第5話 損な役回り


 夏休み終了まであと一日。


 学と啓介と一緒にものすごい勢いで宿題をこなしてから美容室で髪を切ったり学校の制服などを買ったりと、本当に忙しい日々を送っていた。


 今日は、あの二人と一緒ではなく、一人で商店街にやってきている。これまでずっと3人で行動したわけだから、たまにはこうやって一人でのんびりする時間が必要なのだ。


「ネットで見た靴、試着してみよっかな……あとスポーツジムの登録も……」


 そう呟きつつ、俺はデパート付近にある靴屋に向かった。


 デパートに差し掛かった俺。すると、ショーウィンドウに設けられている鏡がふと目に入った。


 黒色のおしゃれな髪に端正な目鼻立ち、はち切れそうな白い半袖シャツに長いジンズ。もう、昔の俺の面影など存在しない。目の前にいるのは、180CMの細マッチョのイケメンである。


 俺が満足げに息を吐いていると、道ゆく女性たちが俺にバレないように視線を送ってきた。

 

 いつも学校で目にしていた軽蔑の視線ではなく、好奇心に満ちた眼差し。このフィジカルだと、どっかの胸の大きくてかわいい女の子をナンパしてそのまま一夜限りの肉体的な関係を持つこともそう難しくないはずだ。


 そんなことを考えつつ、デパート近辺を歩いている女性たちに目をやっていると、俺好みのかわいくて胸の大きい女性の姿が見えてきた。


 柔らかくて長い黒髪を靡かせて、整ったが幼げのある顔、そして細い美脚とそれを包む灰色のスカート。何より俺の目を惹きつけるのは、黒いシャツを押し上げるようにして存在を主張している巨大な二つの柔肉。


 遠いところから見ていると、非の打ち所がないまさしく俺好みの女の子だ。そんな名知らぬ女性は、携帯を見つめてから、急にため息をついてその透き通った青い瞳を閉じる。


 何かよからぬことでもあったのだろうか。


 まあ、いずれにせよ、あんなに着飾ったってことは、男との約束である可能性が極めて高いことを意味する。


 それに、ここはナンパをするような場所ではないので、早く靴屋に行こうか。


 そう思った瞬間だった。


 いかにも寝取られエロ漫画に登場しそうなヤンキっぽい男が彼女に近づいてきた。俺は気になったので、知らず知らず歩調を早め、二人の会話が聞こえる距離にまでやってくる。


「おいお嬢ちゃん、これから俺と一緒に?」


 うわ……ベタすぎるセリフだわあれ……


 最近のエロ漫画であんな定番すぎるセリフを入れたら読者たちにボコられるぞ?


 と、げんなりしながら気づかれないように二人の会話に耳をそば立てた。


「い、いいえ……結構です」

「そんなこと言わずによ、きっと楽しいって。俺が本当の遊び方、教えてやるからよ!ほら」

「いや、いやです。手離してください」

「お高く止まってんじゃねーぞ。俺が病みつきになるやつ、たっぷり教えてあげるからな」

「……」


 女性はどうやら恐怖を感じて言葉が出ないようだ。それに対してナンパ男は気持ち悪い笑顔を浮かべて、女性の手を掴んでいる自分の手に力をもっと入れる。


 これは、ダメだな。


 あれは明確な強迫だ。女性はちゃんと自分の意思を伝えたにも関わらず、ナンパ男は力でねじ伏せた。


「あはは!いよいよ俺と一緒に行く気になったのか?」

「……た、助けて……」

「え?なんて言った?声が小さくてよく聞こえなかったけど、もしかして、俺とヤりたいと言った?」

「いや……」

「そんじゃ早速行こうか!」


 俺は至近距離で彼女に呟くナンパ男を取り押さえて壁に押し付ける。


「お前、いい加減にしろ。相手が嫌がってんだろ」

「くそ……てめえ」

「何?」

「ひいっ!」


 俺は鋭い眼光をナンパ男に向かって送る。力、筋肉、身長、全てにおいてこいつは俺より下だ。おそらくこいつもわかっているのだろう。


 ナンパ男は悔しそうな表情で自分の体から力を抜いた。なので、俺は、彼を解放してあげた。


「ちっ!くそ!」


 と言って、顔を歪ませて早足で歩き去るナンパ男。周りの男性と女性たちはそんな俺の姿を見て、微笑みかけてくれた。


 とりあえず、女性の方が心配だ。


「体は大丈夫か?」

「は、はい!お陰様で」


「よかった」


「っ!!!!!」


 女性は急に身体を捩らせて、後ろに後ずさる。


「ん?どうかしたのか?」

「い、いいえ……なんでもありません。本当にありがとうございます」


 そう言って、頭を下げる黒髪の美少女。うん……ただでさえ巨乳なのに、こんなにペコリと頭を下げると、胸元が見えてくるから目のやり場に困るんだが……

 

 俺が気まずそうに彼女から若干目を逸らしていたら、彼女は顔を上げて俺の瞳を見つめる。


 透き通った彼女の青い瞳は余すところなく戸惑っている俺の様子を全部映していた。


 青い瞳


 真っ白な皮膚の色と恵まれた体つき


 可愛い顔


 まさか……


 間違いない。


 だって、ずっと俺の隣に座っているから……

 

 だけど、こいつは俺があのキモデブだった頃の近藤樹であることに気づいていないだろ。気づくはずがない。だって、俺、変わっちゃったから。


 俺は心の中で芽生えてくる確信を口にしようとしたが、もう関わることはしないと誓った過去の自分の闘志を思い浮かべては、出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。


 その代わりに


「綺麗な女の子が一人街中うろちょろしていると、あんなタチの悪いナンパ男に絡まれるのがオチだ。だからこれから気をつけろよな。そんじゃ」


 と、俺は踵を返して、テクテクと靴屋目掛けて歩き始めた。


 これは損な役回りだよな。


 神崎は幼馴染であるうざい葉山とイチャイチャすると相場は決まっている。あんなにオシャレしたのも葉山とデートするためだったりして。


 ったく……


「まあ、いっか」


 俺はクスッと笑ってから、歩調を早める。


 すると、


 後ろから彼女・神崎環奈の声が聞こえてきた。





「あ、あの!もしかして近藤くん?」

「っ!?」

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