第14話 三度目の川下

 盆休みが終わって数日。

『成仁先輩、今度キャンプしませんか?』

 川下からのお誘いが来た。

「デイキャンプでいいのか?」

『いいですけど、夜って空いてますか?』

「いつ?」

『再来週の土曜日です』

 特に予定はない。二つ返事で承諾する。近いから夜まで遊んでいても大丈夫だろう。

「あ、キャンプ場は前回のところでいいのか?」

『今回は違うところがいいです』

 俺が知ってるところはそんなにないけど。

「どんなところがいい?」

『帰りに星空見たいんで、広いところがいいです』

 たいていのところは広いだろうが。まぁこの場合の広い、は星空を見るときの広さだろうからそういう場所を選ぼう。、

 川下もキャンプ気に入ってくれたのか。キャンパーとしては嬉しい限りだな。

 俺の行ったことのある場所で夜空が見えそうな場所……あった。

 以前恵とキャンプに行ったときに日帰り温泉で寄ったところ。あそこは温泉も入れる分、川下も楽しめるんじゃないか?

「ちょっと遠いけど、八幡平にちょうどいい場所があるんだ。そこに行ってみないか?」

『はい、いいですよ! あの、成仁先輩の車に乗せていただいてもいいですか?』

 遠出するのに二人バラバラは動きづらいもんな。

「いいよ」

 ありがとうございます、とスタンプが帰ってきた。

 その後は集合場所と時間を決めた。

「そうだ、川下から勧められたジャケット、着てみるか」

 せっかく買ったのだから着てみないことにはな。

 今回ってデート、ではないよな。

「だけどそうだな」

 少し格好つける努力もしないと。


「おはようございます、成仁先輩」

「おはよう」

 今日の川下は動きやすいデニムとシンプルなシャツ。それに以前俺がプレゼントしたピアスをつけていた。

 俺はカジュアルなジャケットとデニム。炭のにおい着くからこれにしたんだけど、どうなんだろう?

「似合ってますけど、キャンプの時ってそれでいいんでしょうか?」

「俺も迷ったんだけど、せっかく川下が選んでくれたし、着ていった方がいいかなって」

 焚火とかするから多分すぐ脱ぐだろうけど。ジャケットが炭臭いのはなんかかっこ悪い。

「でも、それ着て来てくれて嬉しいです。ところで」

 川下の視線が少し上を向く。

「今日は髪型変えたんですね」

「あぁ、行く前にちょっとだけいじってみたんだけど、なかなか難しいよな、こういうのって」

 ちゃんとできてるかわからず更にいじってしまう。

「いえ、いいと思いますよ。少し立てたりとかした方がアクティブな感じがしていいと思います」

「そうか?」

「はい!」

 川下はすごくニコニコしながら荷物を入れる。ま、チェアとかその程度だけど。

 助手席に乗り込んできた川下が聞く。

「ちなみに、助手席に女性乗せたりとかしました?」

「あー、まぁ専門学校の時の同級生とか、この間のキャンプ場の子とか」

「そうですか」

 ちょっとつまらなさそうにしたが、気を取り直したように話す。

「今日行くところはどんなとこなんですか?」

「んー。温泉があって、岩手山が眺めることができて、広いとこかな」

「お腹すきませんか?」

 キャンプ場までは少しある。どうしよう?

 運転しながら迷っていると、川下が切り出す。

「花巻に美味しいパンケーキ屋さんがあるらしいんです。そこにしてみませんか?」

 パンケーキか。俺に合わない気もするが。映えスポットってやつなんだろう。

「行ってみるか。場所分かる?」

「店名はわかるんで、スマホで検索してナビしますよ」

 川下のナビに従って一時間半ほどで目的地に到着する。

「花巻って普段空港と有名ラーメン店くらいしか思い浮かばないんだけど」

「あとは野球選手とかですね」

 店は出来てそんなに経っていないのか、真新しい塗装の感じがする。汚れだったり、傷んだ跡が見られない。

「ここ結構新しい?」

「そうですね。職場の同僚に聞いたんですけど」

 店内に入ると、ドアにベルがついていて来客を知らせる。

「いらっしゃいませ、二名様ですか?」

「はい」

「こちらの窓際の席へどうぞ」

 店内には観葉植物や若者向けの雑誌が置いてある。三十路の俺が若者、とかいうのはすごい微妙な気もするけど。

 天井を見るとシーリングファンが設置されていて一層オシャレな感じを引き立てている。

「何食べようか」

 昼食は別にキャンプ場で予定しているのでここは軽く済ませるつもりだ。

「私はこの特製パンケーキとミニパフェで」

 俺はどうしようか。昼食とは別腹と考えると、俺も何かケーキ的なものを。

「レアチーズケーキのコーヒーセットで」

「かしこまりました。特製パンケーキとミニパフェ、それとレアチーズケーキのコーヒーセットですね。少々お待ちください」

メニュー表のパンケーキを見る限りなかなかの大きさだけど、大丈夫なのだろうか。

「成仁先輩」

「ん?」

「こうしてるとデートみたいですね」

 そうかもしれない。二人きりでこうやって出かけていればそう見えるだろう。けど、そういうわけじゃないよな。

「そうみえるかもなー」

 ちょっと適当に返すとえーっといって水を飲む。不満そうだな。

「そんなに不満か?」

「少しはそれっぽくしてくれてもいいじゃないですかー」

 それっぽくってどんな感じだ?

「なんか甘い言葉でもかけてやればいいのか?」

 深く息を吐いてがっかりされてしまった。

「あからさまな言葉なんてダメダメですよ。楽しくなりそうな言葉でいいんです」

 難しいな。

「うーん、川下はキャンプ場で何がしたいとかあるか?」

「そうですね。成仁先輩の美味しいご飯を食べて、景色を眺めて散歩して。あ、そこって夜までいられるんですか?」

 スマホで確認する。

「十六時までだな」

「そしたら、水沢の天文台に行きませんか?」

 これもスマホで調べる。

「十七時までだぞ」

 川下の落胆が激しい。

「一ノ関のインターより向こう側なら街灯も少なくて見れるんじゃないか」

「それにしましょう」

 若干やけを起こしているように見えるがしょうがない。ここは俺もあまりよく調べなかったのがよくなかったな。

「おまたせしました。特製パンケーキのお客様」

「はい」

「レアチーズケーキとコーヒーセットのお客様」

「あ、はい」

 お互いの注文が届く。

「ミニパフェは食事が終わりましたころにお持ちいたします」

 店員が去ったところで川下はスマホを取り出す。

「やっぱり映え写真撮るのか?」

「ですね、せっかくこういう場所に来たんですから勿体ないですよ」

 いろんな角度から写真を撮って、削除とかしてから投稿してる。こだわりがあるんだろうなぁ。

「それじゃあいただきます」

「いただきます」

 川下はちょっと苦戦しながら食べている。大きいもんな。

「成仁先輩はチーズケーキ好きなんですか?」

「そうだな。もともと好きで、たまに作ったりしてる」

「スイーツ男子ですか」

 眉間にしわを寄せている。何故だ。

「なんでそんなに成仁先輩はいろいろできるんですか?」

 いやいやなんにも出来てないって。

「そんなことないだろ。中学校の時テニスの大会で変なとこで負けたりしたし」

「実力を出せてれば優勝できたじゃないですか」

「怖くて実力出せないかったの」

 そう、実力出してミスするのが怖かったから。頑張ってミスすることが怖い。こういうの、昔からだな。

「コーチと乱打してる時の成仁先輩、楽しそうだしかっこよかったですよ」

「ありゃあ遊びの延長だったからなぁ。俺にはそういう楽しくやる、の方が性に合ってたのかもね」

「今度は私とソフトテニスでやりましょうね」

 ソフトテニスということはあの施設以外でコート借りるわけか。

「受けえてたとう」

 なんの怖さもない楽しいテニスなら問題ない。

 レアチーズケーキを食べ終わるのと同時に川下はパンケーキを食べ終えた。早くね?

「すみません、ミニパフェお願いします」

「かしこまりました」

 店員さんは空いたお皿を下げていく。

「お前食べるの早いなー」

「仕事柄ですかね。急に呼ばれることもありますし」

 接客はそういうのあるよな。

「こういう時くらい、味わって食べていいんだぞ」

「そうですね、成仁先輩の作るご飯はゆっくり食べます」

 期待はしないでくれよ。

「お待たせしました、ミニパフェでございます」

 川下はミニパフェも写真を撮って投稿した。

 そんなに撮るもんかねぇって思おう俺はおじさんになってきてるのかな。焦っちゃうぞ。


「お会計、二千五百七十円になります」

「ここは俺払うよ」

「いやいや」

「デートっぽいことも必要だろ」

「ありがとうございます」

 赤くなってる。川下の可愛いところだ。

「ごちそうさまでした」

「この後昼食もあるけどな」

「別腹ですし、散歩もしますから」

 車に乗り込み、八幡平を目指す。

「成仁先輩はキャンプどれくらいしてるんですか?」

 デイキャンプやコテージも含まれるんだろうか? 大体でいいよな。

「まぁ、十回くらいじゃないかな。まだまだ初心者だよ」

 どれくらいが本当になれてきている人なのかわからないが、十回はまだまだだろう。

「そうなんですね。料理とかはその都度違うものを作ってるんですか?」

「そうだね。極力違うものにして、色んな料理ができるようになればって思ってるから。まぁ、レシピをなかなか覚えないっていうデメリットはあるんだけど」

 同じものでも飽きてしまうし、今度作る時は何か以前作ったことのあるレシピにしようかな。

「ちなみに今日のメニューは何ですか?」

 隠すこともないから言ってしまうか。

「今回は無難にカレーだ」

「カレーくらいだったらお手伝いできますね」

 そうだな。工程も多いわけだし手伝ってもらうか。

「じゃあよろしく頼むよ」

「了解です」

 キャンプ場近くのスーパーに行き、材料を買う。流石にマキにこんなところで二度も合うわけないだろうと思いつつ、内心怯えていた。

 運よくなのかあの時運がなかったのか、マキに会うことはなかった。当然と言えば当然だけど。

 少しきょろきょろして挙動不審だったため、川下からは変な目で見られた。それが普通だよな。

「よし、じゃあキャンプ場へ行くぞ」

 無理やり気味にやる気を持たせるようなセリフを吐いて車に乗り込む。怪しさ全開だ。


「うわー、広いですね!」

 くるりと回ってキャンプ場の広さを実感している。

「まだ受付してないんだから入ってくなよ」

「あ、はーい」

 施設内に入り、温泉とデイキャンプの受付をする。温泉はデイキャンプが終わるころに入らせてもらうことにした。

 前回と同じでタープを張り、焚火の準備をする。

「暑いのに焚火するんですか?」

 確かに要らないと言えば要らない。一人だったらぼーっと見てたりもするのだけど。

「雰囲気としてはあったほうがいいと思ったけど、今回は無しにするか」

 せっかく準備したのに、とかは特に思わない。キャンプをしてる人と普段していない人の意識の違いが分かった。そう思えばいい。

 車にしまい、食材を出す。

「とりあえず俺は米炊くから、川下は野菜を洗って皮むきしててくれないか?」

「わかりましたー」

 米を軽く洗い、メスティンにセットする。何気に初だけど、うまくいってくれるといいな。

「こんな感じでいいですか?」

 川下が野菜を持って来てくれる。

「あぁ。ありがとう」

 あとは何をさせようか。包丁持たせるの不安だな。

「このメスティンが十五分くらいしたら取り出して、タオルにくるんでひっくり返しておいてくれ」

「これってメスティンっていうんですか?」

 そっか、昔からの飯盒とは違うもんな。

「そうだよ。いろいろ活用できて優れもんなんだ」

 へー、と言ってメスティンを眺める。

「とりあえず了解しました!」

 俺は野菜を切って鍋に入れる。

「あ、成仁先輩」

 チェアに座りながらメスティンを眺めている川下から声がかかる。

「どうした?」

「何カレーなんですか?」

「チキンカレーだけど? 何か嫌いな食材とかあったりするか?」

 鶏肉にしたのは俺が好きだからだけど、勝手に決めてしまったのは良くなかったかな?

「いえ、鶏肉ならよかったです」

 豚や牛は太りやすいから少なめにしてほしかったらしいが、鶏ならいいとのことで安心した。やっぱり体づくりには気を使っているんだな。

 カレーのルーを入れる。

「後は待つだけだな」

「共同作業ですね」

 何か意味ありげだったが、分担しての共同作業だったら、恵や鈴香さんもやっているので同じことなんだろう。


「ちょっとおこげがあっていいですね」

 出来上がったご飯をよそい、川下が言う。

「狙ってやったわけじゃないけどな」

 カレーを乗せる。なんでこんなに美味そうなんだろう。

「それじゃいただきまーす」

「カレーだけはまだ少し残ってるから、食べてもいいぞ」

 カレーは飲み物だ、と誰かが言ったと思うがまさに。二人ともカレーを飲むかのように早く平らげてしまった。来る前に少し食べたのにな。

 残りも当然食べきって、食器を洗いに行く。

「この後はどうする?」

「また散歩でもいいですか?」

 ここは広いからな。いろいろあるかもしれない。

「いいよ」

 使い終わったものは片付けて、散歩へ出かける。

 俺が恵と回ったのは施設内だったからサイト内の散歩は初めてだ。

「ここはドッグランないのかな」

 回ってみて思ったことを口にする。

「あったほうがいいんですか?」

 川下の素朴な疑問だ。

「いや、特にどうってわけじゃないんだけど、やっぱり場所によって違うんだなぁって思っただけ」

「今まで行ったところはどうでした?」

 そうだなぁ。静岡行ったときにはなかったし、宮城のコテージ泊では見てなかったな。

「その場所によりけり、かな。キャンプファイヤーもここにはないしね」

「言われてみればそうですね」

トイレや炊事場は複数あったけど、そういった施設はない。ちょっと勉強した気分。

「ここは広くて、泊まれたらいい夜空が観れそうだったんですけどね」

 そればかりはしょうがない。

「帰りに一ノ関でいい場所見つけれたらな」

 川下は残念そうにしていたが、しぶしぶ承知してくれた。

「そろそろ戻ろう」

 カレー作りに時間を食ってたからそんなにゆっくりしきれない。デートであっても遊びであっても、ちょっと失敗だったな。川下もちょっと不満そうだったし。


 八幡平からの帰り、俺は鈴香さんにも聞いたことを聞いてみる。

「川下だったらさ、どんな風にデートに誘われたい?」

 信号で止まっていた時に川下に向かって言ったら、目を皿のように大きくされた。そりゃ似合わないことだろうけどさ。

「え~、そうですね~」

 なんだ妙にテンションが上がったぞ。

「どこか遊びに行こうって感じでいいと思いますよ。いつも私ばっかり誘ってますけど」

「普通でいいのか」

「普通じゃない方が誘われる方も警戒しちゃいますよ」

 あぁ、そう言われてみればそうだな。

「私のこと誘ってくれるんですか?」

「あ、いや、なんていうかな……」

 俺が言い淀むと、川下は一気に暗い顔になる。

 俺はまずいことを言ったんじゃないだろうか。

 一ノ関インターのあたりまで来る。

「もう少し先に行こうか」

「お願いします」

 もう少し先まで行き、厳美渓の近くまで来る。このあたりなら星空も見られそうだ。

「この辺でどうだ?」

「そうですね」

 コンビニに車を停めて少し歩きだす。

「成仁先輩、星がきれいですね」

「そうだな。雲一つない」

 満天の星空が広がっている。星空の森ならもっと綺麗に見えるのだろうか。

「成仁先輩」

 俺に顔を向ける。その顔は真剣そのものだ。

「好きな人、できたんじゃないですか?」

 分かってたのか。

「なんで?」

 強がりのように聞き返してしまう。子どもかよ。

「今までずっと私から誘ってたのに、誘い方を聞いた時、私のことじゃなさそうでした。言いましたよね? デートの時は他の女性のことは言わない方がいいって」

 確かに、以前出かけた時に言われた。あれはデートの時に、だったはずだ。けど、そういうってことは。

「そうだったな」

 認めざるを得ないな。

 そして、これまでが誰にとってデートと認識していたのかも。

 川下には言う権利があるし、俺はそれを止めたくない。

「私、成仁先輩のことが好きでした。ずっと前から」

 うん。

「でも、成仁先輩は他の人のこと好きになっちゃったんですよね」

「あぁ」

 川下が泣きだしている。それも止められない。

 だって、俺は言えずに終わった。だからこそ辛かった。吐き出すこともできない方がずっとつらいことはわかってる。

「ごめんな」

「そんなこと、言わないでくださいよ。みじめじゃないですか」

「本当、ごめん」

 それからしばらく、川下が泣き止むまでそこにいた。


「成仁先輩」

 泣き止んだ川下を家まで送り、降りる前に川下が言う。

「その好きな人にフラれたら絶対私に言ってくださいね!」

「なんで?」

「フラれた者同士で飲み潰れましょう!」

 フラれたくないけど、でもまぁそれもいいか。

「わかったよ。その時は朝まで付き合ってもらうからな」

 最後には笑顔で去っていった。


 俺も気合入れて言おう。恵に。

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