第3話 特訓の開始
夏休みがやってきた。
「ねえ、あなた……見てみて、私の樹が……友達を二人も連れて体を鍛えているわ……」
「ああ、本当に人生わからないもんだな……不登校にならないか心配していたのに」
「私たち、全力で樹を応援しようね!」
「もちろんだ」
学校終わったらいつも部屋にこもってアニメやアイドル、ゲームに明け暮れしていた過去の自分だが、今は思いっきり腕立て伏せをやりながら体を鍛えている。
俺の両親がドアの隙間から俺たちの様子をチラチラみながら涙ぐんでいるけど、泣くほどのことなのだろうか。
まあ、こいつの過去を振り返ったら、両親の苦悩がどれほどのものなのかが簡単に推測できる。過去の近藤樹の気分が損なわれないようにお父さんとお母さんはいつも気を使ってくれた。お母さんは毎日美味しいご飯を作ってくれて、お父さんは俺を勇気付けてくれた。
もし、両親もクラスの連中と同じみたいな感じだったら、過去の近藤樹はきっと引きこもって不登校になったんだろう。
そういう意味では、過去のこいつも両親も結構頑張ってくれたと思う。
でも、俺は今の状況に安堵するつもりはない。もっと上を目指すのだ。ちゃんと痩せて、垢抜けした自分とこいつらとで素敵な学校生活が送りたい。
昔の俺はそれが出来なかったから。
学校でいつも連んでいるガリ勉くん(細川学)とコミュ障くん(静川啓介)は俺と一緒に腕立て伏せをやっている。
転生前の俺はとにかくことあるごとに体を鍛えていた。両親が亡くなってからもっと運動に打ち込むようになったと思う。一応、運動に関する知識は全部残っているので、大きな問題はないが、体は120キログラムを超える高度肥満だからちょっと心配だな。
「はあ……」
「おお……」
「うう……」
勢いよく始めたはいものの、俺たちは腕立て伏せを数回したのち、ブルブル震えてくる腕から伝わる苦しさに我慢できずうつ伏せになってしまった。
うち、ガリ勉くんである学が口を開いた。
「キッツイ!!」
「おい学、お前全然運動やってないだろ」
「いや、樹、お前だって同じだろ」
「まあな」
「俺たち、本当に細マッチョになってマシな人生送れるのかな?」
学は深々とため息をついてから物憂げな表情を浮かべた。
「心配すんな。学は痩せすぎたから高カロリーな食べ物をいっぱい食べて体鍛えてからオシャレすればイケメンになれる」
「お、おお……」
「啓介はバランス自体はいいから、体力と自信をつければいいと思うんだ」
「う、うん……」
学と啓介は、一瞬目を潤ませてから再び腕立て伏せを再開する。
X X X
「「いただきます!」」
「どうぞ食べて食べて!」
運動を終えて汗だくになった俺たちが風呂を浴び終わってる頃には、俺のお母さんが実に美味しそうな肉じゃがを含む料理の数々をテーブルに並べていた。最初はガリ勉の学とコミュ障である啓介は断ったものの、お母さんの笑顔に抗うすべがあるはずもなく、5人で食卓を囲んだ形となった。
「お、おおおお……美味しいですね」
「あら、気に入ったかしら?」
「は、はい!」
お肉を頬張っている学は俺のお母さんに微笑みを見せてから味の感想を伝える。
俺も彼に一言添えてやった。
「俺は痩せないといけないんだ。だから俺の肉じゃが食えよ」
「い、いいのか……」
「俺の贅肉を分けてやりたいけど、それは無理だから」
「あはは、じゃ、ありがたくもらっておこう」
「啓介もな、いっぱい食べて頑張ろう」
「……うん」
と、俺は二人に俺の肉じゃがを分けてやった。その光景を微笑ましげに見つめるお母さんとお父さんは、一瞬顔を見つめあってからお父さん口を開く。
「なあ、樹!」
「ん?なに父さん?」
「室内用運動器具とか必要なら言ってくれよ。高いものは無理だがコスパのいいやつなら買ってやるから!」
「父さん……なるべくお金はかけないようにしているから大丈夫だよ。家の近くに公園あるから器具が必要な運動はそこでやるつもり」
「樹……お前……ゲームだのラノベだのアイドルグッツだのの限定版とか買ってくれといつもせがんできたのに……これ、夢じゃないよね?」
お父さんが嘆息を漏らしてから俺を優しく見つめていた。
「えいっ!夢じゃないよ!」
「おお……」
エプロン姿のお母さんはお父さんのほっぺたを摘んで微笑む。そんな自分の妻の姿がかわいいのか、お父さんは恍惚とした表情でお母さんを見ていた。
そんなお母さんは何か思いついたように、ハッと目を見開いて俺の隣で美味しそうにご飯を食している学と啓介に話す。
「学ちゃんと啓介ちゃんは泊まっていってもいいよ。すでにご両親の方々には伝えてあるから」
お母さんに言われた学は顔を俯かせて返事をする。
「美味しいご飯をいただく上に、泊まるなんて……そんなの申し訳ないと言いますか」
「ううん、そんなことないの。だって、樹の大切な友達だもの。ふふ」
「「……」」
学と啓介はお母さんの優しい視線を受けて、少し照れくれそうに頬を染める。
「まあ、合宿の方が効率上がるからな。ちょうど空いてる部屋もあるし、遠慮すんな」
俺はそう言って二人の背中を豚足を思わせる自分の手で叩いた。すると、ガリ勉くんである学が真面目な表情を俺に向けて言う。
「じゃ、お言葉に甘えて!」
一方、コミュ障である啓介は、
言葉こそ発しないが、頭を縦に振って、長い前髪に隠れている鮮やかな瞳を見せた。
「よし!一生懸命頑張るぞ!あ、その前にご飯冷めちゃうからはよ食べよう」
俺たちは、闘志を燃やしつつ、残っている料理を平らげてゆく。
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