第7話 もうキモデブじゃない
いつもならゲームやアニメやアイドルに打ち込んでいくうちに夏休みが終わり、もっとデブになった俺がみんなに白い目を向けられながら学校に向かうはずだが……
「ねえ、あのイケてる3人誰?」
「制服見ると、2年生っぽいけど、初めて見るかも」
「転校生だとか?」
「真ん中歩いている背の大きい男子めっちゃイケメン♫私のタイプだわ〜後で話、かけてみよっか?」
「絶対彼女いるでしょ?」
「そんなのわかんないよ。仮にいたとしても、ウフフ」
正門をくぐる垢抜けした俺たちの姿を見た学校の男女たちがコソコソ話している。その様子をチラチラと視界に収めていたコミュ障の啓介は体をブルブル震わせて肩をすくめては俺の方に体をくっつけた。
「樹くん……僕、みんなの視線が怖い……」
青い髪を靡かせて長い前髪に隠れている潤んだ瞳を俺に見せる啓介の顔を見て、俺は彼の引き締まった肩をトントンと叩きつつ口を開く。
「気にすることはないよ。でも、もし何かあったら俺に連絡くれ」
「……うん。僕、樹くんに連絡……する」
俺は啓介に微笑んでから学と啓介を交互に見て話す。
「昼休みにまたいつもの場所でな」
「おう!わかったぜ!樹も授業頑張れよ!」
と、俺はサムズアップすると、学は目力を込めて全力で親指を突き立て、啓介は控えめに頷いた。
それから俺たちはそれぞれのクラスに移動する。
「ほう、なかなか騒ついているな。まあ、夏休み明けだから当然か」
予鈴が鳴るまで5分も残ってないので、おそらくクラスにはほとんどの男女が集まっていることだろう。
俺は息を呑んで、教室に足を踏み入れた。
すると、色めき立っていたクラスは、冷や水を差したようにシーンと静まり返る。
「……?」
「?」
クラスのみんなが俺を見るや否や、口を半開きにしつつ、固まった。数秒経つと、コソコソし始める。
俺は意に介さず、自分の席のある後ろに向かって歩いた。
「相変わらずひどいなこれは」
『夏休みが明けてもお前はキモデブ♫』『くっさい』『死ね』みたいな落書きなどがぎっしり書かれている。
俺はもうキモデブでもなければ臭くもない。死ぬ理由もない。
鞄を下ろしてから、消しゴムを使って落書きを消していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「近藤くん、おはよう」
「ああ」
俺は彼女に目を合わせずに適当に返した。
「「こ、近藤だと!?!?!?!?!?!?」」
おお、びっくりした。いくら俺が変わったとはいえ、ちょっと大袈裟な反応じゃないか。
「う、うそ……本当にあれが近藤?」
「一体何があったんだよ……」
「信じられない」
みたいなことを口走っているが、俺は気にすることなく、落書きを消して行く。てか、これなかなか消えないな。授業まで間に合うのかな。
俺が頭を悩ませながら猛烈なスピードで消しゴムで机を擦っていると、いい匂いが俺の鼻をくすぐってきた。
「もう!近藤くんって冷たい!」
「え?」
神崎は頬を膨らませて俺の前で腕を組んでいた。俺と同じく黒髪だが癖毛の俺とは違い、絹より柔らかそうな長い髪は微かに揺れており、メインヒロインとしてふさわしい恵まれた体。特に腕を組んでいるため、巨のつく胸はこれみよがしにその存在感を誇示するようである。
彼女は俺から少し顔を逸らして頬を赤く染め、意味有り気に呟く。
「あの時はとても優しかったのに……」
「「や、優しかっただと!?!?!?!?」」
クラスのみんなが彼女の反応を見て驚く。
いや、これはちょっと色々と誤解を招きそうでやばい気がするといいますか……
「わ、わかった!適当に返して悪かった!おはよう!神崎」
「へへ……これからもよろしくね!」
「あ、ああ」
彼女はにへらと満面に笑みを浮かべて自分の席に戻った。
軽蔑の視線を向けてくる奴はもういない。
一つ、気になる視線があるけど、まあ別にいいだろ。
落書きが消えた頃に、予冷が鳴った。
X X X
一限目が終わり、俺は用を足すべくトイレに向かった。
おしっこ中に俺のお尻を蹴り上げる連中がいなくなったので安堵のため息をついてから、用を足し終えた俺は手を洗って出入り口へと歩いた。
すると、見慣れた金髪の男が出入り口の真ん中に立って俺をぼうっと見ている。いつもみたいに生ゴミを見るような表情ではなく、魂が抜かれた面持ちで俺を見ているのだ。
何を隠そう。神崎の幼馴染である葉山だ。
彼の顔を見た瞬間、過去にコイツが俺にぶつけた言葉の数々が脳裏をよぎる。
『キモいんだよ。クソデブが。一緒にいるだけでも吐き気がする。消えてくれればいいのに』
俺は眉根をへの字にして彼を睨んだ。そして、数秒経っても出入り口の真ん中で動こうとしない葉山に向かって低いトーンで口を開く。
「どけよ。通れないだろ」
「は、はい……」
なんで急に敬語で返すんだ?
葉山は俺から視線を外し、足を動かして退いてくれた。俺は短く息を吐いて、通り過ぎろうとした。が、
「ちょっと待って」
トイレを出た俺の後ろから葉山が声をかけてきたのだ。俺は足を止めて半身で振り返った。
「なんだ?」
「環奈と何があった?」
葉山は唇を震わせつつ、緊張した様子で問うてきた。
「なんもねえよ」
と、俺は無表情で返答してから踵を返してクラスに向かう。
俺はナンパ男に絡まれて困っていた神崎を助けた。でも、これを自慢話のように大っぴらにして俺すごいアピールするつもりは毛頭ない。
それに、俺と神崎の間に後ろめたいことは一切なかった。
何より、昔のあいつの言動を考えると、答える義理はない。
葉山side
遠くなっていく近藤の広い背中を見つめている葉山は、トイレの中に入ることも忘れ、また入り口の真ん中に立ったままだ。
「くそ……」
そう密かに呟く葉山は拳を握りしめて唇を噛み締めるのだった。
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