどかしさが彼女の心を駆け巡る。


 だが、


『か、環奈……』


 恥ずかしそうに自分の名前を言った彼を思い出すと、なぜか心が落ち着く感じがする。


「私は、ただ単に樹くんと仲良くなって恩返しがしたいだけよ」


 ドヤ顔をして独り言を言うが、やがて、自信なさげな面持ちでボソッと漏らす。


「ほ、本当にそれだけだから……」






追記



今までタグ設定するの忘れてました(今は編集済み)。


にも関わらずラブコメ週間3位になるなんて……


うれちい……


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