第2話 気に入らない相手


 現在、俺はいつも連んでいる二人(細過ぎるガリ勉、コミュ障陰キャ)といつもの目立たない穴場スポットに陣取って昼飯を食べている。


「樹よ」

「ん?」


 お母さんが作ってくれたらしい弁当を食べてからガリ勉君はぐるぐるメガネを光らせて俺に話しかけた。


「催眠アプリって知ってるか?」


 あ、来たか。


 確か、ここでガリ勉君から催眠アプリの情報を聞かされた俺が、それを使い、神崎環奈を思いっきり寝取るんだったよな。ちなみにエロ漫画の番外編では、この二人も催眠アプリを使ってやりまくる場面が出てくる。


「あ、それ、聞いたことある。確か、相手を意のままに操れるという……」

「おう、やっぱり深夜までネトゲしまくる樹は詳しいね」

「うるせえ」


 エロ漫画では俺が興味を示して、夏休みの間、このアプリを使って感想を伝えるっていう約束を交わすわけだが、


 そんな犯罪者がやるようなこと、俺は絶対しない。


 いくら現実が辛くても、相手に催眠をかけて自分の欲望をぶつけるのはやってはならないことである。


 なので、俺はガリ勉君に向かって口を開いた。


「そんな怪しいアプリもしインストールしたら携帯乗っ取られちゃうよ」

「あ、言われてみれば……」

「宅配便業者を装った『不在通知メッセージ』あるだろ?それと似たようなもんだよ」

「ん……やっぱり詐欺だったのか。だったら絶対インストールしちゃダメだね。僕が大切に育て上げた最愛の妻ネネカちゃんが乗っ取られたら、生きる意味がなくなるから」

「スマホゲームのキャラだろそれ」


 俺はドン引きしてガリ勉君に言った。まあ、こいつにそのネネカちゃんがいるスマホゲームを教えたのは他ならぬ俺だけど。

 

 転生する前の俺。


 だけど、今の俺は転生した後の近藤樹である。つまり、俺にはやらないといけないことがある。

 

「それより、俺たち、運動してみない?」


「「え?」」


 俺の提案にガリ勉君と今までずっと無口だったコミュ障君が目を丸くして驚く。


「俺たち、ずっとこの学校で腫れ物扱いされているから、夏休みの間、体鍛えてもっとマシな人生送ろうよ」


 転生する前の近藤樹とこの二人が受けてきた差別と軽蔑を思い出しながら俺は苦い表情で二人に伝える。


 するとガリ勉君が口をブルブル震わせながら言った。


「い、いつき……お前の口から運動という言葉が出るとは……」


 どうやらガリ勉君は感動したようだ。ちょっと複雑な気分だな。


「ゲームもアイドルもアニメもいいけど、現実世界だって大事だからな。俺たち3人だときっと変われる気がしたんだよ」


「「っ!」」


 二人が一瞬上半身をひくつかせた。


 それから、長い前髪のコミュ障君が俺に話しかける。


「僕……僕……」


 感極まったコミュ障くんは、唇を震わせて僕という単語を繰り返して言った。


 何か伝えたいことがあるだろうと踏んで、俺とガリ勉くんは笑顔を崩さずに待ってあげた。


「僕……僕……やる」


 おお、こいつが俺の話に乗ったのはいつぶりだろう。俺とガリ勉君と会う前まではずっと不登校だったのによ……

 

 そんなコミュ障君が握り拳をして俺を見ている。前髪が長すぎて表情があまり見えないが、青色の髪の隙間から放たれる視線は俺をしっかりと捉えていた。そんなコミュ障君に対して俺は言葉をかけてやった。


「体を鍛えると自信が付く。いつもコミュ障、治したかったんだろ?」

「……」

「頑張ろう」

「う、うん……」


 俺は豚足のような手でサムズアップしてドヤ顔を作る。おそらく離れたところから見れば、俺、超キモいんだろう。


「やれやれ、これは俺も参加せざるを得ませんな。まあ、夏休み中、勉強とゲーム以外やることなかったからちょうどいいけどね」

 

 ガリ勉君はメガネのフレームをいじりながらクスッと笑う。


 俺はそんな二人に向かって、宣言した。


「俺、真面目にやるからな。諦めるなら今のうちにしておけ」


 だが、二人の意志は揺らがなかった。


X X X



 闘志を燃やしながらプランを立てていると、あっという間に放課後となり、俺たち3人は並んで帰路につく。


 正門を抜け出そうとすると、周りから冷たい視線を向けられた。


 二人には申し訳ない。


 ガリ勉君もコミュ障君も黙っていれば、軽蔑の視線を向けられることはなかっただろうに……俺と連むことで、二人にもとばっちりがかかってしまったわけだ。


 なるべく周囲を意識しないようにして進んでいると、二人の男女が中良さ気に話している様子が目に入った。


 神崎と葉山である。


「環奈、今日は俺の家に来ない?」

「……」

「どうした?」

「家に誰かいるの?」

「きょっ今日は、俺だけだよ」


 葉山は顔を引き攣らせているが笑顔を崩さずに神崎を見て歩いている。彼女はというと、顔を彼から逸らし俯いていた。


「それは、ちょっと……ね……」

「あはは、最近でかいテレビ買ったから環奈の好きな映画でも見ようと思ってたんだよね……」

「それなら映画館の方がいいよ」

「……んじゃ、夏休みの間、一緒に映画館行く?久々のデートって感じで」

「ふん……まあ、考えておくね」



 葉山は視線を泳がせながら神崎に話した。視線といい、表情といい、ただ単に映画を見るだけではなさそうな匂いがぷんぷんするんだけど。


 この世界での葉山と神崎はまだ関係は持っていない。だが、神崎はメインヒロインだ。柔らかいサラサラした長い黒髪に、巨乳、細い腰、ボリュームのあるお尻。

 

 いくら幼馴染とて、湧き上がってくる本能には逆らえないだろう。


 だけど、この漫画のストーリーだと、葉山と神崎が関係を持つことはない。夏休みの間、俺にたっぷり仕込まれた神崎は、身も心も俺に落ちて、しまいには葉山にそんな自分の心を打ち明けてから物語は終わる。


 しかし、俺には神崎に催眠をかけて好き放題する気はこれっぽちもない。神崎と葉山の間には俺が踏み込めない世界が存在する。


 俺が胸を撫で下ろしながら神崎と葉山の後ろ姿を見るともなく見ていると、突然、葉山が何かを感じ取ったらしく、後ろを振り返ってきた。


 思いっきり俺を軽蔑する視線を向けてくる葉山。目を細めて俺を睨んでいる彼を見たガリ勉くんとコミュ障くんは肩を竦めて、歩調を緩めた。


 数秒間の沈黙が流れた後、葉山は前を向いて事もなげに歩く。だが、さっきより神崎との距離を縮めている。


 確かに、あいつにはあいつなりの人生なるものが存在する。だから、あいつが何をしようが知ったこっちゃない。


 だが、


 これ一つだけは言わせて。





 あいつ、気に入らない。


 







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