第4話 夏休みの成果
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俺たちの俺たちによる俺たちのための運動が始まった。比較的涼しい朝には外で有酸素運動、暑い昼には家で筋トレ、夜には反省会。俺が立てたルーティンは一見過酷だが、短期間で確実に成果を出すためには致し方あるまい。幸いなことに学と啓介は、弱音を吐くことはあっても、諦めずに俺についてきてくれた。
120キログラムを超える巨大な体を動かすのは血の滲む努力がいるが、日を追うごとに落ちてゆく体重を確かめるたびにやる気が上がる。
何より一人ではなく、大切な友達と一緒だからこの時間が楽しく感じられた。
たまにお父さんとお母さんが家を空けてくれるおかげで、3人でこれまで話せなかったことをいっぱい話したり、互いを励ましあったりしながら俺たちの絆はだんだんと深まっていった。
そして気がつけば夏休み終了間近。
俺たちはいつものルーティンをこなしてから、洗面台にある体重計の前に立っている。時間は夕飯を食べる直前である17時50分だ。
「樹……」
「ああ、わかってる」
唇を噛み締めて緊張している俺の肩に手を乗せたのは、細い体ではなく鍛えられた体が印象的な細マッチョの学だった。ぐるぐるメガネではなく、ソフトレンズをつけている。
そして、長い髪が印象的な啓介が透き通った目で俺を捉えてはふむと頷いた。
俺は二人の反応をみて、短く息を吐いてから、体重計の上に上がる。
『77キログラム』
この数字が目に入った瞬間、鼓動が激しくなり、自然と口角が吊り上がった。
「やった!!俺、やったぞ!!」
そして、体重計の隣に設けられた鏡に写っている自分の姿をみてみる。
少し長めの黒髪に整った目鼻立ち、そして広い肩が印象的な逆三角形の引き締まった体。腕と胸にはみるからに固そうな筋肉がついており、お腹にはシックスパックが刻まれている。肌色は白で、自分の口で言うのもアレだが、イケメンの部類に入るような容姿である。
俺はあまりにも嬉しすぎて、鍛えられた体の二人に抱きついた。すると、ガリ勉くんだった学が口を開く。
「ああ、一ヶ月前はクラスでキモデブ呼ばわりされてたお前も、今じゃ立派なイケメンだ」
「お前もな」
「……樹くんのご両親、顔整っているから、遺伝的な面もあるかも……」
「啓介、お前も前と比べて結構話すようになったな」
「そ、そう?」
「ああ」
「……嬉しい」
長い髪の啓介は微笑みを浮かべて俺を見つめる。そしたら隣にいた学が突然、俺を訝しむように見ては問うてきた。
「ところで樹よ」
「ん?」
「ずっと気になっていたんだけどな、お前、昔運動やってた?」
「い、いや、これが初めてだけど」
「ん……それにしては、教え方といい、筋トレに関する知識といい、やけに詳しかったような……」
「っ!そ、それはな、ようつべ先生の動画をみて真似てただけだよ……」
生前の俺がジムトレーナーだなんて口が裂けても言えぬ。
俺がしれっと二人から離れて目を逸らしていると、今度はコミュ障の啓介くんが顔を引き攣らせて口を開く。
「あの……」
「「?」」
「夏休みの宿題……忘れてた」
「「っ!!!!!!!!!!」」
あ、そう言えば筋トレとダイエットに集中しすぎて忘れてたな。
夏休みが終わるまであと一週間も残ってない。それを思うと、自然と額から冷や汗が流れた。同時に誰かが玄関ドアのベルを鳴らした。
「ん?」
俺は、ベルの音を聞いて間抜けた表情をする。すると、
「あ、きたみたいだな」
「誰?」
「樹……今日は外で食べるって話だろ?忘れてた?」
「樹くんと学くんと僕たちの家族で、美味しいご飯……」
「ああ、そう言えば……」
今日は筋トレの結果発表日だ。だから日増しに良くなる俺たちを祝うために俺たちのお父さんとお母さんが気を効かせてくれたわけだ。
なので、俺は心が温かくなるのを感じつつ、二人に向かって話す。
「はよ着替えようっか」
「「うん」」
着替えを済ませて玄関ドアを開けたら、案の定、俺たちの両親がドヤ顔を浮かべてサムズアップした。そして、俺のお母さんがツヤのある唇を動かす。
「今日は結構高い焼肉屋でパーティーよ!3人のために!」
と言ってから優しく微笑むお母さんを見た俺たち3人は、頬が緩んで、お互いを見つめ合う。それから再び前を向いて力強く頷いた。
一つ気になるところは、啓介の両親の後ろに隠れて俺を控えめにチラチラ見ている青みがかった髪をした美少女。髪の色から察するにおそらく、啓介の妹とかだろう。
啓介に妹がいることは前から知っていたが、結構かわいい。だけど、人見知りするとこがお兄さんとそっくりだな。
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俺、学、啓介、啓介の妹、両親らと、10人で楽しむ焼肉パーティー。学と啓介の両親は俺にずっと頭を下げて自分の息子を変えてくれてありがとうって言ってくれた。矮小な体の学は中学校でいじめらたことがあるらしく、ずっと両親は気にしていたという。啓介の両親は、極度のコミュ障である自分の息子のために精神保健福祉相談員に相談をお願いしたり、緊張を緩和させるために薬を飲ませたりしてきたという。
しかし、今回の合宿で学は背こそ少し小さいが、筋肉をつけた。さらに、いつものぐるぐるメガネじゃなく、レンズをつけているため、イケメンに見える。おそらく、一ヶ月間伸ばしっぱなしにしていた髪さえ整えれば結構様になるのではなかろうか。
啓介の場合は、結構話すようになった。もちろん、コミュ障が完全に治ったわけじゃないが、信頼のおける相手に対しては、自分の意見を少し言えるようになったという。
なので、二人の両親は焼肉を食べている途中、ずっと俺の手を握って、目を潤ませながら感謝の言葉を言っていた。
啓介の妹は、黙りこくって食事に集中しつつ、時折俺に視線をチラチラ送っていた。なので、俺は視線があったら笑顔を浮かべてやったら、急に彼女は顔を逸らして、また食事に集中した。
心癒される空間で笑いさざめく俺たち。
もうすぐ学校が始まる。
これから3人と楽しく学校生活を送ることを考えると、なぜか、胸がドキドキする。
神崎とか葉山とか俺を軽蔑してきたクラスメイトとはもうおさらばだ。
俺は、俺の人生をこいつらと歩むのだ。
だけど、人生云々以前に、山積みの宿題の事を考えると、苦笑いが……
追記
次回から本格的に始まります
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