第10話川下、再び
夜。川下から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「成仁先輩」
どうしたんだ?
「酷くないですか⁉」
「え、何が?」
俺何かしたのか?
「お正月に会って以来何も連絡ないじゃないですか!」
「あ、特に用事もなかったから」
ダメかな?
「用事なくても何か楽しいことがあったりしたら電話してくださいよ! こっちはずっと待ってたんですよ!」
いや待たなくてもいいだろうに。
「そ、そうだったのか、すまん」
「罰として今度一緒にどこか行きましょう」
なんでそんな罰が与えられるのかさっぱりわからないんだが。しかしお怒りのようだ。ここは素直に聞いておいた方がいいか?
「まぁ、いいけど」
「じゃあ今度の土曜日にウィンドウショッピングに付き合ってください」
女性ならではだなぁ、ウィンドウショッピングって。
「それってほかの女友達のほうが楽しくないか?」
素朴な疑問を口にするが、川下は否定する。
「男性の意見も大事なんですよ。ただ見るだけじゃなくて、購入するかもしれないじゃないですか」
まぁ確かにそういうこともあるな。
「わかった。付き合うよ」
「やった」
待ち合わせの時間と場所を決め、通話を切った。
俺以外の男友達でもいいんじゃない?
「お待たせしましたー」
そう言う割には五分前には到着する川下。
待たせてはいけないと十分前に到着した俺。
待ち合わせ場所は盛岡の商店街。最近複合施設などもできて利便性が高くなった。
川下は初めて会った時、デート体験会の時はレギンスをはいていかにもスポーツしてますといった感じだったが、元朝参りの時はデニム、今回は意外にもロングスカートだった。
「どうですか?」
くるりと回ってみせる。
細い素足が見えて女性らしさが一層感じられる。
「あ、あぁ似合ってるよ」
「満点です」
といった川下は顔を赤らめている。
「実はスカートなんて高校以来だったんですけど、思い切ってよかったです」
なんで履いてきたんだろう? 川下にはよくわからないことが多いな。
「今回もデート体験会?」
雰囲気的にそう思ったから聞いてみたのだが、どうなんだろう。
「そうですねぇ」
少し悩んだ川下は口元に手を当ててフフッと笑う。
「どうしましょうか」
少し弄ばれている気がしないでもないが、不思議と悪い気はしない。川下の性格によるものなのかな。
「ま、何か買ったら荷物持ちするよ」
「お願いします」
そうして二人並んで商店街を見て回る。
「成仁先輩は何か見たいものとかってないんですか?」
「服とか、あんまりこだわらないんだよなぁ」
髪型整えるのも得意じゃないし。
「じゃあ今日は成人先輩の服を探しましょう!」
「川下の買い物は?」
「私はウィンドウショッピングですから」
これって答えになってるのかな?
「成仁先輩のついでに何かあったら買いますよ」
そんなもんでいいのかなぁ。ってか俺の買い物に付き合わせるみたいで申し訳ない。
「そうですねぇ」
俺の姿を眺める。どういう服にするのか悩んでいるようだ。
「ジャケットとかどうですか?」
ジャケットぉ?
「俺に合うかなぁ」
「着てもみないでそういうのはもったいないですよ。さ、行きましょう」
川下が先頭に立って歩く。俺はついていく格好だ。
そうしてファッションセンター内に入る。
「成仁先輩の今はいてるデニムに合うジャケットにしましょうか」
と言ってジャケットを見て、取り、俺に合わせてみる。
「これなんてどうです?」
実際に着てみる。
「なんかこんな感じのサッカーの監督いたよね」
川下が噴き出す。
「確かにいましたねー。じゃあもうちょっとカジュアルな感じにしてみましょう」
別なジャケットを着る。うん、まぁ。
「着慣れてないとなかなかどこで着るか迷うな」
「こういうのを普段着に出来るようにしていかないと、デートの時には幻滅させられますよ。そういう時に着こなせてないと」
と言って袖の長さなどを見る。
「サイズはこれでいいですけど、どうです?」
「んー、俺よくわかんないし、川下から見ていいのにするよ」
「いいんですかぁ? 彼女目線で考えますよ?」
ニヤッとしながら川下が見てくる。
彼女目線って? 友達目線と違うの?
「それなら、こっちのと二着」
「それ、さっきの色違いだよね?」
「デートの時、ちょっと決めたいなーってときはこっちです。カジュアルな方は普段使いをしてください。慣れです」
そうなんだ。シャツくらいならともかくジャケットは難しいなぁ。
「お会計九千二百八円になります」
思った通りそれなりにするな。
「今度これ着て遊びに行きましょう」
「どっち着ていけばいいの?」
「考えてください」
カジュアルだと思うんだけど。
「じゃあ今度は私のアクセサリーを見に行きましょう」
「お供します」
荷物を持ってアクセサリーショップに向かう。
指輪やネックレスなど、俺には縁遠い存在ばかりに囲まれる。
そして周りにいる人たちも女性やカップルばかりだ。
「なんだか居心地悪いなぁ」
「だったら私の彼氏のつもりでいたらいいんですよ」
さも当然のように川下は言ってくるが、そんな簡単に振舞えないぞ。
川下はきれいなピアスを主に見ている。
「これとかどうです?」
俺に見せられても……とは思うが
「綺麗だし、いいんじゃないか?」
素直な意見を口にする。
「じゃあこれとかどうですか?」
それもいいと思う。正直、詳しくないからわからない。でもきれいなことだけはわかる。
「どっちの方が似合いますか?」
えええ、困るなぁ。
俺はうんうんと悩んでいたが、川下はじゃあ違うものを見ます、とほかのものを見に行ってしまった。
ちょっと申し訳ない気持ちになり、ピアスの値段を見てから購入する。
「成仁先輩、どこに行ってたんですか?」
「あ、いやちょっとね」
ご飯の時にでも渡そう。
その後も川下はあれこれ見ていたが、結局買わずにお店を出ていった。
「買わなくてよかったの?」
「良さげなのはありましたけど、必ずここで買うぞって決めてるわけでもないですしね」
女性の買い物は難しい。
「成仁先輩、私にはどんな服が似合うと思います?」
「スポーツしてるイメージが強いから、動きやすそうなデニムとかパーカーとか?」
川下はちょっと不満そうだ。
「たまにはこう、女性らしい感じにしたいんですよ。今日も思い切ってスカートでしたし、そういうファッション的な引出しを増やしたいんですよね」
そうなのか。って俺に言われてもなぁ。
「今日くらいでも十分女性らしいけどな」
軽く誉め言葉のつもりで言う。
川下にとってはどうなのかわからないけどな。
「うーん、何かないですかね」
「ワンピースとかは?」
とりあえず知ってるものを挙げる。
「それこそ似合わなさそうな気がします」
「おいそれ俺にもさっき言ったぞ」
笑ってごまかされはしないぞ。
「午後に見て回りますか。とりあえずお昼にしましょう」
「そうするか」
近くにあった喫茶店に入る。
「喫茶店のナポリタンって大きいの不思議だよな」
「あー、そうですね。成仁先輩頼んでみますか?」
「いや、俺このオムライス美味しそうだからこれにするよ」
写真を見てすぐに決めていた。逆に川下は決めるのに時間がかかっている。
「何迷ってるんだ?」
「このハンバーグセットとボロネーゼで」
どちらも美味しそうだがさすがに両方は多いだろう。
「じゃあじゃんけんして、俺が勝ったらハンバーグ、川下が勝ったらボロネーゼでいいんじゃないか?」
おお! と感嘆の声を上げる。そんなすごいことは言ってないぞ。
「それじゃあ行きますよ。じゃんけーん」
「ポイ!」
俺が勝った。ということはハンバーグセットだな。
「すみませーん」
店員さんを呼んで注文する。
「あとこのチーズケーキ」
「ホットコーヒーも」
「かしこまりました」
店員さんが注文を繰り返し、一礼して去っていく。
俺はさっき購入した紙袋を川下に差し出す。
「なんですか、これ?」
「開けてみ?」
川下が袋から取り出すと、シンプルだが綺麗なピアスが入っていた。
「え、これさっきのお店の?」
「あぁ。欲しそうだったから」
うわーっと喜んでつけてみせる。
「うん、いいと思う」
「ありがとうございます。ちなみに、成仁先輩はこの意味知っててプレゼントしてくれたんですか?」
え? 何意味なんてあるの?
「いや、全然」
川下ががっくりする。
あー、なんかあったんだ。後でググってみようか。
「この無神経―」
「悪かったな」
「悪くないけど悪いです! 思わせぶりなことして!」
そんな意味あったの? そりゃ悪いことしたな。
「すまん、今度からちゃんと意味考えて贈るよ」
「それも困りますけどね」
小声で言ったのが聞こえたが、ここは聞こえなかった振りをしておこう。
「お待たせしました、オムライスのお客様」
店員さんがオムライスを持ってきた。
「あ、はい」
ちょうどいいタイミングで持ってきたな。助かった。
「成仁先輩、先に食べていいですよ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
ケチャップをつけて一口。うん、チキンライスがとても美味しいな。それに卵が半熟でいい。
川下が俺のを見ている。
「これ、美味しいよ。川下も一口どうだ?」
「え、いや恥ずかしいですよ」
わたわたと手を振って遠慮する。
「その代わり俺にもハンバーグ一口くれよ」
そういうことなら、と一口口にする。
「わ、トロトロ」
「だろ?」
二人で笑顔になる。美味しいご飯は人を笑顔にさせる力があるな。
「ハンバーグセットのお客様」
「はい」
今度は川下のハンバーグセットだ。
切り分けたハンバーグを一口いただく。
「うん、肉汁がジューシーだ」
食欲が増してくる味だ。
「このお店は当たりですね」
「あぁ、初めてだったけど良かったな」
「はい、今度来たらボロネーゼ頼みます」
二人で楽しく食事を進む。
思えば鬱になるまではこういった時間が久しくなかった。キャンプも、楽しい食事も。休むって本当に大事だなって思える。
仕事、どうしようかな。
「川下は、今の仕事はどういう理由で決めたんだ?」
「唐突ですね」
ま、そうだな。軽く退職して、次の仕事を探していることを話す。
「今無職だったんですか。それなのにピアスをプレゼントとか、よくしますね」
「うーん、いろいろお礼的なこととか、デートならこうするだろう的な感じとか」
「成仁先輩って時々行動力が振り切られてますよね」
意識はしてないがたまに言われることがある。自分は好きでしているだけなのだが。
「えっと話戻しますけど、お仕事探してるんですね」
「あぁ」
そうだなぁ、と一呼吸置くようにして話し出す。
「まず、内陸に出たかったことと、ファッションに興味があったこと。これがありますよね」
まぁ、それだとどんなとこでもいいけど。
「それで、たまたま私が好んで着ているブランドを扱ってるお店が県内で初出店だったんです。で、応募したら通ったと」
好きなことというのかわからないが、好きな何かは通じていたわけか。
「接客はもともとやってたわけじゃないんですけど、まぁ慣れですかねー」
「ちょっと接客は俺には向かないなぁ」
感想みたいに言う。
「成仁先輩は何か好きなこととか仕事にしたいことってないんですか?」
アニメとか、今から声優になろうとはちょっと思えない。今でも好きではあるんだけど。キャンプはどうだろう? というか、キャンプにかかわる仕事って何だろう?
「キャンプに関する仕事って言ったら何があるかな?」
「成仁先輩キャンプしてるんですか?」
意外というように驚く。昔はそんなことなかったもんな。
「やり始めたのは去年なんだけど、趣味とか言えるのでだとキャンプくらいしかないかなって」
「ふぅん。そうですね。接客を含まないとなればショップ店員とかキャンプ場の管理人とかはできないですよね」
かなり絞られる。というか向かないんじゃ、と思われてしまう。
「だったらキャンプ用品を作ってる工場とかどうですか?」
聞いたことないな。スマホを出して調べる。なかなか出てこない。
「なんかなさそう」
「そうなんですね。じゃあ……」
川下も悩んでしまう。
「あ、いやそんなに考え込まなくていいよ。今すぐ決めなきゃいけないわけじゃないし」
「そうですか? それならいいですけど。早く決まるといいですね」
食事が終わると、チーズケーキとコーヒーが運ばれてくる。
「それにしてもキャンプですか。どうです? 楽しいですか?」
「なかなか難しいこともあるけど楽しんでるほうかな。友人と一緒にキャンプして話したり、食事を作ってシェアしたり」
「キャンプするのもお金かかりますよね」
「まぁね。テントやシュラフとか、必須なもの揃えるだけでも二、三万かかるからね」
川下はうーんと悩む。
「キャンプしてみたいとは思うんですけど、簡単に二、三万払えるかってなると二の足踏んじゃいますね」
「確かにな。次もやるって言えないとなかなか。あぁレンタルサービスがあるところもあるぞ」
そういえば以前キャンプサイト探していた時に販売のページで見たことがある。自分は持ってるからとあまり見なかったが。
「あと二連休取る必要があるんですよねー」
そこらへんは人それぞれだからしょうがない。あ、
「デイキャンプなんてのもあるぞ」
「デイキャンプですか?」
「あぁ。俺もやったことはないけど、泊らずに夕方には撤収するんだ」
これだとテントが必ず必要なわけではないし、シュラフも必要ない。
「焚火台とか、ちょっとしたものは必要になるけど、やってみたらいいんじゃない?」
なるほどと相槌を打った。やりたくなったかな?
「成仁先輩は今仕事してないから大体いつでも空いてますよね?」
「ん? まぁ大体は」
この後にくる話に予想がつく。
「じゃあ今度一緒に行ってくれますか?」
あー。やっぱりな。
「何も予定なければいけるけど」
やった、と言ってテンションが上がってくる。
「私のほうで用意するものって何がありますか?」
焚火台とかは俺のほうで用意すればいいから、
「マグカップとかチェアがあれば」
「チェアは運動会とかに使うのでいいですか?」
スマホにメモを取りながら聞いている。
「そうだね。ちなみにご飯はどうする? 俺は自分で作ったりするけど」
川下の動きがぴたりと止まる。あれ?
「川下、普段の食事どうしてる?」
「え、えっとぉ」
目が泳いでいるぞ、まさか。
「いつもコンビニとか総菜にしてるんじゃないだろうな」
「やろうとは思うんですけどね」
ちょっと意外だった。体を動かしているのだからそう言ったところにも気を配っていると思ったんだが。
「じゃあ今回は俺の作った飯にするか?」
「いいんですか⁉」
川下が喜んでくる。喜ばれるのは嬉しいが川下のご飯も食べてみたかったな。
「何作るかな」
「何でもいいですよー、成仁先輩が作ってくれるなら!」
冬だったら確実に鍋で簡単にできたのだが。今回は日中で暖かい。俺も何か調べて下準備しておかないとな。
「ちょっと何作るかは考えておくよ。川下は皿とかお椀用意しておいて」
「了解しました!」
ご機嫌の川下はチーズケーキを食べ終わる。
「そうだ、この後使うマグカップとお皿見に行ってもいいですか?」
「家にあるのでいいんじゃない?」
もう、と言いながら川下はご機嫌のままだ。
「こういうのは気分が大事なんですよ」
そうかもな。
俺もコーヒーを飲み終わり、喫茶店を出る。
向かったのはアウトドアショップ。
別に雑貨屋でもよかったんだが、川下が言うには雰囲気が大事だ、と。
「デートもそうですけどね」
マグカップとお皿を眺めながら川下は言う。
デートねぇ。
「今日はデートっぽいか?」
「かなりいいですね」
ただし、と付け加える。
「ピアスのプレゼントはやはり惜しいとこでした。私のことをそう見たのかと勘違いしちゃいましたから」
そんな意味があったのか。
「それは悪かった」
「いや、悪くないですよ! 成仁先輩からそう見られても私は!」
うーん、意味を調べたい。
「それよりこのマグカップどうですか?」
シンプルだが動物のイラストが入っているかわいらしいデザインだ。
「お皿もそれと揃えればいいんじゃない?」
「そうですね」
と言ってお皿も持ったのだが、俺がまだ何を作るか決めていないのでシェラカップも購入した。
「ま、お箸とかスプーンはいいだろ」
多少のものは使い捨てでどうにでもなる。
「楽しみですね」
川下の足取りは軽い。
どうやら今日のデートっぽいものは成功だったようだ。
川下とデイキャンプの約束をした翌日。
俺は早速デイキャンプのできるキャンプ場を探す。できないところはあまりないが、たまにあるので見ておく必要がある。
「鈴香さんのところなんかどうだろう?」
ホームページを見ると料金改定のお知らせが目に入った。
「薬の湯とコテージの値段が上がるのか」
コテージは可能性低いとしても薬の湯が上がるのはちょっと残念だ。やはり整備にお金がかかるのかもしれない。
さてデイキャンプは、と見ると意外なことに無料だった。ラッキー。
というか、デイキャンプからお金取ればよかったんじゃなかろうか。フリーサイトも格安だしなぁ。
早速川下に連絡をしていつにするかを決める。恵と違って平日休みが多いので予約の必要もない。
現地の駐車場で待ち合わせすることにした。
「あ、ご飯何にしよう」
それから当日までに何を作るか考えていた。
この細い道も久しぶりである。鈴香さんの自宅は手前にあるため、一緒にキャンプに行った時には通らなかった。
キャンプ場にはまだ川下は来ていない。
ソシャゲで待つこと十分ほどで到着した。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いや、大丈夫だよ。この道細いから怖かったろ」
川下はちょっと疲れた様子を見せたが気を取り直すと一緒に管理棟に入る。
「こんにちはー」
「失礼しまーす」
中に声をかけると、鈴香さんが手を振ってくれる。
「来てくれたんですね、嬉しいです~」
「は?」
いきなり不機嫌そうな声を出すな川下。
「今日は二人でデイキャンプをお願いしたいんですが」
「お友達ですか?」
「友達というか仲のいい後輩」
ちょっと俯き加減の川下が会釈する。どうしたんだ?
「デイキャンプは無料ですけど、他の設備の料金が改訂されました」
「あ、ホームページで見たよ」
「見ていれば大丈夫ですね。ちょっとごみの取り扱いの悪い方がいたり、設備の修繕費もあって」
ま、しょうがないよな。
「フリーサイトも格安で使える分、ちょっと上がったって気にしないから大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
説明を聞いてサイト内に入る。
それまで黙っていた川下が口を開く。
「成仁先輩、さっきの受付の人と知り合いなんですか?」
「んー、まぁキャンプ仲間? 先輩? みたいなものかなぁ」
ちょっと口を膨らませる。
「一緒に泊まったりしてたんですか?」
「うん、少し前にもね」
「「も」ってことは複数回あるってことですか?」
「まぁ、そうなるな」
川下がげんなりする。
「なんだかよくわからないけど設営しよう」
タープを立て、その下にテーブルとチェアをセットする。
これだけでデイキャンプっぽいだろうか。
周りのお客さんを見てみると、テントを張っている人もいるし、俺たちのように車にタープを取り付けている人もいる。
「川下、もうすぐお昼だけど、もう作ろうか?」
「あ、えっと何かすることはありますか?」
「あんまりやってないなら気にせず座ってていいんだぞ」
「じゃあ先輩の料理見てます」
近寄って、邪魔にならない程度の距離で見てくる。
俺はベーコンを薄く切ってニンニクをみじん切りにする。
「成仁先輩ってできる人なんですねぇ」
「できないと思ってたのか」
「そうではないですけど、もうちょっとたどたどしいんじゃないかなって」
そう思われるのも仕方ないか。
でも段取りさえきちんとして、作ったことのある料理なら問題ない。
パスタを茹でてる間に溶き卵を作る。
フライパンにベーコン、にんにくを入れて軽く火を通し、茹でたパスタを投入。バターと溶き卵で混ぜ合わせればほぼ完成だ。
「できたよ、カルボナーラ。黒コショウとパセリはお好みでな」
「いただきます!」
早速食べ始めると、美味しいと言ってくれた。作るものにとってはそう言ってもらえるのが一番いいよな。
「黒コショウもかけてみますね」
「どうぞ」
これもいい、とすぐに完食してしまった。
皿洗いは手伝うとのことで、一緒に持っていく。
「こんなに美味しいとは思いませんでした。また何かごちそうになりたいです」
「またそのうちな」
デイキャンプくらいだったら気軽にできそうだもんな。
「コーヒー淹れるけど、飲む?」
「あ、私ココア持ってきたんで」
持参してくるとは、用意がいいな。
お湯を沸かして注ぐ。
一口飲んで、二人して一息ついた。
「このひとときがいいんだ」
のんびりした、この時間。何かやらなきゃ、と思わされる今の時代に、何もしなくていいと思わされる瞬間があるっていいと思う。
「そうなんですね。なんかまだ落ち着かないです」
「最初はきっとそうだろうね。それに何かするのもキャンプの醍醐味でもあるし」
矛盾しているように聞こえるかもしれないが、何もしなくていいと思える時間も、せっかくだから何かしようと思う時間も、どちらも大切だと俺は思う。
俺はそのうちの何もしない時間を今は大事にしているわけだけど。
「成仁先輩なら何をして過ごしますか?」
何かするとしたら、か。
「そうだなぁ。一人でいたら読書かな」
漫画でもラノベでも、趣味の雑誌とかでもいい。何となく過ごせるものがあればいいかな。
「私じっとしてるの苦手なんですよねぇ」
「散歩とかいいんじゃないか」
この辺はそれほど散歩道らしいものはないが、歩き回ってどこに何があるのかを見て回るのもいいと思う。
「じゃあ成仁先輩も一緒に散歩しませんか?」
別々に行動するとソロキャンみたいだしな。俺もこの辺そこまで歩き回っていないわけだし。
「いいよ、行こうか」
貴重品を持ち、まずはサイト内をぐるりと回る。
「フリーサイトってだけあって炊事棟とトイレ以外には特にと言ってないな」
「そうですね。あっち側はコテージとかですよね」
道路を挟んだ向こう側に管理棟やコテージがある。
「これだけで終わるのももったいないし、行ってみようか」
「はい」
コテージが囲むようにキャンプファイヤーの設備がある。
「学校とか団体で使うときにはここでやるんだろうな」
今は子どもが父親らしき人とキャッチボールをしている。
草は刈られ、きちんと整備されているのが分かる。また、フリーサイトは若干凹凸のある地形ではあったがここはほぼ平坦だ。
コテージを建てるにはどうしても平坦な場所が必要になるだけに、このようにして分けられてるのだろう。
ここのコテージには入ったことはないがログハウスのような感じになっている。いつか利用してみようと思ったところで、利用料金が変わったんだ、と思い出した。
「また今度にしよう」
「? 何がですか?」
「いや、こっちの話」
あとはドッグランがあった。そういえば鈴香さんは犬を飼っていたな。
「ドッグランですか、いいですねー」
「川下は犬飼ってるのか?」
「親がそういうの厳しくて。可愛くて友達の犬に会うとわしゃわしゃしちゃいます」
そう言って撫でるジェスチャーをする。よほど好きなのか、顔も緩んでいる。
「ここでほかの人の犬と遊べたらいいんだけどな」
あいにく今はいなかった。
「次の楽しみとして取っておきますよ」
大丈夫です、とまた歩き始める。
とはいえもうそろそろ散歩も終わる。あとは管理棟くらいなものだから。
「ここには薬の湯ってお風呂があるんだ。泊まらなくても使えるのかな? 多分」
説明になってないな、と思いながらも知ってることを話す。
「へ~。どうでした?」
「俺が利用したときは柚子が浮かべられてて、気持ちよかったよ」
「じゃあそれも今度来たときに、ですね」
散歩が終わり、自分たちのスペースに戻ってくる。
「あ」
思い出した。
「なかなか泊まれないから難しいかもしれないけど、ここって星空がきれいなんだ」
「え、それいいなぁ~」
二人で空を見上げる。今は見えない星空が、夜になるときれいに瞬いている。
「成仁先輩、また一緒に来ましょうね」
「あぁ、いいよ」
俺は何の気もなしに言う。楽しいことなら大歓迎だ。
暖かくなり、日の落ちる時間も遅くなってきているため分かりづらいが、そろそろチェックアウトの時間だ。
俺は川下と二人でタープをたたみ、車に乗せる。
「こうして楽しい時間は早く過ぎちゃうんですよね」
「ん? そんなに楽しかった?」
楽しいと言ってくれるのがうれしくて、聞き返す。
「そうですよ。こうやって楽しいことに連れきてくれて、本当に感謝しています」
ちょっと照れるな。
「こんなコミュ障でいいならまた付き合うよ」
「私はそうは思わないですよ」
え? そうかなぁ。
「だってこんなに会話もできてるし、遊びにも行ってるじゃないですか」
それは知ってる人だからだと思うんだけど。
「前にも言ったと思うんですけど、私成仁先輩に助けてもらったんですよ」
あぁ、そういえばそんなこともいってたっけ。
「それっていつの話?」
「まだ小学校の低学年でした」
いやー、もう覚えてないなぁ。
「近所の公園でみんなでサッカーしてたのに私も混ざりたかったんですけど、なかなか言い出せなかったんです。そんな時に成仁先輩が手を差し伸べてくれたんですよ」
「う、ん。覚えてないけど、でも多分それは俺もそういう風にして混ぜてもらったから。だからできたことじゃないかな」
普段の俺にはできないようなことだと思う。
「でも、私はそこで助けられたし、そのあとも声かけてもらえたりしたんですよ」
そうだっけ?
近所だから盆踊りだとか行事があれば行ったりもしてたけど、そういうところで話したりしたのかな?
「成仁先輩はもっと自信持っていいですよ。コミュ障とか、そんな風に考えこまなくていいと思います」
「そうか」
なんだかありがたいな。そこまで言ってもらえるなんて。
「ありがとうな、川下」
「い、いえ。ちょっとしゃべりすぎましたね」
顔が赤く見えるが、しゃべったことが恥ずかしかったのかな。
過去のことを話すのって勇気がいることもあるしな。
「さ、片付けて帰りましょう」
残りの荷物を載せて管理棟に行く。
受付にはまだ鈴香さんがいた。
「あ、おかえりですか?」
「うん。今日もお世話になりました」
自然と笑顔にさせてくれる子だなぁ。
管理番号のカードを返し、管理棟を後にする。
「成仁先輩。あの子と付き合ってたりしませんよね?」
は?
「何言ってんだ。俺が付き合えるわけないじゃん」
この俺だぞ。
「成仁先輩は自分が思ってるよりずっといい人なんですから。ピアスのプレゼントもですけど、勘違いするようなこと多いですよ⁉」
そうなのかなぁ。
「でも鈴香さんに限ってないだろう」
いや、鈴香さんだけじゃなく、全女性に対して言いたい。俺のことをそう好きでいてくれるわけないんだってさ。
「無自覚な人は、もう」
また川下がげんなりしている。だってしょうがないじゃん。
「俺が誰かと付き合えるなんて思ってないしさ」
はぁ? みたいな顔をされた。俺が見た川下の中で一番変な顔だ。
「いいですいいです。誰に対してもないと思ってるなら」
やれやれといった感じでため息をつく。そんなため息つかなくても。
「それじゃあ成仁先輩、また遊びましょうね。あ、次は成仁先輩から誘ってもいいんですからね!」
そう言って車に乗り込んだ。どんな捨て台詞だよそれ。
窓越しに手を振って帰路につく。
鈴香さんに限って、無いわー。
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